3次会 ‌好きな事を語り出す

「じゃあ、南部氏の入部も決まったことですし、まずは南部氏に酒姫というものを分かってもらうことから始めないといけないよね!」


 美人の南部さんが入部したことが嬉しいのか、酒姫の魅力を語れるのが嬉しいのか、部長がいきなり張り切りだした。


「なんでいきなり仕切り出してんだよ」


「まぁまぁ、僕も一応部長だしさ。誰が1番適任かって僕じゃないですかね? ‌茜氏は酒姫ではなくて、男性グループの酒彦・・ばかり推してますし。‌南部氏が目指すのは女性の方の酒姫・・だから僕が紹介するのが良いと思うんだ。そう、僕なら酒姫の魅力をありとありゆる角度から何でも語れるし、例えば酒姫の――」



 ‌バンッ!!


 ‌そこまで部長が言ったところで、茜さんが机を叩いて立ち上がった。



「いきなり早口で喋り出すなって言ってんだよ! ‌そういうとこがキモイっていうんだよ!」


「あぁ、ごめんごめん。酒姫の魅力が語りたくなっちゃって。いきなりいっぱい紹介しても難しいから、最初はオーソドックスな酒姫として一般流通してる酒造からにするよ。そうすると、くらグループかな? ‌蔵グループなら僕が紹介するのが適任ではないかな?」


「まぁ、酒姫紹介するなら順番かもな。一理ある。まずはお前に任せるよ」


「よっしゃっ! 茜氏論破ー!」


 茜さんの表情が一瞬曇ったかと思うと、部長の机を思い切り蹴飛ばした。

 部長の机が倒れるとともに、机の上に置いてあった飲みかけのお茶のペットボトルが空中へ放り出されて、綺麗な放物線を描いて床に落ちていった。


 部長は茜さんの行動を予見してたのか、あらかじめ席を立って机から離れており、机が飛ぶ方向とは逆に避けていた。

 ペットボトルの蓋もきちんと閉めていたため、お茶がこぼれるといった惨事にはならなかった。


 ……部長、危機回避能力すばらしい……。

 ……というか、蹴られるのわかってて茜さんを煽る部長はなんなのか……。



「茜氏ごめんごめん。気を取り直して、まずはオーソドックスな所から紹介しよう。藤木君、棚からファイルを取って欲しい!」


 部長から指示を受け、なぜか初見の僕が取りに行かされる。


「不服そうな顔しない! ‌藤木君! ‌一年生は酒姫の分類を覚えることからだよ?」


 棚にファイルがいっぱい入っていることは見えていたが、よくよく見るとラベリングにも規則性がある。

 酒蔵の名前、酒姫の名前、そして令和3BY、令和2BY……と順番に並んでいる。



「……部長これって?」


「酒姫のファイル。ちゃんとラベリングしてて綺麗でしょ? ‌醸造年もきっちり入れてるのだよ!」


 部長はこれを見せたかったらしい。

 綺麗に整理されていてすごい事だとは思うが、部長の態度がとても鼻につく。

 なんとなく茜さんの気持ちがわかった気がした。


「そこに入っているのは、酒姫が出てた雑誌の切り抜きやライブパンフレットやライブDVDが入っているんだ。最近はいろんな蔵グループが出てきているけれども、まずは白鶴・・あたりから入るのがベストかな?」


 気が付くと、南部さんも棚の所へ見に来ていた。

 ‌南部さんの横顔を間近で見ると、遠くで見るよりももっと可愛い。

 近づいて見ても毛穴が見えない程、綺麗で‌きめ細やかな肌。透き通るように白くて綺麗である。

 ‌目には長いまつ毛。つけまつ毛なんてつけなそうな雰囲気なので、自前なのだろう。目がぱっちりして見える。

 ‌そんなまつ毛に囲まれた瞳。こんなにも澄んだ瞳は見た事がない。

 瞳を見つめると吸い込まれて帰って来れなそうだ。


 かといって、瞳の上にある眉は整えきってのだ。

 ‌その垢抜けなさがなんとも言えず、可愛らしさを強調している。


 南部さんの‌ぷっくりとした唇が動く。


「こんな感じで保存されてるんですね。この棚にある量……。部長の酒姫愛って凄いですね!」


 ‌南部さんは目をキラキラさせながら部長の方を振り返って褒めた。


「このくらいの量はまだだぞ。お猪口一杯の酒姫をたしなむ程度の量。こんなもんじゃないんだよこいつのコレクター癖は。こいつは自分で倉庫借りて、そこに数十倍はグッズやら持ってるからな……」


 ……茜さんは、何で知っているんだ……?


「……なんだよ、藤木。変な目で見て。この部活入部時に、こいつに見せてもらったんだよ。中途半端なやつが一緒だとヤダったから、確かめてみたら逆に圧倒されちまったよ」


 ‌茜さんはなんだかんだ、部長を認めているようだった。


「まぁ、量とかはどうでも良いんだ。白鶴の良さを南部氏に知ってもらわないとね!」


 ‌部長は明かされた事実に、照れるでも誇るでも無く、ただただ今は白鶴について語りたいようであった。

 ‌僕は、ファイルを開いて南部さんに1つ渡して見せた。


「へぇ。白鶴さんって綺麗な子たちが多いですね!髪型もそろってますし、衣装も揃ってて綺麗です!……けど、よく見ると実は皆さんちょっとずつ違います……? このサイドの子と、こっちの子は衣装違う?」


 部長は瞳孔を開いて、走って棚の方までやってきた。

 これは、なにやら地雷踏んでしまったようだ……。


「そうそうそうそうそう!!! ‌そうなんだよ! ‌そこなんだよ! ‌よく分かってくれた! ‌南部氏!! ‌初見なのに良く分かっているよ白鶴の良さを!!」


 ‌先程よりもいっそう早口になって部長が喋りだした。


「よく量産型なんて言われているけれど、違うんだ! ‌よく見ると衣装が違ったり、振り付けの細部が違ったり、そもそも顔も髪質だって全然違うんだよ! ‌同じ人なんて1人もいないんだよ! ‌一人一人が素晴らしくて、それが綺麗に合わさっているから、とても良いんだ!」


 ‌興奮しすぎて、部長は南部さんの両手を掴んでブンブン降っている。

 ‌大切にしてるであろう、パンフレットが床に落ちていったのも気にせず。


「これはとんだ逸材だよ! ‌茜氏!! ‌南部氏は逸材だよ!!」


「うっせぇよ! 聞こえてるよ! ‌とりあえず席に座って話せ!」


 ‌茜さんは律儀に、自分が蹴って倒してしまった部長の席を直して、席を整えていた。

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