第9話 キングサイズのベッド

 「馬車で二日はかかるはずなのに……!?」

 「私も飛べるようになりたい」


 その日の夕方には僕たちは王都エーテルベルクに到着していた。


 「とりあえず宿を取りたいんだけど、二人はいい宿を知ってる?」


 この国の王都というのなら、もしかしたら二人は知ってるかもしれない、そう思い訪ねてみるとシアが手を挙げた。


 「何度か仕事で来たことあるから知ってるわよ」

 「なら案内して欲しいな」

 「任せて!」


 三つの街区に分かれた構造の街並みの一番外、三番街区の大通りを歩きとある宿の前に来るとシアは歩みを止めた。

 『愛の宿り木亭』というちょっと変わった名前と若干メルヘンチックな外見の宿屋だった。


 「いらっしゃいませ〜」


 戸を開けて中へ入ると、シックな色合いの店内が僕たちを出迎えた。


 「部屋の空きはあるかしら?」

 「少々お待ちください」


 従業員が帳簿を確認すると、しばらくして


 「三人部屋の空きがありますが如何致しましょうか?」


 店員の声に全員が顔を見合わせた。


 「僕は構わないけど……?」

 「私も大丈夫……」

 「二人がそう言うなら今更退けないじゃない」


 そういうわけで即刻、三人部屋に泊まることが決まった。


 「こちらが鍵になります。朝食のみ下のフロアで摂ることが可能です。また夜は酒場としての営業を行っておりますので、そちらも併せてご利用ください」


 渡された鍵の部屋番号に従って、階段を上り、通路奥の部屋ほ扉を鍵で開けると……


 「えっ……キングサイズ……?」


 出迎えた光景は予想外のものだった。

 ベッドが三つあるのではなく三人用のベッドが置かれていただけだったのだ。


 「シアはこうなることを知って選んだの?」


 そう尋ねるとシアは俯いた。


 「だってここのレインボーバスが気に入ってたんだもん……」


 だもん……って言われても。


 「レインボーバスってなに?」


 なるほどヴァイオレットは知らないのか……。

 意外だな。


 「えっと浴槽やバスルームの照明が光魔法の術式を嵌め込んだ魔石によってランダムに変わるのよ。それによってムードも演出できるの……」


 恥ずかしそうに言うシアを見つめたヴァイオレットは何かを悟ったような表情になった。


 「もしかしてここがカップル宿っていう施設?」


 なんだそれは……?


 「師匠に分かりやすく説明すると、男女が性行為をするのに特化した宿泊施設のこと。多分、シアは前に付き合っていた人がいて此処を利用したことがある……」

 「ちょっと、邪推しないでよ!!」

 

 顔を赤らめたまま猛抗議するシアの様子にヴァイオレットは


 「ふふん、我ながら名推理」


 と満足そうにしていた。

 

 「つまりは交尾のための施設ということ?」


 いまいち必要性は分からないがそういうことなのだろう。


 「ちょっ、生々しい言い方過ぎない!?」

 「シアは師匠と愛を育みたい……?」

 「もうこの侯爵令嬢様は嫌ぁぁぁぁっ!!」

 「察しのいいのが私の取り柄」


 二人は僕を置いて盛り上がっていた。

 まぁ何はともあれ、宿泊すると決めて部屋を借りた以上、それは契約の範疇。 

 泊まるしかないのだろうと僕は腹を括ったのだった―――――。

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