第5話 一悶着

 「こちら、換金額の金貨1200枚です。どうぞお受け取りください」


 小一時間ほどして査定結果が出ると、受付嬢に呼び出されて換金額を受け取ることになった。


 「おいおい、あんなガキがドラゴンを?」

 「有り得ねぇな……おおかたどっかの貴族のボンボンか何かだろ……」


 ギルドホールはまるで針の筵だった。


 「疑われちゃってるな〜」

 「貴方は11歳、疑われて当たり前よ」


 シアさんは僕の隣では居心地悪いだろうに、そばに居てくれていた。


 「居づらいと思ったら、離れてくれても大丈夫ですよ?」

 

 そう言うと盛大なため息をつかれた。


 「あのね、貴方はまだ子供なの、だから大人が側にいないとダメよ」


 お金を受け取りつつそんな話をしていると、カウンターの奥から大男が現れた。


 「俺はここのギルドマスター、ロシュフォールだ。お前がレッドドラゴンを単独討伐した男か?」


 あとから知ったことだがけど街の名前はコルトレイク、彼はこの街で誰からも慕われる名物ギルドマスターなのだそうだ。


 「そうですけど……?」

 「俺はお前を疑っちゃいないが、他の連中はそうでも無いらしい。よって誰か自身のある奴は、レオンと勝負しろ」


 ロシュフォールさんはギルドホールにいる冒険者たちによく聞こえるよう大声で言った。

 

 「お前にとってこの話は悪い話じゃ無いはずだ。勝てばこの居ずらさを一発で解消できる」


 無茶振りな気もしたけど、分かりやすく言えば実力を示して他を黙らせろ、そういうことか。

 これは今の僕の立場を慮ったロシュフォールの配慮なのだろう。


 「俺がいく」

 

 長身ですらっとした体格の男の人が名乗りをあげた。


 「おいおい、ローレンが相手じゃ賭けが成立しねぇぜ?」

 「A級冒険者が相手とはあのガキも気の毒ね」


 なるほど……ローレンという男の人は相当の実力者ということなのだろうか。


 「おいガキ、お前はその剣で戦うのか?」


 舐め腐ったようにローレンがこちらの腰元を見つめて言った。

この剣はニナベルさんが練習にもしっかりした剣を使いなさいと用意してくれたものだった。

 その昔、いたとされる覇竜の鱗と一角獣の角を用いて精霊たちに鍛造させたものなのだという。


 「剣でも魔法でも構いませんよ」


 どちらかと言えば魔法の方が得意だけど……さすがに剣士相手なのだから剣で相手しなければ失礼になるのかな?

 そう思って、ローレンに選択を委ねた。


 「ふん、どちらも一流になれない魔法剣士というわけか……なら剣で来い」

 「そうですね……僕はどちらも一流にはなれていません」


 剣では結局、ニナベルさんから一本を奪うことは出来ていないし、魔法も帝級を知らないのだから一流とは言えない。


 「ちょっと!?ホントに剣でローレンを相手取るつもりなの!?」

 

 シアは僕を心配してか、こちらの顔を覗き込んだその顔は不安そうだった。


 「どちらも素晴らしい師匠に教わりましたから、どんなに彼が強くても簡単に負けるつもりはありませんよ?」


 不安よりも強い相手と戦えるという興奮が勝っていた。


 「お喋りは済んだかよ」


 訓練場に入るとローレンは不機嫌そうだった。


 「えぇ、準備は出来てますよ」


 ローレンに向き直って剣を抜く。


 「事故はつきもんだ、覚悟してろよ?」


 ローレンは口角を吊り上げた。

 なるほど、僕のことを手応えは出来ない相手だと判断してくれたのか!

 それは剣士冥利につきるな。


 「いざ、尋常に!!」


 ロシュフォールの合図と共に試合は始まった。

 いつの間にか訓練場は観客でいっぱいになっていた。


 「レオンー!!全財産突っ込んだから勝つのよ!?」


 さっきまでの心配は何処へやら、シアは賭け事に参加してるらしい。

 これは頑張って勝たせないとな。


 「来ないのか?ならこちらから行かせてもらう!!」


 ローレンが踏み込み突きを繰り出してきた。

 えっ―――――?

 なんだこの遅さは……。

 ニナベルさんの剣を獲物目掛けて降下する隼として例えるのから、ローレンの剣はまるでハエが飛んでいるのかと錯覚してしまう程のものだ。

 繰り出された剣を振り払い手首を剣の腹で打ち据える。


 「グアァァァッ!?」


 奇声をあげると共に剣を手放したローレンは手首を押さえて蹲った。

 その首筋に剣を突きつける。


 「事故はつきもの……でしたっけ?」


 そう尋ねるとローレンは僕を睨みつけた。


 「どんな反則をした?まさか魔法を使ったんじゃないだろな!?」

 「いえ、余りにも遅速なので剣で捌いただけですけど……?」

 「俺は神速のローレンだぞ!?この俺の剣がガキ相手に負けるわけねぇだろうが!?」


 試合の結果を認めないとは随分と往生際の悪い人らしい。


 「それで神速……ですか?だとすれば神を知らないのですね」


 ニナベルさんは神霊、ウィルヘルミナは神竜。 

 少なくとも僕は二体の神を知っているつもりだ。


 「魔法使ったんだろうが!?」

 「俺たちの金が賭かってんだぞ!?」


 外野が騒ぎ出す。

 だがそれも一瞬のことだった。


 「その子は魔法を使っていませんでした」


 響き渡る凛とした声に誰もが黙ったのだ。


 「あの人は誰ですか?」


 ロシュフォールさんに訊くと、


 「うちのギルド唯一のS級冒険者の魔術師だ」


 そう教えてくれた。


 「失礼、自己紹介がまだでした。私の名前はヴァイオレット。若輩ながらS級の位置づけを頂いている魔術師です」


 貴族めいた所作と共に挨拶した女の子は、人を寄せ付けぬ不思議な雰囲気を漂わせていた―――――。

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