第九話 光
「じゃあ、どうぞ」
「お、おう」
説得、というよりは、半ば勢いで押し切った形になってしまったものの。とにもかくにも俺は、神楽坂家の敷居を跨ぐことに成功。第二関門突破である。
だが、しかし。それだけで、完全に今まで通りに戻るというわけもなく。
「それで? マジックアイテムって何なの?」
教え子は未だ、半信半疑な様子であった。
まあ、無理もない。色々と言葉を投げかけたものの、結局俺は『諦めるのはまだ早い』と伝えただけだ。それだけで彼女の不安を払拭できるなんて、最初から思っちゃいない。
だからこそ俺は、寝る間も惜しんで、今日のために資料を作ってきたんだ。
「マジックアイテムってのはコレだ。そら、受け取れ」
カバンを開き、俺はとある冊子を手渡した。二徹して作った、お手製の代物である。
「え、なにコレ? なんか色々問題書いてあるけど……」
「まあ、問題集だからな。そりゃあ問題が書いてあるだろうよ」
「え? じゃあ、この問題集が魔法のアイテムってこと……?」
「ああ、そうだとも。それを解くだけでアラ不思議。お前の不安が完全解消って寸法だ」
「……」
「おい。黙ってジト目向けるのやめてくれ」
まあ、すんなり『はいそうですか』とはならないか。
「そんな話……信じられるわけ、ないじゃん」
「ま、そうだろうな」
「な、なによそれ! まさか、アタシをバカにして──」
「だから、別に信じてもらわなくてもいい」
「え……?」
眉をひそめ、困惑の表情を浮かべる神楽坂。
そう。彼女が信じる信じないは別段、大事な話でもないのだ。
ただ、俺が用意した問題集を解いてもらえればいい。それだけで事態は解決に向かうはずだ。
俺の中では、その確信を持っている。
「まあ、騙されたと思って、一回その問題を解いてみてくれよ。数学、理科、英語、全三科目。一科目あたり三十分で、合計九十分あれば解けるはずだ。それを解いた上で、お前がこれ以上頑張れない、諦めたいって言うんなら……その時は、俺も何も言わない。黙って身を引くよ」
ああ。きっと、これは俺のエゴなのだろう。
神楽坂の意志は関係ない。教え子だとか、教師だとかも関係ない。俺はただ純粋に、彼女に合格を掴み取ってほしいだけなのだ。
雨に打たれていた彼女が、全てに絶望していた『あの日』の自分に似ている気がしたから。
いつからか、孤独に悩む彼女を過去の自分に重ねていたから。
──この娘には、最後に笑っていてほしい。
その意志が。その思いだけが。空っぽだった俺の心を満たして、前へ、前へ、と。
今の俺を、突き動かしているのだ。
「回答を強制はしない。でも、最後の俺のわがままだと思って、解いてくれると助かる」
半年前の自分からは、想像もつかない言葉。頭ごなしに説教したのが随分昔のように感じるな、なんて、ノスタルジーに浸りつつ、頭を下げる。
「もうっ、そこまで言われたら断れるわけないじゃん……」
顔を上げると、彼女は不承不承といった様子でムスリと頬を膨らませていた。
なんて、生意気。なんて、天邪鬼。教師が頭を下げるだけでも、ちゃんちゃらおかしな話だというのに。もう少し、素直に受け入れてくれてもいいんじゃなかろうか。
けれど、瞬間。ここ最近感じていた胸の痛みは、徐々に和らいでいって。
「ありがとう、神楽坂」
心が痛かったのは、本気でぶつかり合った証拠なんだろう、なんてイタい結論を出した刹那。窓外を覆いつくす雲の隙間からは、一筋の光が差していた。
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