第八話 正解
ナンパ野郎共は、俺たちの後を追うことはなかった。おそらく軽いノリで誘っていた最中に、空気も読まず、迫真顔で割り込んできた俺を見て興が醒めたのだろう。神楽坂を連れ、一度人気の少ない木陰へと向かうべく、人混みの間を縫うように歩みを進める。
「はは、ざまあねぇな」
きっとチャラ男共は今頃、楓と学祭を回っていることだろう。だが、ヤツらは楓の怪物的食欲を知らない。楓に振り回され、メシを奢りに奢らされ、ヤツらの財布はいずれ底を尽きるに違いない。お悔やみ申し上げる。アーメン。
「あの、センセ。ありがとね?」
意地汚い想像を遮って、隣の教え子が声を掛けてきた。
「ありがとう? 何がだよ?」
「いや、だってセンセー、アタシを助けてくれたし。その、ああいう絡まれ方されたことなくて、すっごく怖くて。でもセンセーが来てくれて、ホッとしたっていうか」
「別に。感謝されるようなことなんてしてねぇよ。楓とのドギツイ絡みがあったとはいえ、元はと言えば、一度お前から目を離した俺が悪い。助けるのも引率者として当然の行為だ。だから礼を言われるようなことなんて、何もない」
「……ふーん、当然の行為だったんだ」
「ああ、一人の大人としてな」
本当は怯えている教え子を見ていられず、身体が勝手に動いたようなものだった。だが、バカ正直にそれを言えばコイツが調子に乗るのは目に見えている。ここは適当に誤魔化しておこう。
「じゃあ、さっきからずっと続いてるコレも当然の行為なの?」
「あ? コレ?」
言って彼女が視線を斜め下に落としたので、釣られるように俺も視線を落とす。
すると──
「……あっ」
自らの右手と教え子の小さな左手が未だガッチリと繋がれていることに、俺は今更気づいた。
「っ! す、すまん、神楽坂!! 離すの忘れてた!!」
慌てて、手を解こうとする。
「って、アレ!? 離れねぇんだけど!?」
が、しかし。きゅっと握力を強めた彼女によって、俺の右手は柔らかな掌に拘束されたままであった。
「おい、神楽坂。なぜ手を離さない」
「だって、だって……アタシ、センセーの可愛い教え子なんだもん……」
「は? いきなり、なに言って──」
と、噛み合わない会話に異議を唱えようとした刹那。
「あなたの可愛い教え子が、もう少しだけ手を握っててほしいと思っているの。……ダメ?」
コクリと首を傾けると、神楽坂は甘えるように上目遣いを向けてきた。
「……それ、家庭教師に頼むことか?」
視線を逸らし、呆れ混じりに不満を伝える。けれど、俺は彼女の手を離さなかった。いや、離せなかった。
家庭教師と生徒。その関係性を考えれば、ここは有無を言わさずに手を振り払うべきなのだろう。どう考えたって、これは適切な行為じゃない。親御さんにこの状況を見られたとすれば、俺は上手く言い訳できる自信が無い。
「えへへ? アタシが良いっていうまで、離しちゃダメだよ?」
「へいへい、わーったわーった」
だが俺は、右手に温かな感触を感じつつ、思ったのだ。これは寂しがりやで人懐っこい彼女なりの『答え合わせ』であり、今だけは彼女の手を離すべきではないのかもしれない、と。
【センセーに問題。次はセンセーが思うベストなタイミングで、センセーからアタシの手を握ってみてください。アタシ的にグッと来るタイミングだったら正解ってことで!】
──恋愛教師から出題された第二問に、偶然にも俺は正解した。きっと彼女はそれを、『手を離さない』という行為をもって、俺に伝えたかったのだ。
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