第七話 可愛い教え子
「は? え、いや、なに? そんなことあんの……?」
そろそろ二人の謎テンションも落ち着いただろうと、用を足して食堂に舞い戻った瞬間。『それ』を目にした俺は、自らの視神経を疑わざるを得なかった。
「へいへい、そこのカワイ子ちゃんたち! 俺らと一緒に学祭回らない?」
「なあなあ、良いだろ? 頼むよぉ」
食堂入口から十数メートル先の、食券売り場にて。先ほどまでヤイヤイと言い合っていた彼女たちは、イカニモな金髪&茶髪のチャラ男二人組から絡まれていたのである。
──そう。俺の目の前で起きていたのは、いわゆるナンパであった。
「さて、どうしたものか」
令和のこの時代にコテコテ昭和の口説き文句を使っている点や、あまりにベタな展開にツッコミを入れたいのは山々だが、それは一度捨て置こう。まずは彼女たちを救出する手立てを考えねば。
「ん? なんか楓がこっち見てんな」
どうやら楓が入り口に居る俺に気づいたらしい。口パクで何かを伝えようとしている。
「んーと、なになに? 『タ』『ス』『ケ』『テ』『ユ』『ウ』『ハ』『ー』『ト』?」
そして、メッセージを解読すること二秒。
「なーにが『助けて優♡』だ……アイツ、多分今の状況楽しんでるな……」
チャラ男に迫られながらも、楓は余裕たっぷりに笑みを浮かべているように見える。おそらく、ナンパには慣れているのだろう。まあ、見てくれだけは良いからな。そのうち自分でなんとか対処するだろう。
なんて具合に、俺は静観を決め込もうとしたのだが──
「いや、そういうわけにもいかないか」
能天気女の隣に立っている小柄な教え子を見ると、その考えは変えざるを得なかった。
「え、えっと……その……うぅ……」
恐怖で震えている両脚。凍り付いたように青ざめている表情。そんな神楽坂を見ていれば、いつも明るい彼女が男たちに怯えているという事実は、容易に理解できた。
「……やれやれ、仕方ない。楓は放っておくにしても、アイツは俺が助けるしかないか」
気づけば、俺は彼女の元に駆けていた。
その最中、理屈人間な俺は自らを納得させるべく、いつものように理論の構築を始める。
──そもそも大学に神楽坂を連れてきたのは俺だ。
だから俺は起きたこと全てに責任をもって、彼女を助けなければならない。
──楓に事態の解決を任せるなんて、不安で仕方がない。
だから俺は、自ら手で事態の収拾を図らなければいけない。
「はは、いや。どれも違うな」
途中まで自分の行動理念を考えて。けれどバカらしくなって、考えるのをやめた。何事にも動機付けしようとするのは俺の悪癖だ。まったく。この期に及んで、一体俺は何を考えているのだろうか
──助けなきゃ、じゃない。助けたいんだ。動く理由なんて、それだけで十分だった。
「お、おい、お前ら」
教え子に触れようと伸びていた男の手を掴み取る。すんでのところで間に合ったが、男の腕は俺のヒョロイ腕なんかより幾分も太かった。恐れおののき、微かに声が震える。
「あ? なんだ、テメェ?」
先の口説き文句と同様に、えらく古風なセリフを投げかけられた。だが今度は心の中でツッコむ余裕は無い。
ああ、そうさ。俺はナンパを止めようとするだけでビビっちまうくらいに小心者なのさ。残念ながら、俺はテレビに出てくるヒーローのように強いわけじゃない。どうだ、ダサいだろう?自分で自分を嘲笑いたくなるくらいに、俺は弱いんだよ。
「なんだテメェ、か。はは。そう聞かれたら、こう答えるしかないな」
だが、そんな弱い俺にでも、感情のままに誰かを助けたくなることはあるらしい。
理由とか原因とか、そんなものは分からない。だが彼女と出会って、いつしか俺は変わってしまったのだ。そうでなければ、理屈野郎の俺が心に任せて動いている、今この状況に説明がつかない。
いつもの俺なら、そうだな。冷静に学祭実行委員にでも連絡して、傍観者的に事態の解決を図っていたことだろう。
「俺は……この子の教師だ」
「あ? 教師?」
──だから、こうやって無鉄砲に自分から名乗り出るなんて、柄じゃないし。
「ウチの可愛い教え子に手ぇ出すんじゃねぇよ」
恥ずかしげもなくこんなセリフを吐き捨てた挙句、強引に彼女の手を握ってその場を立ち去るなんて。今日の俺は、本当にどうかしている。
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