第六話 退散
『タイミングを見計らって手を繋げ』なんてのは、どこか中学生的な淡い初恋を彷彿とさせ、真っ当な大学生こと俺にとっては、どちらかといえば子供じみた命題のように感じていた。
だがフタを開けてみれば、なかなかどうして。手を握るタイミングなんて、サッパリ分かりやしない。
『二問目』を出題されてからというものの、俺は神楽坂と共にあれやこれやと出店を回り、ワイワイとフェスティバっている学内の空気にも徐々に馴染んできた。
しかし、俺と教え子の手が触れ合うことはただの一度もなく。俺にできたことはといえば、チラチラと彼女の右手に視線を移すことのみ。端から見れば、完全にハンドフェチの変態と化していた。
無論、俺は変態でもなければ、汗ばんだ手を見てハッスルするような趣味も無い。しかし、幼き日に甘酸っぱい初恋などミリも経験していないにとっては、彼女の手を握るという単純な行為が、やけに難しく感じるのだ。手を伸ばせばすぐ届くのに、それを掴めないというのは、なんとも不思議な感覚である。
そんな、らしくもない純情ボーイ的な思考を繰り広げつつ、「腹が減ってきた」とうるさい教え子を食堂に連れてきた刹那。事件は起きた。
「あぁー! 出たな! おっぱい!!」
「なぜ初手でおっぱい呼ばわり!?」
自動ドアを通過し、列に並ぼうとカウンターに向かった瞬間。どういう巡り合わせか、たまたま学祭に来ていた楓と神楽坂が再会を果たしてしまったのである。
「センセーの彼女を自称するロクデナシの悪女め! アンタみたいな常識外のイレギュラー因子が居るから、センセーの女性観がぶっ壊れたんだ!! ここで成敗してくれる!!」
「ねぇ、なんで!? 優、なんで!? 私、この前ちゃんと『謝っといて』って優に頼んだよね!? この前からかった時の謝罪はもう済んでるはずだよね!? なんでこんな敵意むき出しにされちゃってるわけ!?」
「知らん。俺に聞くな」
猫のようにキシャーと威嚇する神楽坂。そして、困り顔で目線を右往左往させる楓。どうやら偶然にも再び巡り合った彼女らの相性は最悪らしい。
「おい、おっぱい! 聞いてんのかおっぱい!!」
「さっきからおっぱい押しすごいね!? そんなに大きいのが羨ましいの!?」
「ち、違うもん! 大事なのは程よい大きさと形だし! ていうか、アタシも高校生の中では大きい方だしぃ!!」
「あ、言われてみれば確かに。どれ、ちょっとお姉さんに触らせてみ?」
「んっ! ちょ、なにいきなり胸触ってんのよ!!」
「ほうほう、これはなかなかご立派」
「揉むな! 吟味するなぁ!!」
「……何やってんだ、お前ら」
出会うやいなや、俺の存在など忘れてしまったかのように公衆の面前でバトり始め、なぜか神楽坂の胸を鷲掴みにする楓。先ほど「どうして神楽坂が敵意をむき出しに?」と俺に問いかけてきたが、敵意を向けられたくないなら、まずはそのハチャメチャムーブをやめることを推奨する。
「えへへぇ、生徒ちゃんかわいい~♪ なんで優と学祭来てるのかは謎だけど、かっわいい~♪」
「ちょっ! な、なんで抱き着くのよ! ぷはっ! もうっ! 胸が顔に押し付けられて息苦しいのよ!!」
「……俺、トイレ行ってくるわ」
そして仕舞いには謎の抱擁まで始まったため、二人の知り合いだと思われる羞恥に耐え切れなくなった俺は、食堂から一時退散することにした。
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