第五話 二問目

「はぁ、センセーってホントデリカシーないよね……」


 一時はプシューと湯沸かし音が鳴りそうなほどに赤面全開だった神楽坂であるが、復活は思いの外早かった。人込みを掻き分け、再び二人でキャンパスを並び歩く。 


「なんだよ。褒めろって言ったから、具体的に詳細に論理的に称賛してやったじゃないか。感謝こそされど、恨み節を言われる筋合いは無いぞ」

「いや、だからそういうガチガチ理屈マンなところがダメなんだったって。女の子が欲しいのは理論じゃなくて感情なの。具体性じゃなくて気持ちなの。お分かり?」

「お分からないので説明のおかわりを所望する」

「……」


 おいおい、なんだ、そのジト目は。本当に分からないんだから、仕方無いじゃないか。


「……俺だって、自分が普通じゃないことくらい分かってるんだよ。でも、どうしようもないだろ。やれ誰が誰と付き合っただの、アイツらが別れただのって、周りが色恋の話をしてる時、俺はいつも蚊帳の外だったんだよ」


 中学、高校と、俺は一心不乱に勉学に打ち込んできた。それ故に世間一般で言う青春なるものを、おそらく俺は経験していない。オマケに唯一関わった女子があのモンスター(楓)なのだから、女心など分かるはずもないのだ。


「自分で選んだ道だから、そういう人生を送ってきたことに後悔はしていない。だが俺はデートなんてしたことも無ければ、マトモに女子と会話すらしたことが無いんだよ。お前の見立て通り、俺は日陰にいる方の人種なんだ。だから、その……分からない。分からないんだ。女子をどう褒めるのが最適解か、俺には分からない」


 ああ、みっともない。何を言ってるんだ、俺は。年下の女子高生、しかも生徒に向かって自分語りをするなんて。

 はは、これは本格的に暑さで頭がやられちまったか?


「……そっか。センセーはデリカシーが無いんじゃなくて、頭が固いだけなのかもね」

「いや、どういう意味よ」

「んー、なんていうかな。多分センセーは今まで勉強ばっかりしてきたから、女心をロジックで解明しようとしてるんじゃないかなーって思って」

「それは……否定、できないかもしれない」

「ふふ、やっぱり?」


 人を小バカにするように。しかし、同時にこちらを思いやるような瞳で、彼女が笑う。


「あのね、女心は数学とは違うの。だから、女の子を褒めるのに確実な最適解なんて無いわけ。そこまで深く考える必要も無いんだよ?」

「お、おう?」

「だーかーら。思ったままに『似合ってる』とか『かわいい』とか言ってくれれば、それだけで嬉しいの。そこに男の子なりの恥じらいがあると、なおポイントが高い」

「そ、そんなものなのか……」


 やはり女心はよく分からん。下手な推理小説より、よほどミステリーだ。


「そう。そんなものなの。身なりを分析した結果を棒読みで言われるよりも、不器用に単純な言葉で褒めてもらえる方が嬉しかったりするの。それだけで、ああオシャレしてきて良かったなーって思えるの」

「じゃあ、なんだ。身なりそのものよりも、オシャレを頑張った女子本人を褒めろ、という認識で合っているか?」

「そう! まさにそのとーり! なーんだ、センセーもやればできるじゃん! 先生花丸あげちゃうっ!!」

「おい。ややこしいからその一人称やめろって言っただろ」


 恋愛教師として俺に指導できるのがよほど嬉しいのか、先ほどから神楽坂のテンションはうなぎ登りである。多分、今までで一番イキイキしている。


「よし。じゃあ、少しずつセンセーも成長してきたことだし、二問目行ってみよう! 一問目の『服装を褒める』は不正解だったから、今度は正解できるように頑張ってねっ!」

「まだ問題あるのかよ。いや、ジャンケン負けたのは俺だし極力そっちの都合に合わせるつもりだけどさ」

「はい、というわけで第二問! デデン!!」


 あ、コレ多分話聞いてないな。


「デートで手をつなぐというのは割と目にする光景ですが、手をつなぐタイミングは女子にとって意外と大事だったりします」

「ん? そ、そうなのか?」

「ええ、そうなのです。そこでセンセーに問題っ!」


 言って、彼女はびっしょりと汗に濡れた手をパーにして突き出すと、


「次はセンセーが思うベストなタイミングで、センセーからアタシの手を握ってみてください。アタシ的にグッと来るタイミングだったら正解ってことで! タイムリミットはこの大学巡りが終わるまでね! それじゃあ、レディー・ゴー♪」

「…………は?」


 一問目とは比にならない難問を出題されていた。 

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