第六話 夏の夜長

 疲れて早く寝たい俺は足早に、常時フリーダムな楓はマイペースに。足並みを揃えることなく、夏の夜道を歩く俺たち。夕暮れ時は嫌な湿気を帯びていたものの、日が落ちてしまえば、外気はそれなりに涼しくて心地が良い。

 なんとなしに視線を上げると、闇を照らす街灯には活きのいい羽虫たちが群がっていた。そういえばもうじき、虫刺されの季節だ。虫よけスプレーはスーパーに売っていただろうか。もし見つけられたなら、ついでに買っておくとしよう。


「うーん、なんだろう。なーんか優っていっつも私のちょっと先を歩いていくんだよねー」

「は? いきなりなんだよ、藪から棒に」

「いや、なんていうか私と優って、いっつも並び立ってない気がしてさ」

「? そりゃあ歩くペースが違うからな。なんだ? ゆっくり歩いてほしいのか?」


 俺だって別に、誰と居る時でも足並みを揃えないような自己中野郎ではない。楓とは気を遣うほどの仲でもないから早足で歩いているだけの話だ。

はて。今日はそれが気に食わなかったとでも言うのだろうか。楓がそんなことを気にするような繊細さを持っているようには思えないのだが。


「まあレポートの件は正直助かったし、お前がペース合わせろって言うなら合わせるぞ?」

「……あー、いや。別にいいよ。今のまんまで。これからも優は優のペースで歩いていってほしい」

「ん? まあ、お前がそう言うんなら、そうさせてもらうけど」


 なんて言いつつも、やけにしんみりとした声色で答えた楓のことが気にかかった俺は、少しだけ歩行速度を緩める。

 二人で並んで歩くか、はたまたそうでないかという他愛の無い話。しかし、どこか会話が噛み合っていなかったような。あるいは、認識がズレていたような。例えるなら、喉元で魚の小骨が引っかかっているような。

この時。俺はそんな、小さな違和感を覚えた。


「その、なんか悩みがあったら言えよ? 抱え込まれても面倒だし」

 らしくないセリフだと思う。が、一応違和感を拭うために聞いておく。

「ふふ、だいじょぶだいじょぶ。ちょっと眠くなってテンション低くなっただけだから」

「なら、まあ……いいんだが」


 その返答を聞いただけで違和感を払拭、というわけには、もちろんいかなかった。

 しかし、後田楓の図太さに絶大な信頼を置いている俺は、まあ気にしなくても大丈夫だろう、と。彼女の言葉を借りるなら、仮に問題があっても時間が解決してくれる程度の違和感だろう、と。そう信じて、それ以上の詮索は控えることにした。

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