第五話 寄生虫
「あ、もしもしぃ? 先輩ですかぁ? 私ですぅ! 楓ですぅ! こんな時間にすみませぇん! 今日はぁ、先輩にちょっとお願いがあってぇー」
爆発するのではないかと心配になってしまう程に胸を張り、「楓さんにまっかせなさい!」と意気込むと、なぜかベランダへ飛び出した我が幼馴染。何をするのやらと気になって聞き耳を立ててみると、どうやら『先輩』とやらに連絡を取っているようである。
「あ、そうそう、それですぅ! ちょっとぉ、そのレポートの回答が欲しいなぁーと思ってぇー」
が、それはそれとして、その気持ちの悪い喋り方は何なんだろうか。まさかそれで媚びを売っているつもりではなかろうな。
「あ! ありがとうございますぅ! 今、ファイル届きましたぁ! えへへぇ、やっぱり先輩は頼りになりますぅ! じゃあ、今日はこの辺で失礼しますぅ! 本当にぃ、ありがとうございましたぁ!」
……いや、ここまで来ると気持ち悪いを通り越して尊敬の域だな。普段と違う自分をここまで演じられるのなら、それはもう立派なスキルだ。マネしたいとは微塵も思わないが。
「うっし、交渉成功。電気情報科の先輩から回答ゲットしたよー。優の方にも転送しといた。スマホ見てみ?」
通話を終えて、再び部屋に戻ってきた楓。得意げな笑みを浮かべつつ、机上に置いてある俺のスマホを指差す。
「えーっと、どれどれ……うっわ、マジで届いてやがる」
メッセージアプリを起動し、早速ファイルの中身を確認。本当に今日のレポートと全く同じ問題の回答が送信されていた。
「ん? 待てよ? でも、お前って心理学科だよな? なんで電気情報科の先輩と繋がってんだ……?」
「ふっふっふ、ユウサックンよ。私の顔の広さをナめてもらっては困るぞよ」
「人の名前をヒザカックンみたいにすんな」
しかし、学科の違う先輩と連絡を取れる関係にあるのは本当に理解できない。俺なんか、同じ学科の先輩とすらマトモに話したことないぞ。
「あのねぇ、優? 大学生活で大事なのは、一に人脈、二に人脈。三四も人脈で、五も人脈なんだよ?」
全部人脈じゃねぇか。
「大学では情報が命だからね。私は一年の時に片っ端から色んなサークルを見学しに行って、それはもう大勢の先輩と知り合いになったのさ。まあ、結局サークルは一個も行ってないんだけどね」
「そこまで来るといっそのこと清々しいな、お前」
なるほど、合点がいった。そういえば後田楓とは、昔から輪に溶け込む能力だけは右に出る者が居ない女だった。
きっとコイツは過去のレポートやテスト問題、ひいては就活のノウハウに至るまで、数多の情報を得るために、あらゆる学科の先輩と交流を持っているのだろう。あの媚び方はどうかと思うが、効率的な考え方ではある。
「私生活は優に依存して、学業方面では先輩に媚びを売って情報を買う。私の大学生活はそうやって成り立っているのさ」
「寄生虫みたいだな、お前」
だがまあ、それで留年せずに進級できているのだから、ある意味正解ではあるのだろう。欠陥があるとするなら、それは『どんな手を使ってでも、授業をクリアできれば進級できる』という大学のシステムの方だ。今すぐ改善を要求したいものである。
「優ってば、昔から手を抜くのが下手だからねぇ。全部一人でやろうとせずに、もう少し誰かを頼れば、レポートもテストも簡単になると思うんだけど。意地張らずに友達作りなよ」
「うるせぇ、余計なお世話だ」
第一、楓のように誰彼かまわずポンポン声を掛けられるようなコミュ力が俺にあれば、大学でボッチ生活なんぞ送っていない。俺は大勢で会話するのが苦手なのだ。バイトとしてマンツーマン指導の塾講師を選んだ理由も、それである。
「まあ人を頼り過ぎる私と、人を頼らなさ過ぎる優で上手くバランスが取れてるのかもねぇ。なるほどなるほど。性格が違い過ぎるからこそ、こうして私たちは一緒に居られるわけだ」
「いや、マジで嫌味でもなんでもなく、その超絶ポジティブシンキングはホント羨ましいと思うわ」
こうして楓から横流ししてもらった過去レポートを参考に、ササッと課題を済ませた俺は、報酬として晩メシをふるまうべく、共に近所のスーパーへと向かったのであった。
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