第二話 無茶苦茶滅茶苦茶滅茶滅茶
勉強を教えた生徒から女心を教え返されるというのは、なんとなくむず痒い気もするが、それはそれ、これはこれ。恋愛教師の件がひと段落着いた俺たちは一度仕切り直し、ようやく授業をはじめることに。
「ねぇねぇ、早く受験の裏技を教えてよぉ」
──というわけには、いかなかった。
「は? 裏技? なんのことだよ?」
カバンから引っ張り出した授業資料を机に並べつつ、発言の意図を問う。
「いや、だってセンセーったら、あんだけ自信満々に『合格させてやる』とか言ってたんだし、なにか合格するための裏技とかあるんでしょ? 受験に努力が必要なのは認めるけど、それはそれとして効率よく努力した方が絶対良いじゃん? というけで、テルミー・ウラワザ」
小遣いをせびる小学生のごとく、パーにした右手を差し出す我が教え子。
「いや、ンなモンあるわけないだろ」
一刀両断。俺は彼女のクルクルパーな思考を、言葉のチョキで切り裂いた。
「えー、裏技なかとぉー? 期待しとったとにぃー」
「あざとく長崎弁混ぜても、無いもんは無いぞ」
つーか『裏技無いの? 期待してたのに』で合ってるんだよな? 長崎に越してきて三年目になるが、九州弁には未だ自信が持てない。
「うわー、きゃー萎えたぁ。そげならもうアタシ、なんもせんばい?」
「せめて日本語で話しなさい」
一体何語なんだ、それは。
「あはは、冗談だって。ワンチャン、いや、二分の一チャンくらいないかなーと思って聞いてみただけ」
「ワンチャンスのワンを刻むな」
「あ、でも方言が偶に出ちゃうのは許してね? 時々無意識の内に訛っちゃうことはあるけん」
「早速訛ってるな」
「にゃはは、ごめんごめん。ついうっかり」
そう言ってペロリと舌を出し、ウィンクを決める方言JK。反省している様子は皆無だが、方言が出てしまうというのは本当なのだろう。
つーか、いつまで方言トークしてんだ俺は。
「よし。茶番はこの辺にしといて、早速授業始めるぞ」
「むぅ、JKとのおしゃべりを茶番と評するのはいかがかと思いますぞ、マイティーチャー?世の中にはお金を払ってでもJKのパパになろうとするオジ様方もいらっしゃるというのに」
「はっはっは。残念ながら俺はロリコンでもなければオジ様でもないのだよ、マイスチューデント。俺は金を払いにきたわけではなく、貰いに来たんだ。労働の対価としてな。だからどこまでいっても雑談ってのは、茶番だ」
「うわー、何それー。無茶苦茶つまんないし、滅茶苦茶つまんないし、滅茶滅茶つまんないぃー!」
「それ、言葉変えても全部同じ意味だからな」
茶でゲシュタルト崩壊を起こすのはやめてほしい。
「はあ。でも、まあ……分かった。分かったよ。ずっと勉強ってのも無理だろうし、集中力が切れたら、そん時は話に付き合ってやるよ」
冷静に考えてみれば、生徒のモチベーション管理も家庭教師の仕事。ここは頭ごなしに授業を強行せずに『息抜きする時間もある』と伝えておいた方がいいだろう。
「よし。というわけで今度こそ茶番はこの辺にして、授業やっていくぞ」
「あ、その……ご、ごめん先生」
またしても、授業の開始を妨げる神楽坂。しかし先ほどと違って今度は不満げな様子はなく、どちらかと言えば申し訳なさそうにこちらを見つめている。
「で、今度はなんだよ?」
もしやまだ心の中にしこりがあるのではなかろうなと、小さじ一杯分程の心配を交えて問いかけた刹那。彼女は「いや、ホントにごめんね?」と改めて前置きを付けつつ、
「いっぱい喋ったら、すっごく喉渇いちゃった。お茶入れてきていい?」
「お前ホント良い性格してるな」
散々茶々を入れた挙句、最後は茶そのものを所望してきたのであった。
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