第二章 その教え子、恋愛教師につき
第一話 その教え子、恋愛教師につき。
一難去って。否、体感的には十難ほどであったが、とにかく社会的抹殺危機を回避し、翌日。
「──ねぇねぇ、アタシがセンセーの先生になってあげようか?」
ようやく普通に授業を始めようと意気込んで教え子の部屋を訪れてみれば、セーラー服の彼女から発せられた第一声は、あまりに奇想天外なものだった。
「言っている意味が全く分からんのだが?」
今日はベッドの上ではなく、カーペットの上に広げた折り畳みテーブル越しに。正面に座している彼女に向けて、問いかけてみる。
「だーかーら! アタシがセンセーの先生になってあげるって言ってるんだよ?」
「いや、なんでだよ。俺がお前から教わるようなことなんて無いぞ」
「はい、そういうとこー! センセーのそういうところがダメなんですぅー! 思ってても言わない方がいいこともあるんですぅー!」
「寄るな。わめくな。指を差すな。失礼だろう」
「あー、また酷いこと言った! そういう女の子には優しくできないところがダメって言ってるのー!」
「いや、さっきから一体なんだってんだよ……」
話の方向性が全く見えてこない。こちらとしては、さっさと授業を始めたいところなのだが。
「あのね? アタシ、昨日思ったの。センセーって絶対モテないだろうなぁって」
「ああん??」
唐突な人格批判に、思わずメンチを切ってしまった。
「だってセンセー、全然デリカシー無いんだもん。思ったこと全部口に出しちゃうし口悪いし、なんか見た目陰キャっぽいし」
「おいやめろ。最後のは傷つく」
陰キャで何が悪い。陽が当たるところに居ても暑苦しいだけじゃないか。
「でもね! アタシ、センセーには光る部分もあると思うの! 言ってることには説得力あるし、顔のパーツ自体はそこそこ整ってるし、多分根は優しいし! あとは、女心を理解すればモテると思うの!」
「おい、待て。お前まさか、『アタシが女心を教えてあげる♪』とか言うつもりじゃないだろうな?」
「え、言うつもりだけど?」
言うつもりなのかよ。
「センセーが家庭教師なら、さしずめアタシは恋愛教師ってところだね。独身街道まっしぐらなセンセーが将来彼女を作れるように、アタシが女心のイロハを教えてア・ゲ・ル♪」
「なるほど遠慮させていただく」
「ノータイム即答!?」
キュピリン☆とピースサインを添えて提案を持ち掛けてきた教え子には悪いとは思う。が、こんなん音速で却下である。
「まず色々と前提がおかしいんだよ。俺に彼女が居ないと言った覚えも無ければ、彼女が欲しいと言った覚えもない」
加えて、大学の必修科目欄に『恋愛』の二文字があるわけでもない。俺がJKから女心を学ぶ必要性は現状、皆無である。
「うぅ、そんな頭ごなしに断らなくてもいいじゃん……変な写真撮っちゃったお詫びとして、アタシなりにできることをやろうとしてるだけなのに……」
「いや、まあその気持ちは嬉しいんだけどな?」
先日、彼女には手酷く説教をしてしまったため、そう暗い顔をされると弱る。『恋愛教師』なんてバカバカしい申し出だと思っていたのだが、神楽坂にとってはそういうわけでもなかったらしい。贖罪をしたいという思いが、心のどこかで燻っているように見える。
「あのな、神楽坂。昨日も言ったように、お前は合格を目指してしてくれればそれだけでいいんだぞ? 人生も勉強と同じで、誰だって間違うことはある。一度の過ちを、ずっと気に病む必要は無いさ」
「で、でも! 勉強教えてもらうだけで、アタシが何もしないっていうのも、なんかイヤっていうか……」
「俺は給料貰って働いてるわけだし、別にそれで良いと思うけどな」
「でも、お給料出してるのはママだもん。アタシは何もしてない」
「そ、それはそうかもしれないが」
ふむ。しかし、なるほど。昨日と今日で、神楽坂の性格がおおよそ掴めてきた気がする。
寂しがりやだが、変なところで気を遣う。端的に言えば、それが神楽坂繭という少女の人間性なのだろう。
故に今この瞬間、彼女は俺に気を遣っている。他人に迷惑をかけた自分を許せていないのだろう。償いとして、なんらかの形で俺に報わないと気が済まない。おそらく、そういったところか。
ならば。重い思いを抱える彼女の心を軽くするために、ここで俺が出すべき最適解は。
「まあ、そうだな。生きていく上で女心を知っておくのは無駄じゃないかもしれない。そこまで言うなら、勉強に支障が出ない程度に、ご教授願うとしよう」
教え子の気が済むまで、彼女の『先生ごっこ』に付き合ってやることだろう。
「え? 本当にいいの?」
遠慮がちに、上目遣いで。神楽坂がこちらを見やる。
「ああ。元はと言えば、全部受け止めると言ったのは俺の方だからな。勉学に影響が出ない範囲で、それがお前にとって必要なことなら、なんだってやってやる」
「……えへへ、そっかそっか」
しおれかけの花が活力を取り戻すかのように、神楽坂は笑った。
「ん? 何がおかしいんだ?」
「いーや! なんでもないっ!!」
なんて言って、再び元気を取り戻した直後。ニカリと満開の笑顔を見せた彼女は、トスリと俺の胸に人差し指を当てつつ、宣言した。
「今日からはアタシも先生だからね! センセーも合格できるように、しっかり頑張るんだぞ?」
何に合格すればいいのやらという疑問はさておき。かくして俺と神楽坂は、家庭教師と恋愛教師などという、前代未聞の関係を結ぶこととなった。
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