第十三話 どうして
「んー、なんでだろ。まあ、受験から逃げたかったのが一番かなぁ。あとは……そうだね。もしかしたら、ちょっとだけ寂しかったのかも?」
えへへ、と頬を掻きながら彼女が笑う。
「うん。たぶんアタシ、寂しかったんじゃないかなぁ。学校の先生も塾の先生も皆『生徒に嫌われないように』動いてアタシに気を遣う大人ばっかだし、サボらずに頑張ってるクラスの子はどんどんアタシを置いてけぼりにして成長しちゃうし……そもそも、友達なんて一人も居ないし? えへへ、だから正直、ちゃんと真正面から怒ってくれて嬉しかったとこもあるんだよね。……アタシ、ずっと、独りぼっちだったから」
独白するようにそう告げると、彼女は身体ごと俺の方に向き直り、
「あはは、ごめんね、センセ! ちょっとアタシに構ってほしくて、センセーを困らせちゃった!」
引きつった笑みを添えつつ、そう言い放ったのであった。
「……はあ、まったく。講師を始めて以来稀に見る問題児だよ、お前は」
呆れ半分、哀れみ半分で言葉を返す。
「あ、やっぱ許してくれない感じ? 一応例の写真はシャワー浴びる前に消したんだけどなぁ」
「ハッ、それだけで許せるかよ」
ああ、許せない。許せるはずがない。その程度で俺の気が済むと思ってもらっては困る。
……こんなの。まるで、孤独を当たり前だと思っているみたいじゃないか。
「ふふっ、センセーったらヒッドーい」
──どうして、寂しいのに笑っていられるんだ。
「えへへ、まあ、許されないようなコトしちゃったのは分かってるけどぉ」
──どうして、寂しいのにそれを隠すんだ。
どうして──胸を触らせて俺を騙す、なんてバカげたことをやってのけてしまうくらいに。狂おしいほどに寂しくなってしまうまで、自分をないがしろにしていたんだ。
許せない。許せるわけがない。こんな状態になるまで自分を放っておいた神楽坂を、俺は許せないのだ。自分を大事にしない彼女のことを、どうしても許すことができない。
ああ、もちろん? こんなものは、推測でしかない。
しかし自分を納得させるために、俺はそう思うことにした。
要するに、ただの理由付けである。
「スゥー……ハァー……」
入り乱れた思考を整理。深呼吸。
そして俺は、
「まずは、そうやって無理して笑うのをやめろ」
今度は感情に任せた説教ではなく、理性を利かせた論説をすることにした。
「……え?」
想定外、といった様子で彼女がコクリと首を傾げる。
「辛いなら、無理して笑わなくていいんだよ。寂しいなら最初から寂しいって言っていいんだよ。お前はまだ高校生だ。我慢せずにわがままになってもいいんだよ」
「……」
言葉を失い、微かに瞳を潤ませている彼女は、どうしようもないくらいに普通の少女だった。
きっと俺と彼女の関係はまだ始まったばかりで、まだ知らないことの方が多くて。もしかしたら今この瞬間も、俺は偉そうなことなんて、言えた立場ではないのかもしれないけど。
──それでも、目の前の生徒が我慢を重ねてきたことくらいは、俺でも理解できるんだよ。
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