第14話 戦況
WBCの第一ラウンドが始まって、四日目を迎える。
アメリカの二ヶ所で行われている二つのグループの試合は、日本時間の夜に深夜や朝方に行われた。
カリフォルニアで行われたラウンドでは、アメリカとイギリスが対決し、アメリカがあっさりと勝利。
そしてメキシコとコロンビアの試合は、メキシコが勝利した。
なおフロリダで行われているグループは、プエルトリコがニカラグアに勝利し、ドミニカがベネズエラに勝利。
おおよそ前評判通りの結果となっている。
ただ日本が一位通過した場合、第二ラウンドのトーナメント戦ではどこと対決するのか。
それはアメリカではなく、韓国で行われているグループの勝敗による。
韓国、台湾、オランダ、イタリア、パナマ。
こちらのグループも日程は、既に三日目が終わっている。
よく見ればオランダもイタリアも、メジャーリーガーを輩出している、強豪の国である。
なんでヨーロッパの二大強豪と、韓国に加えて台湾までが、同じグループにいるのか。
本当にひどいと思われるかもしれないが、オランダもイタリアも、現役のメジャーリーガーはほとんど参加していない。
この二国が強豪であるのは、あくまでもMLBに選手を輩出する土壌があるからである。
まだ無名の選手が、こういった国際大会で活躍し、MLBからのスカウトを待つ。
既に注目しているMLBのスカウトや代理人も、より選手を高く売りつけるために、国際大会での活躍を期待する。
オランダの場合はかつての植民地などが、特定のスポーツの選手を大量に輩出する土地になる。
歪な社会が世界には、間違いなく広がっているのだ。
ただそれでも、韓国と台湾は、自国内に強力なプロリーグを持っている。
MLBはもちろん、NPBと比べても、その収入は低いものだ。
だがオランダ本国にもプロのリーグはあるのだが、それよりはずっと高い年俸をもらっている。
オランダの強さの理由は、海外領アンティル諸島出身の選手にある。
ほぼ南米と言っていいこの地域からは、多くのメジャーリーガーを輩出している。
実は人口あたりのメジャーリーガー輩出率を言うなら、日本はもちろんアメリカよりも、メジャーリーガーを多く輩出している。
それだけこの地域では、野球が根付いているのだと言えよう。
韓国のグループでは、初日に韓国とオランダの対決が行われた。
この試合で韓国は、オランダに先取点を許したものの、逆転に成功。
そこからは一方的とまでは言わないが、常にリードした展開で試合を終了に持ち込む。
これはやはり、韓国とオランダの、代表選手の状態が理由であろうか。
韓国は自国にリーグを持つため、そこで一度選手を完成させる。
対してオランダは、選手はまだMLBに行くまでは育成段階だ。
高校生の時点で一度、完成形になる日本ほどではないが、韓国もこの時点で全ての技術がある程度には達しているのだ。
オランダは負けはしたものの、各選手の活躍というか、技術や身体能力の高さは明らかに出来ただろう。
MLBの世界は選手を、素質型と完成型の二つのタイプで見る。
日本から移籍するのは基本的に、完成型でありながら、さらに適応力を持っているというタイプだ。
だがオランダの選手は若手が多く、明らかに素質型である。
国際大会ではあるが、その目的はMLBへのアピール。
もっともサッカーのワールドカップにしても、世界各国のクラブチームへのアピールになるのは間違いないのだが。
なお、台湾とパナマの対戦は、台湾が順当に勝利した。
だが日本のように、圧倒的なコールド勝ちではない。
むしろ日本が最初の二試合、圧倒的な勝利を収めたというのが、国際大会では例外的なのだろう。
確かに中国はともかく、キューバという強豪を呆気なく倒しはしたが、それは他のチームが全力で日本をマークすることを意味する。
そして全力でマークされた結果、ピッチャーが点を取られることはなかったが、バッターの得点力が落ちてしまった。
大会は短期決戦であるが、同時にピッチャーの消耗戦である。
いくらでも投げられる上杉などがいるのに、球数制限は厳しい。
それを考えていて、やはりコールドでピッチャーを消耗させないのが、作戦としては優れていると思えるのだが。
韓国グループの二日目には、パナマとオランダ、イタリアと韓国の対戦があった。
前日は敗北していたオランダであるが、パナマに対しては快勝。
そしてイタリアと韓国の試合である。
ヨーロッパの二大野球強豪国である、オランダとイタリア。
この二国を倒しても、まだ台湾が残っているのが、韓国で行われるグループAの恐ろしいところである。
オランダはパナマ相手に、順当に勝利した。
だがその試合内容を確認するに、日本のスモールベースボールを、オランダはやはりやっていない。
それは韓国戦でも感じたことだが、一方の韓国や台湾は、短期決戦用の野球をしている。
選手はチームの勝利のためにプレイしている。
もちろんオランダも勝つためにプレイしていると言えるのだが、それは勝つことに特化したプレイではない。
勝つよりもさらに上の、MLBで通用するプレイだ。
オランダは本国にもプロリーグを持っているが、基本的にアンティル諸島からほとんどのメジャーリーガーが生まれている。
本国のリーグではこれまた、それだけで食べていけるというものではない。
ただヨーロッパの諸国はスポーツというものに対して、日本よりもずっと社会全体で取り組んでいると言える。
サッカーならばより顕著なのだが、地方のユースのチームなど、コーチは本業を持っていて、クラブのコーチのために今日は仕事を早退、などという文化が出来上がっている。
日本もサッカーならば、フランチャイズ化にはある程度成功した。
だが本当にそういったヨーロッパのスタイルに近いのは、高校野球ではないのか。
野球強豪校における、チームだけではなく家庭全体のバックアップ。
また私立などでは顕著だが、体育扱いの野球部の時間。
高校野球はその全てを、野球に賭けている強豪がいるのは事実だ。
そのくせドロップアウトする割合が多いのは、いまだに日本のやり方が、世界の標準からずれていることではある。
正しいメンタルの鍛え方が分かっていないがゆえに、旧来の根性論にしがみつく。
だが逆に勝利を追及するために、その旧弊から脱却しようというチームも少なくない。
イタリアと韓国の試合は、またもイタリアの先制にて始まった。
ある意味イタリアは、伸び伸びとプレイしていて、それゆえに積極的である。
短期決戦型の韓国は、そうはいかない。
なおこれらの試合を見ていると、ドイツが異質であったことが分かる。
スモールベースボールと揶揄されるかもしれないが、戦術と作戦の野球をしていた。
セイバー・メトリクスでは期待値の低い野球であったかもしれないが、事実として日本の攻撃を一番凌いだのはドイツである。
ひょっとしたら国民性なども関係しているのかもしれないが、日本のグループで他にアンダースローピッチャーがいたのは、ドイツだけである。
与えられた条件の中で最良の結果を目指す。
それが正しいチームスポーツであり、MLBにおいても資金力のないチームは、システムを上手く使って数年ごとのコンテンダーを目指す。
だがそれでも選手個人は、MLBの評価の中でしか動かない。
おそらくまた近いうちに、なんらかの大変化が起こるだろう。
直史と大介がこれだけの結果を残してしまったのだ。
そしてWBCなどでもアメリカが、MLBの流儀が負けるなら、短期決戦においてはドラスティックな改革が起こるかもしれない。
他のスポーツにおいても、戦術の変化というのはあるものだ。
MLBでも投手の球数制限、それに伴う球数節約のためのムービング系の発展、そしてOPS重視のフライボール革命。
NPBでもそろそろバッターの成績をテレビで表示する場合、OPSなどをはじめとした数値を表示すべきではなかろうか。
高校野球などは母数が少なすぎるが、プロ野球ならそういった数値も重要なものなのだ。
野球の新しい楽しみ方のために、導入すべきであろう。
また三日目の試合も、韓国はパナマと、台湾はイタリアと対戦した。
ここでも韓国は着実に勝ち、そして台湾も苦戦しながらも、イタリアに勝利した。
これにて韓国は三勝0敗、台湾は二勝0敗となる。
オランダが一勝一敗で、これに次ぐ。
実質この時点で、韓国の第二ラウンド進出は決まったと言ってもいいだろう。
パナマとイタリアは脱落である。
ただここからオランダが、台湾とイタリアに勝った場合、そして台湾が韓国に勝ってオランダに負けた場合、3チームが三勝一敗で並ぶことになる。
そうなると得失点差が重要になるが、ここはどうなるかまだ分からない。
もっとも四日目の試合で、台湾とオランダは対決することになる。
ここで台湾が勝てば、あとは五日目の韓国と台湾の直接対決で、順位決定をするだけで、第二ラウンド進出は韓国と台湾の二ヶ国には決定ということになる。
なおこの五日目の試合は、日本での四日目に行われる。準々決勝が東京にて行われるため、その移動時間を考えてのことだ。
そして四日目の試合、台湾とオランダの対決は、台湾が僅差の勝利を手にした。
これにて韓国グループからの第二ラウンド進出チームは、韓国と台湾に決定した。
三月12日、韓国ラウンドは最終日、東京ラウンドは第四日目。
まず韓国ラウンドでは、昼にオランダとイタリアの対戦が行われ、オランダが勝利した。
これでオランダは二勝二敗、イタリアは一勝三敗、パナマは0勝四敗と全試合の結果が出た。
三位以下の順位は決まったが、一位と二位の順位が、最後の韓国と台湾の試合の結果で決まる。
そしてここで一位通過しなければ、第2ラウンドのトーナメント戦で、準々決勝にて日本と当たる可能性が高い。
なお日本と韓国の間には時差がないため、19時からの試合は両国で同時に行われる。
韓国と台湾、敗北したほうがおそらくは、準々決勝で日本と対決する。
オーストラリアが日本に勝った場合、キューバと3チームが三勝一敗で並ぶことになるが、ここで得失点差が重要になってくる。
ドイツ相手にはなぜか、五点しか取れなかった日本代表。
しかし中国とキューバ相手には、15-0のコールド勝ちで勝利している。
つまり試合をする前から、一位通過は既に決定。
あくまで可能性は100%になっていないだけで、事実上は100%である。
オーストラリア相手に30点ほど取られて負けでもしたら、また分からなくなってくるが。
昼の試合ではキューバが、ドイツ相手に順当に勝っていた。
日本との試合の得失点差を考えれば、むしろキューバになら勝ってもおかしくないのだが、やはり日本のドイツ戦は相手を甘く見たのが悪かったのだろう。
いや、本気でやっていたと選手たちは言うだろうが、中国相手に大勝し、苦戦を予想していたキューバを圧倒し、どこか無意識に気の緩みがあったのは否めない。
キューバはドイツ相手に安定して勝利したが、コールド勝ちするほどではなかった。
野球の偶然性というのは、かくも恐ろしいものなのか。
オーストラリアと日本の、第二ラウンド進出を賭けた試合が始まる。
日本の先発は、別に相手を甘く見ているわけではないが、なんと淳であった。
サウスポーのアンダースローという、MLBでも存在しない希少種。
チームのエースと言うには微妙であるが、毎年二桁前後を勝利する、安定した二番手。
それなりに負けることは当然あるのだが、大差で負けることは滅多にない。
安定感が評価されて、今回の日本代表には選出されている。
実際のところ淳の代表選出は、かなり微妙なやりとりがあったものだ。
成績だけを見れば確かに、同レベルのピッチャーはまだ他にいただろう。
だがそれはNPBのリーグが、既に淳のアンダースローに慣れて、それでも大きく崩れることはないという、その部分が重要なのだ。
現在のMLBには、アンダースロー自体がほとんどいない。メジャーには一人いたりいなかったりするぐらいだ。
それだけピッチングの最適動作が、オーバースローかサイドスローに合わされてしまっているのだろう。
だからこそサウスポーのアンダースローが、どのくらい効果的か確認してみたい。
オーストラリアの育成システムはMLB流であるので、その確認のためには丁度いい相手であったろう。
この第四戦、日本は先攻である。
ホスト国であっても完全に後攻ではないのが、WBCなのだ。
まあ確かにそうでなくては、アメリカなどずっと後攻なので、戦術が限定されるわけだが。
オーストラリアに勝てなくても、第二ラウンドには進める。
それこそ歴史的な敗退でもしなければ、という気楽な精神状態。
だが同時に日本チームは、ドイツ戦を教訓にしている。
相手を甘く見てしまうことは、悪い結果をもたらす。
最終的な目標は、あくまでも優勝なのだ。
そのためには絶対に、油断をしてはいけない。
短期決戦とは言えまだトーナメントで三試合も行うのだから、無理をするのは禁物だ。
だが主に無理がかかるピッチャーは、球数制限で守られている。
このオーストラリア戦も、出来ることならコールド勝ちをしたい。
五回とは言わないが、七回コールド勝ちぐらいをすれば、ピッチャーの運用はかなり楽になるのでは。
実際には準々決勝までに三日の休養があるので、ここではそれほど神経質になる必要はない。
問題は準決勝と決勝が、連戦になるということぐらいだろう。
先頭打者の織田は、ここでオーストラリアに対して、どうすればいいのか自分で思考していた。
リードオフマンの織田であるが、日本の持つ札の数を、隠すのではなく晒すほうが効果的だと思っている。
実際のところ日本の戦力は、ピッチャーが他の代表よりもずっと強い。
その時点で有利ではあるのだが、上杉と直史はなんとしても、決勝まで温存すべきだろう。
準決勝までは、コールドがある今回のWBC。
オーストラリア相手に織田は、初球からセーフティバントでバントヒットを決めるのであった。
日本代表の二番は、攻撃的な二番である。
MLBではもう随分と前から常識となっている、二番強打者理論。
NPBでもかなり、二番にも好打者を入れることは、珍しくなくなっている。
ただそれを指揮する監督に、この戦略での運用が出来ないと、絵に描いた餅になる。
今回の日本代表の二番は、三割30本を平均的に達成する悟だ。
タイタンズでは三番を打つことが多いが、二番としての役割を考えて、この大会では打率と出塁率を重視している。
なにせ後ろの三番打者が、野球史上最強であろうかと思われる、大介だからである。
ランナーが三塁にいれば、確実に一点は取るのが悟のスタイル。
タイタンズはまだ二番には、つなぐタイプのバッターを置いている。
悟の意識もつなぐことに集中しているが、だが単に進塁打を打つことを考えてはいない。
そしてこの打席では、織田からのサインが出ていた。
オーストラリアは織田が出塁したことに対して、ダブルプレイ狙いの浅めではなく、深く内野が守っている。
この大会で悟は、とにかく凡退だけはしないように意識していた。
そのためこの打席でも、真っ当に警戒されている。
この場合ならおそらく右方向に、狙った場所に落とすだろうと。
ただ織田の思考はそれを上回り、悟も同意した。
つまり選択したのは、連続セーフティバントである。
(奇襲は連続して初めて奇襲になる、だったかな)
出典はマンガか何かは知らないが、高校時代に秦野が言っていたことだ。
オーストラリアはサードが素手でボールを確保したが、そこからもう送球は諦める。
それぐらいタイミング的に、まさかと思える攻撃の選択であった。
(俺もやろうかな)
うろたえているオーストラリアを見て、大介などはそう思ったりもした。
期待値的に大介が、セーフティバントで内野安打を狙う意味などは全くない。
だがさらに深く守っているオーストラリア相手には、やれば確実に成功するだろう。
もちろん大介は、バントヒットなど狙わなかった。
しかし一球目にはあえて、バントをサード方向に転がしてファールにしたのであった。
ひどい。
もう一位通過が決まっている日本が、なぜそこまでやるのか。
それは日本人選手の大半が、高校時代に高校野球で、相手は徹底的に叩き潰す、ということを教えられているからだ。
もう一度やっても、絶対に勝てないという絶望を与えること。
10点差で勝てるチーム相手なら、15点差で勝つことを目指す。
それぐらいの覚悟をもって、相手を叩き潰さなければ、甲子園では逆転負けを食らうこともある。
甲子園のマモノによって、過去にどれだけの逆転劇が演じられてきたか。
おそらく日本人ほど、野球はツーアウトからという言葉を、額面どおりに信じている国民はいないだろう。
実際のところ大介も、ツーアウトから逆転サヨナラホームランを打って、ワールドシリーズを優勝したのだし。
大介のバントヒット狙いは、わずかながらもオーストラリアを混乱させただろう。
アウトローにわずかに外れる程度のボールを、転がしてきたのだ。
今回のWBCでも大介は、ホームランを二本打っている。
だがそれ以上に大介は、歩かされることが多い。
MLBでの異常な記録を見れば、その恐ろしさは分かっているだろう。
だがバントヒット狙いという誤った情報が、オーストラリアを混乱させた。
内野はやや前傾姿勢になるが、バッテリーもベンチも想定が甘すぎる。
バントがしにくいように、高めに外したはずのボール。
しかしそれを大介は、フルスイングで迎撃した。
ボールはバックスクリーンを直撃し、これで三本目のホームラン。
白石大介と勝負してはいけない。
高めとはいえゾーン内に入るボールなど、投げてはいけなかったのだ。
これにて日本は三点を先取。
初回から大きな流れが、日本の方に向かってきていた。
×××
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