第8話 Uターン
三月に入っていよいよ、WBC日本代表の合同合宿が始まる。
とは言っても場所は沖縄なので、普通にNPBのキャンプ地から、そのまま移動してくるだけという、さほどの労力もかからない。
宮崎でキャンプをしている球団の選手は、少し大変だったであろうが。
それでもアメリカから戻ってきた選手に比べれば、移動距離も時間もたいしたことはない。
直前になって怪我などで離脱交代ということもあるものだが、今回は既にそういった選手を事前に確認してある。
MLBから井口と蓮池が来ないのは、それなりに国内でも色々と言われた。
ただしっかり契約に盛り込んでいた大介と、セイバーの寛容さがあるアナハイムと違い、井口も蓮池も仕方のないところはあるのだ。
蓮池の場合は完全に、己の都合であったが。
なお武史もまた、直前まではスプリングトレーニングの方に参加である。
日本が第一ラウンドを終えてから、登録の上では交代。
ただ準々決勝で使われるのか、準決勝で使われるのかで、合流のタイミングは変わってくるだろう。
また、考えたくないことだが、上杉が小さくても負傷などした場合、首脳陣の予定は一気に狂うだろう。
もっともそれは、直史が故障した時なども、同じことが言えるであろうが。
アリゾナから戻ってきた直史と樋口は、沖縄は湿度が高いな、と感じた。
やはり大陸の気候というのは、沿岸部を除いては乾燥していることが多い。
実際は植生などにより、かなり色々とあるのだが。
ブラジルのアマゾンなどは、河川域の影響もあるため、乾燥などしていない。
合流したのは、直史と樋口以外には、織田と本多。
MLB二年目の阿部は、今回はあちらに専念する。
MLBのレギュラーシーズンは本当に過酷だ。
ある程度慣れている直史や樋口とは、まだ阿部にはWBCとの両立は難しいであろう、と世間では納得されている。
ほとんど過去のWBCと比べても、今回の日本代表は最強に近いと思われる。
なのでマスコミの注目度も、かなり高くなっている。
「大会についての自信は?」
「手ごたえはありますか?」
そんなマスコミの質問に対して、直史はいつもの塩対応である。
「それは首脳陣に聞いてもらわないと」
うむ、正論である。
ここで「変なエラーがなく、二点以上取ってくれるなら、優勝は日本のものだ」などとは言わない。
ピッチャーの球数制限が、下手をしなくても甲子園よりも厳しい。
主にアメリカのMLBの決めたことなのだが、球団オーナーの要求したことの一つに、ボールをより精密に作られたものを使用する、というものがあった。
とにかく恐れられているのは、ピッチャーが故障すること。
MLBの公式球では、肘などへの負担がかかりやすいのは事実だ。
「登板は先発ですか、リリーフですか?」
「いや、それも首脳陣が決めることなんで」
俺に聞くな、である。
「よく、集まってくれた」
マスコミもシャットアウトして、ホテルの一室に30人の選手と監督、コーチなどが集合する。
それぞれの顔を見回していくが、これは歴代最強だな、と監督の別所は深く内心で溜息を吐く。
勝って当然、優勝して当然。
そんな陣容のチームを任せられると、むしろ監督は辛いのだ。
戦力は充分に整えられた。
メジャー組からも蓮池、井口、柿谷以外は参集している。
武史は現段階ではいないが、第二ラウンドには合流予定。
代わりに一人、離脱するわけだが。
ただ本当に最強だったと思えるのは、三期前のWBCメンバーだ。
直史と樋口が、大学生ながら特別に招集されたあのメンバーである。
なぜなら直史のデータが、ほとんど他のチームに出回っていなかったからだ。
しかしMLB移籍後の直史の数字を見れば、そんなことはどうでもいいようにも思える。
それでも不安に思うのは、以前とはルールが変化しているからだ。
今回のWBCでは、またさらに球数制限が厳しくなっている。
それと平均年齢が上がっているので、ピッチャーの回復力が低下しているかもしれない。
中四日で平気で投げている、直史と上杉がいることはいるのだが。
せっかく耐久力の高いピッチャーがいても、投げられる球数が決まっていれば、あまり意味がない。
空振り三振を取るか、打たせて取らなければ、球数は増えていくだろう。
このよりピッチャーの球数を制限するのは、もちろんそれぞれの国のリーグ戦に、疲労を残さず帰ってもらうためのものだろう。
だが現在日本が、スーパーエース級のピッチャーを三人も抱えていることを考えると、日本をどうにか弱くしようとしているのではと邪推する。
なにせ欧米というのは、自分たちのルールを守らせる側だ。
そして勝てないと、汚い手段はそれほど取らないが、ルール自体を変えてくる外道である。
いくらでも卑怯なことをしてもらっても、日本は勝つであろうが。
見える。85球までと制限していたのに、81球以内のサトーで封じられてしまうアメリカの姿が。
見える~。
冗談はさておき、ミーティングはまず、野手とバッテリーの二つに分かれた。
こう分けてみると本当に、野球はピッチャーが重要なスポーツなのだなと分かる。
そしてピッチャーの中でも、先発とリリーフに分ける。
なお先発もリリーフも出来る、という高スペックのピッチャーも別に分けた。
純粋なリリーフは、毒島と鴨池の二人だけである。
ただリリーフ経験がそれなりに多く、しかも結果を残しているピッチャーは多い。
直史と上杉がそうである。上杉などはMLBの一年間で、セーブ記録を更新してしまった。
しかし上杉は同時に、先発適性も高すぎるのだ。
直史のクローザーとしての能力も、とてつもなく高いものである。
だが直史にもまた、単純なクローザーとしてではない、このルールの中では貴重な先発型と言える。
球数が少ないからだ。
上杉もほとんど三球か四球で、三振を取ってしまう。
奪三振率ならば、直史が全く及ぶところではない。
ただ大会のルールを考えると、球数を抑えるという能力が、プロの世界の評価とは、隔絶した評価になる。
平均で10球ほどで、1イニングを抑えてしまう。
そういうピッチャーがこの球数制限のルールでは、レギュラーシーズンやポストシーズンより、はるかに恐ろしい存在になるのだ。
大会の日程は既に決まっている。
日本は第一ラウンド、四日連続で試合を行うこととなる。
そして球数制限であるが、30球以下に抑えたならば、連投の規制がない。
直史は30球あれば、多めに見ても2イニングは抑えられる。
ピッチャーらしいピッチャーとして、またチームキャプテンとして。
そしてフィジカルの強靭さで言うならば、上杉は直史をはるかに上回る。
だが、数字だけを見よう。
直史の方がはるかに、勝率は高い。そして安定して長いイニングを投げられる。
上杉ももちろん怪物であり、直史と同時代でなければ、比較は難しいがどちらも凄い、と言われていただろう。
それでもほぼ同じ時代に生まれて、ある程度は活躍の時期が被っている。
直史はNPBでの二年間、50勝無敗であった。
上杉は故障してわずかにパフォーマンスはおちたとは言え、それまでにも無敗だったのは2シーズンのみ。
また一年間クローザーをし、63セーブで無失点であった。
しかし直史は30セーブを記録した年、クローザーとしては一人のランナーさえ出さなかったのだ。
ただそれでも、ピッチャーではなく選手としての総合力は、上杉が直史を上回ると言えるのではないか。
スターズは上杉が入団した時、前年最下位という状態にあった。
だがそれを新人の上杉が牽引して、日本一にまで上り詰めたのだ。
直史がNPBで二年連続の日本一になった時には、バッテリーとして樋口がいたし、武史が二番手として強力で、チーム力は高かった。
この日本代表の中でも、上杉は自然とリーダー的な立場にある。
対して直史は参謀でもなく、ピッチャーという名の一つの兵器だ。
直史をどう上手く使うか。
それによってWBCの結果は決まるだろう。
首脳陣としては頭の痛いところである。
直史はプロ野球選手であるが、日本のプロ野球とはあまり関係が深くない。
なにせNPBに所属していた期間が、わずかに二年しかなかったからだ。
だが一年目は23勝に二年目は27勝と、圧倒的な結果を残している。
NPBで50勝以上していて、無敗のピッチャー。
それどころかMLBに行っても、レギュラーシーズンでは無敗記録を更新し続けている。
引き分けや勝敗つかずはあるが、本当に一度も負けていない。
NPBのピッチャーからすれば、なんらかの教えを受けたいと思う、第一位のピッチャーであろう。
そもそも上杉は肉体的な素質が段違いなので、真似のしようがない。
前回のWBCでも一緒になったピッチャーとしては、毒島などがそうである。
だが今の直史の価値は、当時よりもさらに高くなっている。
ただ、技術は真似が出来る、と思っている選手が多いのは救いがたい。
高校だろうが大学だろうが、直史と同じタイプのピッチャーは出てこなかった。
技術もまたある程度の才能であるし、それ以上に蓄積である。
あとは体質だろうか。
直史の指は柔らかく、そして皮膚は分厚いがこれまた柔らかい。
ピッチングでリリースする最後の最後まで、その力をボールに伝えることが出来る。
あとは体幹の強さと体軸を意識し、フォームを意識的に行う。
それほど特別なことはしておらず、だがそれを集中し徹底しているだけだ。
集中力もまた、天才の一つの形である。
30歳以上のベテランが多い、今回の日本代表。
だが25歳のピッチャーが三人いる。
小川、毒島、そして直史にとっては高校の後輩になる山根優也。
甲子園で対決したこの三人は、優也が最終的な勝利者と言っていい。
白富東が最後に甲子園を制した年のエースである。
こういった後輩にアドバイスをするのも、直史は別に嫌いなわけではない。
ただ毒島は190cm、小川もそれに近く、優也も180cmは超えていて、そもそも体格で直史の上を行く。
だが片足で立った押し相撲などをすると、直史がだいたいは勝つ。
体の使い方が、まだまだ完全にはほど遠いのだ。
伸び代は直史よりも圧倒的にある。
直史の投球術や、過集中によるゾーンへの変化などは、まだこれより先の話だ。
まずはフィジカルにおいて、いくらでもやることがある。
小川などはかなり体が硬くて、よくこれであんな出力が出せるな、と直史はむしろ感心する。
毒島も色々な計測をしてみれば、球速上限がまだまだ上がりそうなのだ。
この三人の中で、一番肉体の潜在能力をはっきり使っているのは、やはり優也であった。
体格では三人の中で一番小さく、そして白富東のメソッドで高校時代を送っている。
基本的に直史が教えるようなことは、この三人に対してはあまりない。
むしろWBCにおいて活躍を考えるなら、樋口と話して投球術とリードについて考えるべきだろう。
毒島はかなりアホの子のようなので、そのあたりは教えるのも大変だろうが。
ただ日本代表のコーチ陣には、ピッチャーの名伯楽と呼ばれている者もいる。
直史のやり方で投げていくと、100人中100人は故障するだろう。
そもそも体質的に、合っていないと思われるのだ。
直史は体重も軽く、筋肉だけでなく関節の駆動域も広い。
ただ無駄に力が逃げないようにしているだけだ。
元はツインズが昔習っていたバレエを参考に、体幹と体軸を極めただけである。
MLB組が多いということもあってか、選手たちは基本的に自分なりの調整をしている。
MLBはNPBと違って、選手が揃っての走りこみなどは行わない。
特に中長距離を走っていると、馬鹿じゃないのかなどと思われたりもする。
短距離を走ることは重要で、それはバッターにも言える。
だが野球のランナーに求められるスピードなどは、あくまでも短距離のスピード。
塁間20mちょっとの距離は、瞬発力でどうにか進むものだ。
今回の日本代表の弱点らしい弱点は、ここであろう。
実質キャプテンである上杉も含めて、MLB流の個人主義である人間が多いのだ。
もっともベテランというのはそもそも、調整は自分で行うものである。
それに内野の連携などは、しっかりと出来ている。
またバッテリーに関しても、MLB組は主に樋口、NPB組は福沢と、おおよそ分かれることになる。
ただNPBでも同じリーグであり、あまり対戦チームのキャッチャーに球筋を見られたくないと思えば、樋口が呼ばれることになるが。
ここでキャッチャーを、セ・パ両リーグから一人ずつ選ばなかったのは、少し失敗ではと思われる。
あとは外野はまだしも、内野をどうするかという問題がある。
本来ショートを守っているのが、大介、悟、緒方と三人もいる。
守備力特化が多いショートであるが、大介は言うまでもなく、悟と緒方も打撃には優れている。
あとはセカンドを守っているが、小此木もショートの期間が長かった。
ただこれに関しては、大介の方から発言した。
しばらくNPBにいなかった自分は、サードに回してもらって構わないと。
メジャーリーガーのプライド問題、というのを気にしていた首脳陣は、これで少しは考えるのが楽になった。
また他のポジションも、西郷はとりあえずDHでいいだろうと、彼の唯一のウィークポイントである走力を、DH制度があるため気にしなくてもいい。
もちろんランナーとして出た場合は、それとは別になるのだが。
なお、前回のWBCにおけるスタメンは、次のようなものが最終決定案であった。
1 水上(遊)
2 芥(二)
3 実城(右)
4 西郷(DH)
5 後藤(一)
6 樋口(捕)
7 柿谷(中)
8 谷(左)
9 初柴(三)
織田、大介の二人がMLBにいたため、最強の打線は作れていない。
逆にこの時のメンバーでは、柿谷がMLBに移籍している。
ピッチャーは上杉が復帰しているというのが、一番大きいだろうか。
やはり数人ずつ、衰えたり故障などで、メンバーの入れ替わりはある。
それでも今年の日本代表は、ほぼ最強の選手を揃えたと言っていいだろう。
誰をスタメンにして、どういう打順にするか。
首脳陣は悩むが、それは贅沢な悩みであろう。
守備力優先という選手がおらず、守備力が高い上に打撃も優秀、というのが今回の日本代表だ。
ただスタメンが故障したときなどは、完全に守備力特化の選手を入れていた方が、安心なのではと思ったりもしたが。
ともあれ一週間ばかりの合宿の間に、投内連携などはしっかりと行っていく。
直史などからすると、大介がサードを守っているというのが、なんとも違和感があったが。
ただ悟も悟で、トリプルスリー複数回達成の、スーパーショートである。
直史から見ても、セカンドに小此木が入った時など、上手く連携している。
セカンド小此木、ショート水上、というのはほぼ決定済みであろう。
そして練習も終われば、沖縄に別荘を持っている選手のところに集まったりもするが、基本的にはホテルに宿泊する。
ここで直史が今更ながら気づいたのは、MLBとの違いである。
基本的にMLBでは、スプリングトレーニングにパートナーの動向を認めるのだ。
よって瑞希などは同行することになっていたが、日本代表のホテルはアメリカのそれに比べて、確実に狭い。
やはりMLBのマネーパワーを感じている直史であるが、瑞希は東京に残っていたりはしない。
普通に自腹で同じホテルに、自分の部屋を確保している。
直史と話し合うのは、この合同キャンプに関するものだ。
いちゃいちゃするために、一緒のホテルに宿泊しているわけではない。
もちろんいちゃいちゃもするのだが。
「まあ今回は前より、選手層も厚くなってるかな」
直史の最後の年に、瑞希はしっかりとその記録を残すつもりなのだ。
断じていちゃいちゃすることだけが目的なのではない。
直史が今回の日本代表で、もし足を掬われるとしたら何か、と考える。
それは選手の年齢が、かなり高齢化していることだろう。
上杉の影響と、白富東の影響で、一時期高校野球のレベルが極端に上がった。
その後の世代が、やや谷間になっている。
もちろんそれぞれのチームで、それなりの主力にはなっているのだが。
ベテランというのはとにかく、回復力だけは間違いなく問題だ。
もっとも鉄人と言われる、上杉と大介がいたりもするわけだが。
直史から見ても、今回のWBCに関しては、番外戦術なりをされない限り、勝てるとは思う。
幸いと言うべきか、WBCは汚い手を使ってまで、どうしても勝ちたいという権威を持った大会ではない。
ただ食事などにドーピング物質などを、故意に混入されないか、それだけは心配であるが。
わずか一週間の期間であるが、紅白戦なども行っていく。
ガチの対決ではないが、上杉と対戦することもあるだろう。
オールスターに似ているが、それとはまた違った空気を感じる。
日本代表の誇りを背負い、世界大会に出場する。
ワールドシリーズで優勝するのは、あくまでも直史の意地である。
だがWBCであれば、日本からの応援を、はっきりと感じることが出来るのだ。
まあ中にはなぜか、日本人のはずなのに、日本が負けることを望むような、おかしなマスコミもいたりするが。
さすがにこれだけ戦力が揃った野球では、逆張り以外の何者でもない。
来て良かったな、と思う直史に対して、瑞希も微笑を浮かべていた。
なお、このあと無茶苦茶セックスした。
×××
本日よりカクヨムコンのジャンル別順位が表示されるようになりました。
よろしければ本昨や過去作、まだ評価をつけていないな、という方などおられましたら、ぽちっと星の評価をお願いします。
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