第5話 サバト
名目上は忘年会なのだろうか。
かつて白富東の野球部に在籍、もしくは関連した人間が、200人近くも集まる。
いや、本当ならばもっと多くても不思議ではなかったのか。
そこはさすがに、平日の集まりであるからと言えるだろう。
「やっぱ場違いだな俺ら」
「分かってたことだろ。それでも現役のレジェンドのサインを複数ゲットするチャンスなんだ」
「でもメジャーリーガーがわざわざ来るのか?」
「白石さんは主催だから間違いなく来るだろうけど」
三年間、野球部ではなく野球研究班だった者も、招待の対象となっている。
さすがに無関係の奥さんなどは連れてこなかったようだが、しっかりと色紙などは準備していたりする。
ちなみに白富東の卒業生らしいというか、外国にいるため参加できない、という人間が何人もいた。
その中の一人が、ユーキであったりする。
もっとも彼は高校卒業後、ずっとアメリカかアフリカに行っていたので、ツインズでなければ連絡も難しかったろうが。
「久しぶり、恵美理さん」
「葵さんも久しぶり」
「……明日美は来てたりしない?」
「さすがに明日美さんは、関係者に入らないと思うんだけど……」
「まあ、そうよね」
高校時代は明日美に誘われ、聖ミカエルで女子野球をやっていた、神崎恵美理と竜堂葵。
二人は今は、同じ佐藤姓で義理の姉妹となっている。
もっとも血縁関係から言うならば、旦那の従兄弟の嫁という、それなりに遠い関係だ。
関係性を言うならば、旦那の義兄弟の嫁、となる。
高校時代は同じチームでありながら、そこまで親しくはなかったのに、こういう関係になるとは不思議なものだ。
「二人ともWBCに出るの?」
「俺はその予定だけど、そっちは?」
「うちも問題はないみたいだ」
現状、白富東最後の輝き、などと呼ばれる春夏連覇をした世代。
優也、正志、潮の三人が、一箇所に集まっていた。
やはり優勝した世代というのは、チームとしての真の意味での結束力が高いのか、参加者が多い。
この三人の年代は、大学でも野球を続けて、ドラフト候補となった人間もいる。
潮と川岸がそうであるのだが、プロ志望届は出さなかった。
高卒で活躍する優也と正志を見て、自分がプロで通用するかどうか、基準がはっきりとしていたからであろう。
この中で優也と正志は、日本代表に内定している。
決定でないのは、MLBから帰って来る選手が、また増えるかもしれないからだ。
ただ実力的に二人とも、代表に相応しい成績を残している。
年齢的にも比較的若手であるため、ここで新たなステージに立ってほしい。
選出の理由としては、現在の強力すぎる30歳以上のプレイヤーから、日本の強さを受け継いでほしいということもあるのだろう。
「しかしまあ、盛大なことになったな」
生徒側の参加者としては、一番年長なのが、北村とその妻百合子であった。
現在は白富東の教員として働く北村は、同時に監督もしている。
ただ自分はあまり、監督としては優秀ではないな、とは思っている。
県内ベスト4の壁を突破することが出来ない。
もっとも千葉の学校数で、公立高校がそこまで勝ち進めれば、それなりに立派なことなのだが。
瑞希のノンフィクション、白い軌跡によると、白富東の栄光の本当の発端は、北村にある。
あのキャプテンの下でなら、自分の野球が出来ると、ジンが思ったのがメンバーのそろった理由だ。
才能という点では直史や大介、そして岩崎が上回ったが、野球部の中心はジンであった。
彼の父親からの伝手で、セイバーもやってきたのだ。
そのセイバーも、今年はオーナー就任一年目のオフなので、忙しくて日本には来れない。
WBCは現地まで来て観戦するかもしれないが。
中心となったメンバーも、意外と来れなかった者はいる。
秦野や国立といったあたりも、現在のチームに専念していて、白富東の野球部を省みる余裕はないらしい。
ただ最強世代と言われた、直史や大介の同期は、かなり来ている。
そして話すのは、WBCのメンバー選出であったりする。
直史や大介は、今が全盛期だ。
しかし岩崎などは、そろそろ引退も考えている。
成績的には10勝前後した年もあれば、チーム事情でリリーフに回った年もある。
だがなんだかんだ言いながら、選手を集めるのが強いタイタンズで、ずっと一軍でいる期間が多かったのだ。
出来れば球団に残りたいな、とは思っている。
「もっと技巧派転身を考えた方がいいんじゃないか?」
直史としてはそう言うのだが、さすがに最近の岩崎のピッチングなどは見ていない。
対戦するMLBのバッターの分析が、大量だからである。
スーパースターの全盛期は、フィジカルとテクニック、そして経験の三つの総量が、最大になる30代前半。
だがそこまでいかない選手であれば、この30代前半が一つの区切りとなる。
プロ野球選手の平均引退年齢は、おおよそ29歳。
ただこの中から、早めに通用しないと分かって、切られる選手を除くなら、今の岩崎ぐらいの年齢が、平均的な引退の年齢になっても普通である。
むしろ岩崎と同期のタイタンズ入団者は、もうチーム内には一人も残っていない。
引退した者もいれば、井口のようにMLBに移籍した者もいるし、FAで移籍した者もいる。
トレードで他の球団に行った者もいるが、トレード先で引退している。
野球選手の中では、岩崎はかなり成功した方だと言ってもいいだろう。
年俸も一億を超えた年があるし、しっかりと貯金も出来た。
もっとも直史などから見れば、次はどうするのか、というところである。
FA権を手に入れた時、行使しながらも残留したのが岩崎だ。
ただしあれで他のチームに行っていた方が、出場機会などは増えたかもしれない。
先発としてもリリーフとしても、100勝にも100ホールドにも届かない。
だがこれでも全体から見れば、かなり成功しているのだ。
大介も同期入団で、まだライガースの残っている者は、大原しかいない。
大原もライガース一筋であるが、やはり魅力があるのだろうか。
世界の野球チームでも、最も野蛮とも口が悪いとも言われるライガース。
だがその熱量は、これまた世界一である。
直史が同期のことを考えた場合、彼はそもそもまだプロ入りして六年である。
高卒で一年目からそれなりにスタメン一軍であった小此木は、完全にレギュラーに定着し、日本代表にも選抜される予定であったりする。
それでも同期入団七人のうち、残っているのは小此木を含めて三人だけ。
六年で四人がクビになる、厳しい世界である。
12球団が毎年、100人以上の選手をドラフトで獲得する。
また外国人も助っ人で獲得することがある。
するとそれに押し出されて、100人以上がクビになるわけだ。
NPBもMLBも、厳しい世界である。
だからそこに甘い夢を見ず、弁護士を目指した直史は、堅実ではあったのだろう。
もっともほとんどの野球選手にとって、弁護士を目指すほうが難しいだろうが。
代表に選出された中には、本当に自分が通用するのか心配している者もいる。
淳などは明らかに、自分は変則枠だろうな、と分かっている。
サウスポーのアンダースローなど、直史たちもMLBで見たことはない。
ただ広いマイナーを探せば、どこかにはいそうである。
「出られるだけいいじゃんな」
「俺は一応50人リストに入ったぞ」
「裏切り者め!」
淳と同じ年からは、孝司と哲平もまだ現役である。
二人とも一軍のスタメンであるのだから、充分に生き残っているとは言える。
ただ二人ともトレードやFAを経験している。
孝司はライガースに、哲平は地元の千葉に。
なお二人より一つ上の鬼塚は、地元千葉一筋である。
プロ野球には、こっそりと地元枠、というものがあるのだ。
地元出身の選手は、それだけである程度応援したくなる。
たとえば鬼塚などは、その顕著な例であろう。
高校時代から完全にヤンキーな見た目でありながら、最後の夏には優勝のための主力となった。
そして今も千葉では、かなりのムードメーカーになっている。
50人リストというのは、多いように思える。
ただNPBの一球団の支配下登録選手が、70人ということを考えるなら、かなりの傑出した選手になるということが分かる。
鬼塚などはプロ入りしてから、とにかく全力でプレイするしかなかった。
化け物ぞろいのプロの中で、同じ球団の一つ上には織田のような即戦力がいたが、普通は数年間二軍で暮らすことになる。
それでも鬼塚は、一年目に数試合だが一軍の試合に出ることが出来た。
選手事情に加え、チームが優勝争いから脱落したため、使ってもらう機会があったのだ。
全く通用しないことに恐怖したが、それに負けなかったからこそ、いまだにプロで飯を食っている。
WBCも直前になって、体調による選手の入れ替えというのはあるだろう。
だがこの時期にはもう、おおよそ出場選手は決まっている。
その中でもスタメンはどうなるのか。
ポジションに関しては、本来のポジションを守るかどうかで、議論の余地もあるだろう。
そしてそういった点に関しては、現役の選手ではなく、指導者側の人間の方が、冷静に見ていたりする。
ジンなどは確定ではないが現在のリストを見て、とても豪勢なチームが組めるな、と思っていたりする。
「大田君の目からすると、誰をどこに置くの?」
「う~ん……本来のポジションに置くか、それとも違うポジションに置くか」
瑞希の質問に対しては、ジンも悩んだりするところである。
料理をつつきながらアルコールで頭を回し、ぼくのかんがえたさいきょうのちーむ の編成をしてみたりする。
ただジンの場合は高校野球の監督であるため、DHの扱いをどうするかが迷うところだ。
「打順にしても大介をどこに置くか、NPBの監督やコーチには、かなり難しいんじゃないかなあ。あ、とりあえずナオはクローザーで」
またWBCは特に、ピッチャーに対する球数制限が厳しい。
すると先発からセットアッパー、クローザーという使い方ではなく、先発を二人使って、そこからリリーフしていくということも考えられる。
特に左殺しの真田などは、リリーフとしての役割を求められるだろう。
WBCはMLBと違って、リリーフピッチャーが最低1イニングか三人に投げなければいけない、という制限もない。
あと、これはルールを作る上で致命的な失敗だと思うのだが、30球未満であれば投手の連投制限がない。
もちろん移動などで三連戦などはほとんどないが、このルールだと九回にリードして持ってくれば、直史が全てを封じてしまえる。
そんなことも考えながら、ジンは理想の打順や投手編成を考える。
一番 白石 (遊)
二番 織田 (中)
三番 水上 (三)
四番 西郷 (D)
五番 後藤 (一)
六番 児玉 (右)
七番 近衛 (左)
八番 小此木 (二)
九番 樋口 (捕)
「こんなところかな?」
「白石君を一番?」
「いや、大介は二番に置いてもいいけどさ」
ジンはMLBにおける、大介の成績を知っている。
そして最強のバッターであり、最も敬遠が多いバッターであり、盗塁王まで同時に取ってしまうバッターである。
九番にトリプルスリーを達成した樋口を置くというのも、えげつない打順である。
ただ守備に専念してもらい、しかも出塁率が高くて足もあるとなると、九番でもいいのかもしれない。
それにしても白富東の出身選手が、日本代表のスタメンに三人もいるというのは、恐ろしいものである。
今後の予定であると、一月の末までに、予備ロースターとして35人を、WBCの正式な主催であるWBCIに提出する。
なおこのWBCIというのはワールド・ベースボール・クラシック・インクの略称である。
そしてその一週間後に、30人が正式に決定。
ただそれ以降も怪我などによる入れ替えは、大会直前まで可能である。
またそれとは別に、第一ラウンド終了時点で、ピッチャーだけは二人、予備リストの10人と入れ替えが可能だ。
とにかくピッチャーが壊れることを、大会の主催も心配している。
こうやって少しでもピッチャーの負担を減らすことで、出場のハードルを低くしようと狙っているのだ。
またこれによって14人のピッチャーも、おおよそは選出されている。
上杉勝也 上杉正也 小川、金原、鴨池、佐藤淳、佐藤直、真田、島、津久井、幅木、毒島、本多、山根といった14人の名前が挙がっている。
これを先発とリリーフに分けるより、先発しか出来ない人間と、先発でもリリーフでも出来る人間、そしてリリーフしか出来ない人間と分けることが出来る。
リリーフ専門は、鴨池と毒島ぐらいである。
どちらも出来るのは、上杉、直史、真田、津久井、幅木といったあたりだ。
「武史君は入ってないのね」
「あいつ出られるの?」
ジンは直史や樋口と違って、武史が代表に参加できるとは聞いていない。
同じチームである大介も、それはまだ知らされていないのだ。
「調整中なんだけどなあ」
その調整中なのに、しっかりとこの舞台に来ているのが、なんとも武史らしいと言えよう。
本人が来ているので聞いてみると、やはりメトロズのフロントはいい顔をしていない。
ただMLB自体からは、各球団のオーナーには、出来るだけ選手が出場できるように、という話は通っている。
もっともMLBとしても、日本やドミニカなど、他の国の代表に選手が出るのは、微妙なところであろう。
特に日本に対しては、MLBの主力が合流してしまうと、完全に優勝候補になってしまう。
アメリカ本土で準決勝以降を行うのに、日本の活躍を見せ付けられるのか。
特に直史と大介がいると、一気にチームのパワーバランスが変わる。
これに武史まで加わってしまうと、短期決戦でもその隙を突く手段はない。
現在でも既に判明している日程によると、日本の場合まず第一ラウンドが、三月の九日から12日まで四日間連続で行われる。
そして決勝トーナメントは、15日に日本で準々決勝、19日にアメリカで準決勝、21日に決勝が行われる。
当然ながら第一ラウンドは勝ち抜く予定である。
・30球以上の投球:中一日の休み
・50球以上の投球:中四日の休み
・85球以上の投球:禁止
この球数制限を考えると、第一ラウンドにリーグ戦の方が、ピッチャーの起用は難しいように見える。
だが対戦相手は、中国とドイツはかなり手を抜いても勝てるだろう。
野球は偶然性の高いスポーツではあるが、それでも圧倒的な実量差がある。
高校野球の強豪と、プロのどこかのチームぐらいの差は、この両者との間にはある。
もっとも暗黒期のライガースはPL学園より弱いと言われていたし、暗黒期のスターズは横浜高校より弱いなどとも言われていたが。
さすがにそれは、選手層が違いすぎるというものだ。
中国、キューバ、ドイツ、オーストラリアの順番で日本は第一ラウンドを戦う。
第二ラウンドのトーナメントは、準々決勝が韓国か台湾。
そして準決勝が韓国か台湾かキューバといったあたりになるか。
決勝の相手は、正直アメリカが、どれぐらいの力を入れてくるかで、予測が立たない。
ただMLBのトップレベルを普通に起用するなら、やはり決勝の相手にはなりやすいだろう。
ただメキシコやドミニカ、プエルトリコにベネズエラなども、多くのメジャーリーガーを輩出している。
このあたりの選手が出てくるかどうかで、本当に分からないのだ。
「そういえばアナハイムなら、阿部は出てこないの?」
ジンの疑問はもっともで、セイバーは阿部にも、出場するのは構わない、と言っていた。
ただMLB一年目を終わったばかりで、まだあちらの日程に慣れていない阿部は、おそらく辞退するだろうと思われる。
阿部がいるとリリーフの厚みがさらに増す。彼は先発もどちらも出来るタイプだ。
結局この集まりは、いったいなんだったのであろうか。
とりあえず懐かしい顔を多く発見して、近況を語り合ったりした。
野球をまだ続けている人間は、当然ながら圧倒的に少ない。
ただ白富東がここまでに輩出してきたプロは、10数年の間に10人以上の毎年一人以上のペースとなる。
プロ入りしたものの既に、引退してしまっている者もいる。
そういった人間は、バツが悪いのかほとんど来なかったが。
直史にとっての最後の一年、最後のWBCの前に、舞台を作ったと言えようか。
主催したのはツインズである。
おそらく最後になるであろう、直史の最後のシーズン。
それを惜しんだのか、あるいは引き止める手段の一つとしてでも考えたのか。
直史としては正直、体力の限界を感じ始めている。
元々フィジカルでは、MLBでも最低レベルの人間なのだ。
ただ技術とメンタルとインテリジェンスで、ここまでやってきた。
だが年々違和感は増すばかりだ。
(しかし、とんでもない集まりになったな)
それぞれ関係性の深い集団で、二次会などに発展する。
直史はそんな中、同年代の人間と、繁華街に繰り出すことになる。
こんな騒ぎになるのは、ひょっとして人生で最後かもな、と思いながら。
長い夜は、まだ終わらない。
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