第3話 英雄選抜
純粋に、日本国内の日本人選手たちに、最も影響を与える選手は、上杉勝也である。
生ける現在進行形のレジェンドが、WBCへの参加を表明したことにより、少なくとも上杉より年下の選手は、積極的な辞退はしにくくなった。
今年も29先発23勝し、12回目の沢村賞を獲得した累計310勝の大投手が、大物ぶらずに参加への意気込みを語る。
これによってとりあえず、実弟である上杉正也も、自動的に選出されたと言っていいだろう。
またバッターでは、やはりライガースでホームラン王を獲得している西郷が、要請を受けて受諾したことを発表した。
助っ人外国人を除けば、現在のNPBにおいては、最強の長打力を持つ西郷。
WBCはDHも存在するので、そちらでの出場が考えられる。
それに加えて、MLBからは大介が、相当に前向きなコメントを告げる。
ライガース時代のSS砲が再現されるのか、とそれだけで道頓堀川にダイブする人間が現れた。
いいかげんにせい。
ピッチャーとしては先発ばかりを揃えるわけにはいかない。
基本的にクローザーは、セットアッパーも出来る。
なので毒島や鴨池といった、クローザーも声をかけられている。
ただ先発がそれなりに揃うなら、絶対的なクローザーは大サトーの出番であろうと言われている。
他に変則派も一人はほしいということで、佐藤三兄弟最弱と呼ばれる、淳などにも声がかかったりした。
地味にここ六年連続で二桁勝利に、タイトルも二つほど取っているのだが。
義兄弟である大介も合わせて、佐藤四兄弟揃いぶみ。
『年齢的にはケンシロウなのに、実力的にはジャギとはこれいかに』
淳はエゴサしてそんなたとえを見つけ、へこんだりもしたものだ。
もっとも左のアンダースローは珍しいと言うか、現在のMLBではそもそも普通のアンダースローがほとんどいない。
かなり効果的ではないか、という意見も多いのだ。
またピッチャーとバッターだけで見ているが、守備についてもポジションを考えないといけないだろう。
ファーストやサードといった打撃力寄りのポジションに、内野の要であるショート。
もちろんショートと言えば、MLBで連続してゴールドグラブどころか、プラチナグラブに選ばれている、大介が第一候補となるであろう。
しかし現在のNPBでは好打者のショートとしては、悟や緒方、小此木といった打てるショートがいて、大介には打撃に専念してもらった方がいいのでは、という意見もある。
あるいは大介をこそ、DHで使うのか。
外野は強肩強打の柿谷こそMLBに行ってしまったが、児玉正志や志村、近衛に谷など、それなりにタレントは揃っている。
またMLBからは織田が、要請があれば前向きに検討したい、とも発言している。
織田に限らないが、今回のWBCに関しては、MLB所属の日本人選手が、かなり前向きに球団の許可も出ている、と述べている。
ただラッキーズの井口は言葉を濁していて、ヒューストンの蓮池は今のところ不参加を真っ先に断言した選手となっている。
蓮池は昔から一匹狼気質が強かったので、さもありなんといったところか。
直史は先日の別所の訪問において、一応は出場の意思はあると直接告げている。
マスコミに対してもそう言ってあるが、直史は色々と誤解をされやすいのだ。
勝つことに最大限執着し、ピッチングの機会を分け合った高校時代。
そして自分の勝利以外には、興味を示さなかった大学時代。
そのあたりの印象が、今でもずっと残っているのだ。
50人リストというのを、直史はもちろん見せてもらっていない。
さすがにそれは部外秘というものなのであろう。
しかし選出される選手が、ほぼ確定とアナウンスされていく中、少し気になることもある。
30人ロースターの選手が、かなりベテラン寄りの構成になっているのだ。
ただしベテラン過ぎる選手というのも、あまり選ばれてはいない。
最年長が上杉なので、キャプテンの年齢を一番高くして、それに合わせて年下の選手を選んだといったところか。
上杉の同年代から五年ぐらいを、特にゴールデンエイジなどと呼んだりすることがある。
このぐらいの年代に、今でもチームの主力となっている選手が多いからだ。
今のところ最年少なのは、直史がMLBに移籍後にプロ入りした、ピッチャーの幅木。
それでも23歳である。
その上となると小川や毒島、そして直史にとっては高校の後輩にあたる、山根優也なども選ばれている。
KYコンビなどと呼ばれた児玉正志も選ばれているので、選手の中に白富東出身者の占める割合が、異常なほどに多い。
候補者だけを見ても、直史に大介、武史、淳、悟、優也、正志と七人もいる。
ただ優也と正志の三年次を最後に、白富東は甲子園の頂点を狙うようなチームは一度も編成できていない。
「う~ん……」
地元愛が強い直史には、母校への愛着もある。
ただ本質的に白富東は、全国制覇を狙えるようなシステムとしては扱いが難しいのだ。
徹底的な効率性と合理性を、セイバーが作成した。
さらに最先端のトレーニング手法なども取り入れていたため、それに精通していないと明後日の方向に労力が取られてしまう。
そもそも白富東は公立校なので、野球に特化しすぎるというのは、むしろ健全でないのだ。
それにしても今回、これだけの選手が候補になっているのか。
辞退者の数によっては、さらに増えるかもしれないとも言われている。
千葉の進学校が、一時的にでも王朝とさえ言える強さを得た理由。
深く考えていくと結論としては、才能にいきついてしまうのか。
直史はさすがに最近は、自分が才能のない平凡なピッチャーだとは思わなくなっている。
ただ天才などでもなく、他の人間があまり持っていないタイプの才能をそこそこ持っていただけだ、とはいまだに思っている。
それがセイバーの指導法と上手く合致し、これだけの成績を残すことになった。
明確な直史対策というのが、現在の野球のシステムの中では、まだ存在していない。
だがいずれは確立し、直史も勝てなくなるだろう。少なくとも今の成績を維持するのは無理だ。
約束された残り一年は、直史というピッチャーの賞味期限でもあるのだ。
そして意外と、世界の定番以外の上位国以外から、直史に対応できるバッターは出てくるかもしれない。
日本、韓国、アメリカの二箇所で行われる第一ラウンド。
日本と同じグループで対戦する相手は、既に決まっている。
キューバ、オーストラリア、中国、ドイツが同じグループである。
上位2チームが、準々決勝に進出する。
この中で注意すべきは、キューバとオーストラリアである。
キューバはもちろん野球において、メジャーリーガーを大量に輩出している強豪国。
オーストラリアも各地にMLBのアカデミークラブが作られているおかげか、かなりランキングを上げてきているのだ。
一方の比較的楽な相手は、中国とドイツである。
ただドイツは予選から勝ちあがってきたチームであり、発展途上で情報も少ない。
中国は根本的に、団体競技は苦手な国なのだ。
国家の政策としては、確かにスポーツ選手の育成にも金をかけている。
だがチーム全体に金をかける団体競技と、才能のある個人に金をかける個人競技。
コストパフォーマンスがいいのは、明らかに後者である。
ただそれでも、たまにとんでもない怪物が現れるのは、素となる人口が多いからであろうか。
あとは日本に留学して、日本の野球に触れた選手などもいたりする。
ただキューバは政治的な理由で、フルメンバーを組めないという状態にあったりする。
キューバ本国にいる選手だけでも相当にレベルは高いのだが、主戦力になるような選手はほとんどMLBにいるのだ。
キューバとしてはMLBの選手にも、出場資格を与えている。
キューバ国内の野球組織が、その組織への参加資格の条件に、キューバの政治体制への賛同、というのを明示しているからだ。
このあたりが問題である。
キューバという国は共産主義の中では、かなりマシな共産主義国家である。
だがそれでも自由の国アメリカに亡命した選手が、キューバ代表になるということで、キューバの政治体制を認める。
これが在米キューバ人の選手にとって、政治的に選手生命の危機になることは確かなのだ。
実際にこれまで、過去のWBCにおいて、MLBからキューバ代表が出たことはない。
むしろWBCに出て名前を売ったキューバの選手が、そこからMLBに行くというのが本道であったりする。
たとえばミネソタのデスパイネなどがそうである。
この資格条件の削除を、キューバは認めるのだろうか。
もしもこれが認められてしまうと、日本の所属するグループAは、難易度が格段に跳ね上がる。
もっとも上位2チームが第二ラウンドのトーナメントに進めるので、それほど心配はいらないのかもしれないが。
意外とオーストラリアがメジャーリーガーを輩出していて、召集に応じるようであれば、それなりのチームが編成できる。
それでもこのグループでは、間違いなく日本が最有力候補だ。
他のグループは、韓国ラウンドで行われるのが、韓国、台湾、オランダ、イタリア、パナマという地獄のリーグ予選である。
韓国と台湾は共に、世界ランキング五位以内に入る強豪であり、さらにオランダとイタリアはヨーロッパの野球チームでは二強と言われている。
オランダとイタリアには、その一部地域から、メジャーリーガーを何人も輩出している。
単純にランキングだけであれば、台湾と韓国が第二ラウンドに進出するだろう。
だが野球の偶然性を考えれば、敗退してしまってもおかしくない。
この中にいるパナマは、可哀想な癒し枠である。
アメリカは二箇所において予選が行われ、カリフォルニアグループとマイアミグループに分かれる。
カリフォルニアグループでは、アメリカ、メキシコ、コロンビア、カナダ、イギリスの5チームでリーグ戦を行う。
ここではさすがにアメリカと、やはりメジャーリーガーを輩出しているメキシコが、二強と言えよう。
ただ、カナダはトロントにMLBのチームがあり、弱いわけでもない。
これはコロンビアも同じように言えて、イギリスがこれまた可哀想な癒し枠になっている。
最後はアメリカのマイアミグループであるが、ドミニカ、プエルトリコ、ベネズエラ、ニカラグア、イスラエル。
優勝経験のあるドミニカはいるし、プエルトリコやベネズエラからは、多くのメジャーリーガーが輩出されている。
ニカラグアもメジャーリーガーは輩出しているし、イスラエルも選手の選抜規定で、アメリカ国籍のユダヤ人が選ばれることがあるため、一方的に弱いチームではない。
「なんだか今回、どのチームもそんなに弱くはないんだな」
強いチームが多いと言うよりは、弱いチームが少ないと言うべきか。
日本のいるグループなどは、キューバの代表選出事情がどうなるかによるが、一番楽なグループであるかもしれない。
対して一番苦しいのは、韓国のソウルで行われるリーグ戦であろうか。
開催の時期が三月ということを考えると、沖縄より南にある台湾の選手などは、気候の違いに苦しみそうである。
寒いところから暖かいところに行くには、割と楽なのである。
だが暖かいところから寒いところに行くのは、体が固まって怪我をしやすくなる。
その点では日本も、比較的寒い地域に分類されるかもしれない。
ただ室内練習場や、また開催されるのが東京ドームということを考えると、日本はまだマシであるのかもしれない。
南半球からやってくる、オーストラリアなどは大変だろうが。
興行の関係上、どうしても日本は開催地にせざるをえない。
それがWBCの委員会の決定である。
第一回の時のアメリカの一方的な物言いに怒っていた人間は、もうかなり現場からいなくなっている。
しかし現在はもう純粋に、日本が強い。
短期決戦の中でもMLBは、ワイルドカードシリーズでさえ、二勝勝ち抜けという形になっている。
高校野球でトーナメントを経験している日本は、その時点で有利になっているのだ。
直史はオフシーズンであっても、ある程度はトレーニングと練習を欠かさない。
むしろオフシーズンこそが、現在の年齢になった直史にとっては、本格的に練習やトレーニングが出来る時期である。
MLBは日程が過密であるため、コンディション調整が一番大事になる。
そのためシーズン中は、調整程度の練習しか出来ないのだ。
プロ入りして一年目などで、いきなり活躍できた新人に「よく頑張ったな。オフはしっかり疲れを取って、親孝行でもしてこい」などという先輩選手がいたりする。
だがそれは自分のライバルになりうる新人を追い落とす罠である。
考えてみても分かるのだが、高校時代に冬だからといって、練習やトレーニングがなかったというのか。
もちろん対外試合の禁止されたこの期間、主にフィジカルトレーニングをするのが高校野球であった。
ならば戦力外になることがほぼ無職になるプロにおいて、オフの期間にただ休むという選択をしていいわけがない。
ただ直史は、もうフィジカル的な成長は、見込めないと分かっている。
今はどれだけ、現在の状態を維持するかが重要だ。
あとは肉体ではなく、頭脳を鍛える方向になるだろう。
コンビネーションを考えて、相手のデータを収集し、弱点だけではなく得意コースにまであえて投げる。
投球術を鍛えるのは、何歳になっても出来る。
もっとも球速自体が根本的に落ち、コントロールを制御することも出来なくなれば、さすがにどうしようもないが。
あと一年。
直史の野球人生は、それで終わるはずだ。
その前にWBCがあって、日本のユニフォームを着てプレイするのは、悪いことではない。
そんな直史はトレーニングもしているが、瑞希の父の事務所の仕事の手伝いもしている。
野球選手としての生活はあと一年で終わっても、その後の人生はずっと長い。
佐藤家の人間は比較的長命なので、直史もあと40年ぐらいは生きるだろう。
これまでに生きてきたのよりも、ずっと長い人生。
おそらく激動の青春期と比べれば、地味な時間を過ごしていくことになるだろう。
もっとも直史としては、それが望むところなのだが。
12月も半ばあたりからは、直史も瑞希も様々な団体から、忘年会だのそれ以外だの、様々な誘いを受ける。
基本的に忙しすぎて、その全てに出席することは出来ない二人である。
だがこの年は、極めて個人的な忘年会に、一つ呼ばれることになった。
規模としては個人的な、というには無理があるものであったが。
白富東高校野球部関係者による忘年会。
なお主催と言うか、計画し手配したのはツインズである。
どこまでを野球部関係者とするのかは、二人の裁量次第。
ただ千葉の東京寄り、高いホテルの大ホールを貸しきりというのは、確実に大介の金が出ている。
もっともその金は、なぜか年俸や仕事以外でも、増えるばかりであるらしいが。
一番出席が多いのは、直史や大介の世代か、その一つ下になるだろう。
だが上は、生徒としては北村まで、また当時の部長顧問や監督にまで、招待はしたらしい。
会費は無料であるが、交通費は出ないよ、という条件であるが、出す食事や酒などは、全て大介もち。
おそらく100人以上の人間が来るのでは、というものである。
なにしろパートナーなどもご自由にお誘いください、というものなのだから。
白富東高校野球部関係者、というのは本当にどこまでを示すのか。
ツインズなどはマネージャーですらなかったが、練習協力者ではあった。
また大介と結婚しているので、関係者のパートナーであるのは間違いない。
よりにもよってこの年に、なぜこんなことを企画したのか。
大介にとってはプロ入り14年目のシーズンが終わったところで、こういった催しをするわけか。
一区切りの10年目であれば、MLB一年目が終了したところであろうし、周囲は大変であったろう。
だがもう少し区切りのいい15年目でないのは、やはり来年の直史のラストシーズンに合わせてのものだろう。
WBCもある程度関係しているのかもしれないが。
直史と瑞希は顔を見合わせ、出席に丸をしたものである。
それが11月の中ごろである。
他の者は、おそらく予定が入ってしまっている者も多い。
ただ肝心の大介自身が、なかなか予定が空かなかったというのはあるだろう。
下級生はどこまでを招待しているのか。
なんとなくカオスになりそうな、忘年会の予感であった。
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