1 fuzzy/見えなくて
1 fuzzy/見えなくて
電気を点ければ、そこは整頓され隅々まで掃除が行き渡った部屋だった。家具は的確に配置され、ストレスがかからないであろう部屋だった。結菜は透明人間の家に来ていた。彼女は部屋のどこに行けばいいのか分からず立っていた。その後ろで透明人間はコートを脱ぎハンガーにかけた。次に帽子をとった。彼はキッチンに向かった。結菜には服とメガネしか見えない。彼は手帳をズボンのポケットから取り出した。
『そこらへんに座って、何か作るから待っててね』
結菜は、その文字を無言で読むと指示通り床に座った。透明人間は冷蔵庫を開け、食材を取り出す。上の戸棚から鍋を取り出した。水道から水を鍋に入れる。コンロの上に鍋を置き、鶏がらスープの素、塩、胡椒などを加えていく。彼は戸棚を手で探り、片栗粉を見つけ鍋に加えた。ボウルに卵を割って入れ、箸でかき混ぜた。結菜はその背中をまじまじと見ていた。彼は慣れた手つきで調理を進めていく。ボウルに入った卵をかき混ぜながら鍋に流し込む。卵を入れた鍋を十回ほどかき混ぜた。スープカップを戸棚から出し鍋にできた卵スープを入れた。スープカップをまるで赤ん坊を扱うように優しく丁寧に持ち、結菜の前に出した。
「飲んでいいの?」
彼女は言った。浮いたメガネが頷くのがわかった。刻みネギの入った容器を宙に浮き中から少量が卵スープにかかった。結菜は火傷しないようにと息を吹きかけた。火傷しないほどになったと思い、ゆっくりと口に含み、飲み込んだ。暖かかった。体の芯から暖かくなる。それは彼女にとって久しぶりの出来事だった。浮いたメガネは台所へと戻り、自分の分であろう卵スープをスープカップに入れ彼女の反対側に座った。スープカップが浮き浮いたメガネはそれを飲んでいる。彼女は不思議そうに彼のことを見つめる。飲んだスープが見えるかどうかが気になっていたのだ。だがスープも体内では透明になっていた。見えなかった。一口スープを飲むとスープカップは置かれ、また何か書き始めた。
『名前は?』
結菜は答えるのを渋った。それを察したのかまた書き始める。
『ごめんね』
その一言が書かれていた。
「名前は……なんていうんですか?」
今度は結菜が彼に聞いた。すぐには書き始めず、透明でも考え込んでいるのがわかる。書き始める。
『えっと、カフカ、カフカと呼んでほしい』
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