第158話・宰相閣下の胃痛・その三
やはりおかしい。
何故陛下はミレーユ様に帝位を譲ると言い出したのだ?
殿下は正式な皇太子にはなっておらぬが、事実上の皇太子として陛下も認めていたはずだ。
陛下がボケたのだと言っておられたが、それも本当か今になれば怪しく思える。
この数日はミレーユ様の捜索の為という名目で、ミレーユ様のことと、過去の皇族の皇位継承に絡む記録を調べていた。
生憎とミレーユ様の行方に繋がりそうなことは分からなかったが、面白いことは幾つか分かった。
過去の七百年の皇位継承において、予想外の者が継承した前例が幾つかある。
理由は様々なようで記録からはよく分からぬが、共通するのは継承権の低い者が継承した時は、不思議と歴史に残る皇帝が輩出されていることだ。
初代皇帝陛下が国を興してから七百年の間に帝国の危機は幾度もあったが、不思議とそんな時は指導力のある皇帝が存在した。
二度あったと記録にある魔王が現れた時などが、まさにその一例だろう。
一人は公爵家の三男でありながら皇帝に就いていたし、一人は平民の妾の子が何故か皇帝になっている。
まあ一番新しい記録でも二百年前のことで、ここ二百年はほぼ全ての皇帝は不自然な立場から即位した者は居なく、帝国も当時はそういうことが普通だった可能性も無きにしもあらずだが。
やはりおかしい。
軍からはもうミレーユ様は亡くなってるのではとの声さえあるが、殿下は死体を見つけるまで探せと厳命していて、将軍などは付いていけないと溢したほどだ。
ワイマールとオルボアがきな臭いので、軍はそちらへの対応で忙しいというのに、殿下はそちらにはあまり熱心ではない。
正直陛下に直接問いたいところだが、私が皇宮の奥に行けば確実に殿下に知られる。
もう二年近く殿下は陛下に人を会わせようとしないので、今更私が陛下に会いに行けば疑念を抱くのは確かであろう。
殿下は一体この件をどう解決する気なのだろうか?
有力諸侯の中には、他の皇子達に帝位継承をさせようと動き始めたとの噂もある。
それに殿下には報告してないが、軍は表面的にはミレーユ様を探している体裁を取っているものの、本気で探してないところもかなりあるのだ。
下手をすれば発見した軍の誰かが、報告せずに匿っている可能性すらある。
ある程度以上の地位の者は貴族なので、生活に困る程ではなく子供一人くらいならば、何処かの屋敷にこっそり匿っていても不思議ではない。
相手は幼い子供なのだ。
私とて、それなりの地位しかないような身分なら、多分匿っているだろう。
数年程度は何処かで匿い、皆が忘れた頃にでも故郷のダークエルフ達の元に返せば、喜ばれることはあっても恨まれることはないはずだからな。
どうする? まさか軍内部を疑えとでも報告するのか?
正直殿下には付いて行けぬが、宰相の私が殿下に逆らえば確実に帝国は荒れる。
今は素直に指示に従いながら、余計な可能性を胸に仕舞うしか方法はない。
今更かもしれぬが、陛下がミレーユ様を次の皇帝にと言った時に、何故私は陛下とよく話さなかったのかが悔やまれる。
亜人の皇帝など御免だと安易に考えた自分が恨めしい。
寿命の問題ならば、皇帝在位の期間を予め決めるなりして、退位に道筋をつけるなど方法はあったはずなのだ。
困ったな。
本当に困った。
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