ウラヌスの眼

 ──SOS キュウエンヲ モトム SOS──


「救難信号ヲ受信」

 ニックの声に、ソウは昼寝から目を覚ました。

「座標は?」

 起き上がり、ニックの告げる数値をモニターに入力する。

「確かに金属反応があるな」

「ドウシマスカ?」

「行くしかないな」

 ソウはエンジンを始動した。


 遺棄された人工衛星のゴミを回収する宇宙清掃業のソウと、ロボットアーム用AIのニック。

 虚無の宇宙とはいえ、決して孤独ではない。様々な出会いと別れに翻弄されつつ生きている。


 宇宙船を進めた先に小型の人工衛星がある。あの形状は……

「熱エネルギー反応。稼働中ノ軍事衛星デス」

「クッソ!」

 出力全開、取り舵いっぱい!

 オンボロ宇宙船が悲鳴を上げる。船体が傾き、平衡感覚を喪失させる。

「レーザー、来マス」

 ニックの叫びと同時に、窓のすぐ外を光の槍が通過する。衝撃波が船を揺らす。

「再充填、次ノ攻撃マデ十……」

「逃げるぞ!」

 宇宙船は全速で宙域を離れる。しばらく進み、異音を立てだしたエンジンを停止させる。

「……やれやれ」

 ソウは額の汗を拭い、操縦席に背中を預けた。

「熱反応、消失シマシタ」

「アレは何なんだ?」

 ニックが情報を検索する。

「地球ガ幾ツモノ国家ニ分カレテイタ時代ニ、大気圏外ヲ飛ブミサイルヲ撃チ落トスタメニ設置サレタ迎撃衛星、通称『ウラヌスノ眼』。電波ヲ検知シ、一定範囲内ニ侵入シタ物ヲ、自動デ攻撃シマス」

「そんな物を放置して、地球政府は何をやってるんだ」

 ソウは窓の外を見た。難破船の破片が、そこらじゅうに散らばっている。

「指定航路カラ外レテイルタメ、放置サレテイルヨウデス」

 運悪く航路を外れてしまい、こいつに会ったら最後……。

「何とかしないとな」

 その時、再び救難信号が。

「発信場所ハ、ウラヌスノ眼デス」

 ……どういう事だ?ソウは顎に手を当てた。

 考えられるとすれば、非常脱出カプセルが電波を発することなくウラヌスの眼に辿り着き、そこから救難信号を発している。つまり、眼の中心は攻撃圏外という訳だ。

「……やるか」

 ソウは宇宙服を手に取った。


 非常にリスクの高い作戦だ。

 ソウは生身でウラヌスの眼に向かう。通信はできない。自分の感覚だけが頼りだ。到着後、ウラヌスの眼を無効化し、ニックに連絡、宇宙船を呼び寄せる。

 万一ひとつでもトラブルがあれば命は無い。背負った小型エンジンの有効距離は目的地までの最短距離、酸素ボンベの容量は三十分。

「スリル満点だな」

 ソウは虚空を滑っていく。


 幾つかの哀しい遺産を通り過ぎ、ウラヌスの眼に辿り着くと、既に二十分が経過していた。

 砲台の隙間に非常カプセルが挟まっている。かなり旧式なものだ。恐らく遭難者は……。しかし悲劇を終わらせるために、天空神ウラヌスを黙らせなくてはならない。

 ソウは人工衛星に取り付いた。分解する方法は仕事柄心得ている。

 とその時、声が通信に侵入した。

「ヤット、来テクレタ」

「誰だ?」

 顔を上げると、人工衛星のセンサーがソウを見ていた。

「私ハ、ウラヌスノ眼ノAI。ズット助ケヲ呼ンデイタノニ、自動迎撃システムガ、ミンナ壊シテシマッタ」

「……そうか」

「私ヲ壊シテ」

「分かったよ」

 ソウは工具を取り出し、作業を開始した。……しかし、これまで稼働し続けてきた軍事衛星だけある。非常に丈夫で精巧な造りだ。作業は難航した。

 あと五分。時間が無い。

「畜生、外れねぇ」

「コノ眼ヲ壊シテ。ソウスレバ私ハ止マル」

 センサーがじっとソウを見ている。

「了解」

 ソウは人工衛星をよじ上り、「眼」に向き合った。

「……アリガトウ」

 ソウは目を閉じ、工具を思い切りセンサーに振り下ろした。

 無音で散らばる破片。ゆっくりと虚無の空間を漂っていく。

 声は消えた。代わりに、酸素ボンベの残量切れアラームが鳴る。

「……ニック、迎えを頼む」

「了解シマシタ」

 通信を切り、ソウは人工衛星を見下ろした。

 ──ヤマアラシのジレンマ、って奴に似ているかもしれない。

 助けが欲しいのに、手を差し伸べる者を傷付けてしまう。悲嘆に暮れた結論が「自分を壊す」だったんだろう。

 非常カプセルを抱える砲台が、優しい手に見えた。

 宇宙船の光が近付いてきた。その光が滲み、ソウは意識を失った。


 目を開くと、宇宙船のベッドの上だった。顔に酸素吸入器が押し当てられている。……酸欠で気を失ったところを、ニックが助けてくれたんだろう。

「ありがとよ、ニック」

 天井に向かって声を掛ける。するとスピーカーが返事をした。

「アト一分遅ケレバ、死ンデイマシタ。計画ガ無茶デジタヨ」

「まあそう言うな」

 ソウは起き上がり伸びをした。

「ウラヌスの眼の回収は?」

「シテイマセン」

「……へ?」

「指示ニアリマセンデシタ」

「…………」

 ──貨物室には、非常カプセルだけが鎮座していた。

「……まぁ、そうだけどさ……」

 あの貴重な軍事衛星を、このまま見逃す手はない。

「回収に行くぞ、ニック」

「了解シマシタ」

 宇宙船はゆっくりと旋回を開始した。

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