赤いテディベア
「……反応ねぇな」
金属探査機のモニターを眺めながら、ソウは溜息を吐いた。
「少シ移動シマショウ」
ロボットアームを操るAI・ニックは、業務を越えた気配りができる、超優秀なソウの相棒である。
宇宙空間に漂う金属屑を回収する宇宙清掃業。大海原で魚群を探る漁師と同じで、当たる日もあれば、外れの日もある。
宇宙船はエンジンの出力を上げ、ゆっくりと人工衛星軌道を流れていく。
かつて、人工衛星は人類の生活を支える基盤だった。しかし、太陽系の各惑星に人類が移住しだした今、それは宇宙船の通行の妨げになるだけの厄介者と化した。
打ち捨てられた過去の遺産を回収し、貴重な金属を売る。それがソウの仕事だ。
紅茶を飲みながら、モニターに映るソナーの波紋に目をやる。……と、その端に影が見えた。人工衛星のような強い反応ではない。これは……。
「行くぞニック」
その座標に向けて、宇宙船は移動した。
「……やはり」
ソウは眉をしかめた。
──難破船。大破しバラバラに砕け散った破片が、周辺に散らばっている。
宇宙船は、地上の乗り物とは比較にならない高速で飛ぶ。そのため、極小の宇宙塵でも当たれば致命傷となる。そういった障害物のない宙域を航行するよう指定されているものの、トラブルで遭難する船も多い。そして、事故にすら気付かれず、こうして宇宙の墓場となっている事も。
船型を見ると、せいぜい数年前のものだろう。まだ遺骨が残っているかもしれない。
「……見捨てられねぇな」
ソウは宇宙服を手に取った。
「ニック、船を頼んだ」
「ワカリマシタ」
ソウは二重ハッチから外へ出た。
背負った小型エンジンを操り、難破船の内部へ向かう。散乱した生活用品が生々しい。
と、比較的原型を留めた部屋があった。荷物がそのままになっている。ベッドに置かれた小さなカバン。ソウはそれを手に取った。
酸素ボンベに限りがあるため、船外活動は短時間しかできない。
犠牲者は発見できなかったものの、身元の手掛かりにはなるかもしれない。ソウは持ち帰ったカバンを開いた。
中には、赤いテディベアが一体。
「…………」
言葉に詰まる。どう考えても子供のものだ。
「一度、地球へ戻ろうか」
「了解シマシタ」
ニックの指示で、宇宙船は着陸モードに入った。
久しぶりの地球の空気も、爽快に味わえる気分ではなかった。小さなカバンを手に、ソウは宇宙空港を出た。
「さて、どうするかな……」
とりあえず、近くの喫茶店に入る。テーブルの端末で、過去に消息を断った宇宙船のリストを探る。
「いやしかし、こんなに行方不明になってるのか……」
憂鬱な気持ちで心当たりをチェックする。
次に向かったのは馴染みの骨董商だ。表立って換金できないものを持ち込める、ソウにとって有難い存在である。
「今日は何を持って来たのさ」
派手な化粧の中年男、と言ったらキレられる。つまり、オネエだ。
「売り物じゃあない。見て欲しいんだ」
「鑑定?」
ソウはカウンターにテディベアを置いた。
「どうしたのよ、こんな物」
ソウが事情を話すと、店主は呆れたように煙草の煙を吐いた。
「誰のものか調べてどうする気?」
「持ち主の知り合いに届ける」
「やめときな」
店主は煙草を灰皿に押し付けた。
「あんたにゃ一文の得にもなりゃしないよ」
「構わねぇさ」
「全く、人が良すぎんだよ」
店主は二本目の煙草に手を出す。
「どんな結末になっても、受け容れる覚悟はあんだね?」
店主の説明によると、老舗メーカーのオーダー品。足の裏に入った刺繍から、持ち主は恐らく、6月23日生まれの「カレン」という子。
ソウはメーカーから巧妙に聞き出し、発注した人物の家まで辿り着いた。豪邸と呼べる玄関のチャイムを押す。
現れたのは、初老の男。
「これ、娘さんのものですよね?」
男は戸惑いを見せた。
「パパ、お客さん?」
奥から小さな女の子が顔を出した。──全く同じ、赤いテディベアを抱いている。
「カレンはこの子だ」
厳しい表情で、男は言い放った。
「場所を変えて話そう」
「……クローンだとさ」
カウンターに突っ伏し、ソウは酒のグラスをカラカラと回した。
「長い不妊治療の末、ひとつだけ出来た受精卵を、念の為にコピーしたんだそうだ」
店主は煙草を吹かしてソウを見ている。
「火星に住むじいちゃん家に、チャーター船で遊びに行った帰り、だった」
──小さな一人旅を終えた愛娘を宇宙空港で待つも、いつまで経っても、帰って来なかった。
「母親は気を病んだ。家庭は地獄になった。そこから逃げ出すために、禁断を犯した」
ソウの虚ろな目は、グラスで踊る氷を眺めた。
「誰にも言うなと、金を出された。断ったけどな」
店主は細い目でソウを見下ろした。
「ここは骨董屋。バーじゃないの。勝手に酒を持ち込んで酔うのはやめてくれない?」
ソウは再び突っ伏した。
「子供って、何だろうな。家族って……」
そのまま眠ったようだ。傍らの赤いテディベアを眺めて、店主は溜息を吐いた。
「何だろうね、人間の存在って」
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