スペース・スカベンジャー・ラプソディー

山岸マロニィ

宙(そら)の掃除屋

「もうちょい右だ、ニック」

「ワカリマシタ」

 ソウの指示で、ロボットアームのニックは、真空の闇に漂う人工衛星の欠片を挟んだ。

「その調子だ」

 宇宙船の二重扉を開けて、中に引き入れる。作業が終わると、ソウは操縦席を飛び出し、貨物室へ泳いだ。

 ニックが気圧調整をしたのを確認してから扉を入る。床に転がった金属の塊を調べるが……

「チッ、またガラクタか」

「気ヲ落トサナイデ。宇宙ノゴミガ、ヒトツ減ッタノダカラ」

「そう言ってくれるのはおまえだけだよ」

 ソウはニックをバッテリーに繋ぎ、船室へと戻った。


 ソウが宇宙清掃業を始めてから三年になる。

 誰かの役に立つ仕事がしたい。しかし、地上は欲望と見栄ばかり。だから宇宙に出た。

 宇宙は嫌いじゃない。静かで、最高に気楽だ。……けれど時折、どうしようもなく孤独になる。ニックは、そんなソウの話し相手であり、最高の相棒だ。

 かと言って、綺麗事ばかりでは飯は食えない。大昔に遺棄された人工衛星から、今は掘り尽くされた幻の金属を回収して、それなりに稼いではいる。


「さて、次の獲物は、と」

 金属探査機のモニターを覗く。ソナーの波紋に影が見えた。

「こりゃ大物だな」

 このオンボロ船で回収できるだろうか? しかし逃す手はない。ソウは操縦席に戻り、座標を入力した。

 その時、宇宙管制のアラームが鳴った。

「緊急指令。A257宙域を航行中の全船舶に告ぐ。火星連絡船アスⅥ号がトラブルにより制御を失い、光速で地球に接近中。直ちに該当宙域から退避せよ。繰り返す……」

「おいおい、えらい事だぞ」

 ソウは管制から送られた座標を確認する。宇宙保安隊が緩衝帯を張り、連絡船を減速させるのだろう。その邪魔にならないよう、宙域を空けろとの指示か。

 だが、ちょっと待てよ……。

 ソウは先程の人工衛星の座標をモニターに重ねた。そして凍り付いた。

 連絡船の進行方向に、人工衛星がある。

 宇宙保安隊が緊急出動したとしても、地球に墜落するのは防げるかもしれないが、人工衛星に衝突するのには間に合わない。そうなれば、数万人を乗せた連絡船は木っ端微塵……。

 だがここからなら間に合う。少なくとも現地に到着するのは。しかし、このオンボロ船で巨大人工衛星を排除できるのか?

「考えてる暇はねえな」

 ソウはエンジンの出力を上げ、船内通信に相棒を呼び出した。

「ニック、AIモードに切り替える。事情は分かったな?」

「ハイ」

「連絡船を助けられる確率は?」

「五%デス」

「随分渋いな」

 ブーストを最大にして発進する。

 船体が唸りを上げる。窓の外を星が飛ぶように過ぎ去る。

「到着までどれだけだ?」

「二分四十一秒デス」

「ニックもアームの準備だ」

 前方に人工衛星のパネルが光るのが見えた。と同時に、オーラに包まれて突進する巨大客船も視界に入る。

「航行中の小型船舶、止まりなさい。直ちに宙域外へ……」

 宇宙保安隊の通信が入る。ソウはマイクに叫んだ。

「黙って自分の仕事をしろ」

 船の前方にニックのアームが伸びる。

「目的地マデ、アト六十秒」

 脳内でシュミレーションする。横をすり抜ける瞬間にパネルの軸を掴む。この航行速度で引っ張れば、あのデカブツでも軌道を変える事くらいはできるだろう。

 チャンスは一瞬。だが……

「リスクは無限大だな」

 ニックの声が告げる。

「目的地マデ、十秒、九、八、七……」

 側面に連絡船の舳先が迫る。悲鳴のような警報が響き渡る。

「三、二……」

 アームが動く。ソウは祈った。頼む、ニック……!

「一……ゼロ」

 ニックがパネルを掴んだ。船に強い衝撃が走り、ソウは操縦席から放り出された。

「────!!」

 再び強い振動がオンボロ船を軋ませる。今度は光速で航行する連絡船の衝撃波だ。船はくるくると回転し、操縦不能のアラームが鳴る。

 天井に叩き付けられたソウの身体は、そのまま床へ、そして再び天井へ……。

「クッソ……!」

 必死に緊急脱出レバーに手を掛ける。

 ハッチが開くと同時に装着される宇宙服のまま、ソウは船外に放り出された。


 ふわふわと浮かぶ、虚無の海。

 何とか体勢を整えて、ソウは前を見た。──連絡船は宇宙保安隊の船舶に囲まれ、緩衝帯の中で速度を落としていく。

「良かった……」

 全身が脱力する安堵感。その視線の端で、オンボロ船は大破していた。ニックは人工衛星のパネルに絡んで、見るも無惨な姿だ。

「……これは保険、効くかな」


 宇宙保安隊に救助され、ソウは数ヶ月ぶりの重力を味わっていた。

 結局、人工衛星は宇宙省に没収された。自力で回収出来なかったから仕方ないとはいえ、全くの無駄仕事だった。

 だが、連絡船の運航会社が修理費を全額負担してくれ、ドックでオンボロ船は見違えるほど綺麗になった。

「新しい船を買った方が早いだろ」

 整備士がソウに鍵を渡す。

「いいんだよ、これが」

 ソウは船に乗り込み、相棒を起動した。

「よう、ニック。また頼むぜ」

「イインデスカ、地球ニイレバ、ヒーローデイラレマスヨ」

「嫌だね。俺は掃除屋がいい」

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