さらに案内されたのはコテージの内部、出演者の立ち入りが禁じられていたスタッフルームだった。そこはまるで豪勢なホームシアターといった具合に、壁面へきめん机上きじょうに大量のモニターが整然と並べられている一方、椅子は部屋の中心に一脚いっきゃく置かれているだけだった。

 現場検証によって分かったことだが、モニターはそれぞれ個別の殺人の模様をリアルタイムで映し出すためのもので、その映像データも全て室内の記録媒体ばいたいに保存されていた。


 里香さんはそこでついに主犯と出会うことになった。


「ドアを開けた二人に続いて部屋に入ると、名和さんが座っていました」


 名和正文なわまさふみ氏は現代の日本映画界を代表すると言っても過言ではないほどの大監督である。前作にて三大映画祭全てにおける受賞という偉業を達成したことで歴代の巨匠と肩を並べ、後世こうせいに名を残す一人に数えられるのは間違いなかった。

 と過去形で言うのは、この事件を起こしたことで全ての受賞を剥奪はくだつされたからだ。

 それどころか当時公開中だった映画は即刻上映中止となり、市場に出回っていた過去作の映像ソフトはことごとく回収され、各種動画配信サービスでの配信も停止となり、その名声は彼という存在ごと亡き者にされた。


 当然、里香さんも名和の顔は見たことがあった。思わぬ対面に驚いていると怖ろしい形相ぎょうそうにらまれたという。

 それで直感が働き、彼が関わっていることの証拠を残そうと、咄嗟とっさにポケットに手を入れ、スマホのボイスレコーダーを作動させたのだった。その音声記録は裁判において動かぬ証拠として提出され、彼の犯行を裏付ける決め手となった。


 対面の際に名和が何を言ったかも里香さんの証言を頼る他なかった。距離の問題か、録音状態は良好とはいえなかったのだ。しかしそれが証拠として機能したのは彼が突然声を荒らげ、そのいわば核心の部分ははっきり記録されていたからだ。

「確か女優を目指してるとか言ってたな」

 名和はそう言った。彼は審査員ではなかったが、オーディションをモニタリングしていたとのことだった。その際の里香さんの発言を取り上げて、彼は以下のようにまくし立てた。

「で、一緒に仕事してみたい監督に俺の名前を挙げてたな。――そんなに興味があるんなら俺が選んだ五十本の映画をどれだけ観てる? 一位の『サタンタンゴ』は? どうせその企画自体知らないだろ? 『評価が高い監督だから』。その程度の理由で俺の名前を出しただけだろ? 自分なりの信念も考えも無い、誰かに気に入られるためだけの使い回しの答えに!

 その程度の頭で何が女優だ! タルコフスキー、フェリーニ、ベルイマン、ドライヤー、溝口健二、一本でも観たことがあるのか? どうせ初めて聞く名前ばかりだろ? バカでも読めるような小説、ガキ向けの映画、漫画、アニメしか観ずに育ってきて、何の教養も想像力も身に付けられてないお前らをどう使えばそういう過去の名作と渡り合える映画を作れると思う? 無理に決まってるだろ!

 お前らの努力なんて権力のある連中にり寄って、色目いろめ使ってまた開いて仕事を取るだけ。事務所は既成事実きせいじじつだけのレッスンとやらをやったあとで、当然まともに育ってない、役にも立たないお前らみたいなのをゴリ押しするだけ。そういうくさった構造が生み出した負債ふさいを長年押し付けられて首が回らなくなったのが今の映画業界だ! そしてその代償が、この日本映画の惨状だ!

 だからお前らがそのツケを払うのは当然なんだ。この衰退しきった日本映画の復活に、お前らみたいなのが普通ならできもしない役に立てるんだからありがたく思え!」

 ――しばしの沈黙のあと聞こえたのは銃声だった。

 彼は激語げきごの勢いそのまま拳銃を取り出すと口にくわえ、ためらいなく引金ひきがねを引いたという。即死だった。

 それは里香さんと対面してから、わずか三分後の出来事だった。


 その後、障害が解かれて通報が叶い、警察が到着して事件が発覚するとともに里香さんは救出された。そして捜査が始まると、名和の残した言葉の意味も明らかになった。

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