里香さんは証人として法廷で自らのおぞましい体験を詳細に語らねばならなかった。

 性犯罪にかかる裁判のため加害者である被告人との同席はけて別室から尋問に答える形とはいえ、大勢の人間、何より被告人に聴かれることは避けられない。だが彼女はその不安や恐怖を押して自らの責務せきむを果たし、時折ときおり声を震わせる場面はあったものの、最後まで気丈な態度を崩さなかったという。


「しばらく走ったところで、疲れもあってしげみの中に隠れました。辺りに人気ひとけは無くなりましたが、ライトの光は見えて安心はできず、色んな考えが頭の中に浮かんできました。

 そのあいだ、遠くのほうで銃声や叫び声が聞こえましたが怖くて動けませんでした。

 でも番組の撮影期間は二週間ほどと聞かされていたので助けは望めない。自分でどうにかするしかない、と心を決めて、コテージからスマホを取ってくるこようとしました。そうして立ち上がった瞬間、背後から手が回ってきて何かを吸わされ、意識を失いました。

 ――それからどれくらいったかは分かりませんが、全身に重みと振動を感じて目を覚ましました。照明が付けられていて回りは明るかったですが、男性が私の上に乗って行為に及んでいると理解できるまでには少し時間がかかりました。

 それから森の中の開けた場所にいて、マットの上に裸で、仰向あおむけにさせられているのが段々分かってくると血の気が引くのを感じました。

 両手と両足は広げられた状態で、それぞれ地面に立てられた鉄パイプに手錠で繋げられていました。逆光で見えにくかったですが私の頭の上にもう一人、例のマスクを被った男性が立っていて、こっちに銃を向けていました。

 行為に及んでいる男は覆面を外して胸をめ続けていて、被告人(田口)だとすぐ分かりました。

 すぐにもう一人の男性が私が目を覚ましたのに気付いて、『あの、顔をらないと』と被告人に話しかけました。その声で朝怒られていたADさんだと分かりました。

 被告人が舌打ちして体を起こすと耳元に小さいカメラが付いているのが見えて言葉の意味が分かり、抵抗しなきゃと思いました。

 被告人の体勢が変わってさっきより身体からだを動かせるようになったので、肩を浮かせるようにして両手を引き寄せました。そしたら思っていた以上の力が出たのか、右手と繋がっているほうの鉄パイプが少しかたむいたんです。手首が痛く、気付いたADさんが『おいやめろ』と言いながら銃を近づけてきましたが、をされているという気持ち悪さがって、構わず続けました。そのうち鉄パイプは地面から抜けて向こう側に倒れ、埋まっていた根本ねもとのほうから手錠を引き抜くことができました」


 田口の供述によれば麻酔の効果が短いので目が覚める前に行為に及ぼうと気がいて、準備がおろそかになってしまったとのことである。里香さんにとっては不幸中の幸いだった。


「それからは必死で右腕を振り回して被告人を何度も手錠で叩きました。早く離れてほしいという一心でした。彼はそれをつかもうとしながら、『おい押さえてろ』とADさんに命令しました。

 それだけは避けたかったので、しゃがみこんで近づいてきたADさんにも手錠を当てました。そしたら偶然彼の手に当たって銃が落ち、しかもこちらの手の届く場所だったので急いで拾いました。

 その瞬間、被告人はもう立ち上がって両手を挙げていました。私は銃を二人に交互に向けて一カ所に集め、『それを外して』と言いました。被告人は不服そうな表情でズボンを穿きながら全部の手錠を外しました。

 私は銃を構えたまま立ち上がって『服を』と言いました。二人が上着を脱ぎだすと、『下も』と、ズボンも脱がせ、『そこに置いて、手を挙げて離れて』と言って二人が遠のくと、ADさんのジャケットを拾って羽織はおりました。それからズボンを穿き、身体じゅうに付いている被告人のつばを彼の服で拭き取りました。

 それから被告人のズボンに入ってるスマホを取り出し、警察に通報しようとしたのですが、なぜか突然使えなくなって……」


 カメラの映像もそこで途絶とだえていた。カメラを通じてこの様子を観察している人物が遠隔操作によって妨害電波を照射したのだ。島に上陸した際、里香さんがあやまってぶつかった機材こそ、それを発生させる装置だった。


 中断された映像の続きは里香さんの証言を頼る他ない。

「さっきまで電波が来ていたのに急に使えなくなったということは誰かが何かをしたんだ、と思い、私は『誰がやったんですか?』と二人に聞きました。反応が無かったのでさらに『知ってるならそこに連れて行ってください』と言いました。自分でもなぜこんな勇気が出たのか、今思い出しても分かりません。

 そのあと二人は何か目配せしてから歩き出しました。私は銃を構えたまま付いて行きました」


 両手を挙げた半裸の二人を先導として行き着いたのはコテージだった。

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