第三の殺人


 優利奈ゆりなは当初友人のあとを追っていたがすぐにもはぐれて男たちに追い付かれ、捕獲された。

 その続きは砂浜に設置されたカメラがおさめていた。月明かりだけを光源とした映像に、三人がかりでかかえられて連行される彼女が現れた。

 彼女はひっきりなしに叫び、ガムテープで厳重につかねられた手足をばたつかせて抵抗しているが、無力だった。

 三人は優利奈を乱暴に降ろすと、そばに立っている鉄製の支柱に押し付け、それごと彼女に鉄鎖てっさ幾重いくえにも巻きつけていった。


 恐怖と、急激なストレスのためか彼女は退行現象たいこうげんしょうを起こして、終始母親に許しをうような泣き声を上げていた。言葉もまじえているがいずれも鮮明ではない。

 男たちは耳を貸さず黙々と作業に従事した。彼女の固定を確かめると、その足下あしもとを囲うように大量のまきをくべ、それに満遍まんべんなく灯油を浴びせ、導火線を伸ばすとともに避難したところで、いきなり火を着けたのだ。

 それに照らされた彼女の顔は今でも忘れられない。


 走る火種が燃料に達すると、一帯は昼間のように明るくなった。

 犯人たちの避難は熱と煙と、特ににおいを避けるためだろう。その遠方から、全身を収められている優利奈は金切かなきごえともつかない悲痛な喚声かんせいを響かせながら、自分にまつわる全てを振りほどくような激しい抵抗も絶やさなかった。だが自由が利くのはせいぜい頭部だけで、抵抗はその長髪が乱れるのにとどまった。それはちょうど彼女を襲っている炎が潮風しおかぜにあおられるたびらめき、定まらない様に似ていた。鉄鎖による拘束や鉄柱は微動だにしない。人間の力はあまりに無力だった。


 炎色からして温度は七百度を下らないと推測されるが、その過酷さは彼女の絶叫によって推測するしかない。ほどなく併発へいはつした煙に巻かれたことでせき込む声がそれに加わった。――すぐにも抵抗ごとしずまった。窒息によって息絶えたのだ。

 しかし映像は無編集のため、無情にも彼女の遺体がなお炎にもてあそばれる様まで映していた。肉体とともに脱力したあの長髪は残らず焼失し、衣服も灰となり、その裸体のあらゆる開口部かいこうぶからは沸騰ふっとうした体液があふれ出した。

 やがて水分も枯れ果て、徐々に黒く塗りつぶされていく体表がくまなく炭化たんかするまでにさほど時間は掛からなかった。

 そのあと燃料が尽き、犯人たちが残り火を消すために消火器を持って歩み寄るところでカメラのスイッチは切られた。


 第四、第五の殺人


 最も凄惨せいさんな殺され方をしたのは残る二人だった。

 実は勇輝ゆうきおびえて動けずにいたさやかをかばってリビングを離れなかった。

 そんな正義感も犯人にとっては余計な手間がはぶけただけのことだった。男たちに囲まれた二人はそれぞれ酸素マスクを口元にてがわれ、麻酔薬を吸入させられて眠りに落ち、別室に運び込まれた。


 そこには向かい合って置かれた二脚の椅子があり、二人は対座させられた上で、各部に革製かわせい拘束帯こうそくたいを巻かれて椅子に固定された。

 直後麻酔の効果は切れたが、二人とも事態をみ込めない様子だった。

 

 勇輝のかたわらにはチェーンソーを持った男がいた。彼はエンジンを始動させた。

 勇輝は危険を察知して何事か訴えたようだった。そこまでは作動音にき消されていたが、回転する刃がき出しの足首に近づけられると、ようやくマイクにひろわれた。

「待て待て待て待て!」

 そうした叫びは刃が当たった瞬間に途絶とだえた。耐えがたい激痛に歯を食いしばったのだ。

 その際レンズに血の飛沫しぶきが付着し、映像には一瞬それをぬぐう白い布が映った。第三者が手持ちのカメラでこの模様を撮影しているのだ。

 彼にはこんな惨劇さんげきに加担しているという自覚など無いように思われた。ただ命じられた通り、撮影の仕事をこなしているだけなのだろう。


 強張こわばった足首の伐採ばっさいはまもなく一段高い音に変わった。骨に当たった音である。男はより腰をえ、ハンドルを握り、力を込めたと見えた。

 勇輝はもう痛みを許容きょようできずにいたが、頭部を縛りつけられているためうなだれることもできず、子供じみた泣き顔を接写せっしゃしているカメラにさらす他なかった。

 彼の顔から絶えずしたたり落ちている脂汗あぶらあせよりもおびただしい量の鮮血は、床に掘られた溝渠こうきょよどみなく流れていた。


 対座のさやかはその全てを鑑賞させられていた。彼女が強いられているのは、映画「時計じかけのオレンジ」に出てくるルドヴィコ療法そのものだった。

 正面を向いた頭部は奇妙なヘッドギアで固定され、まぶたはクリップで無理やりこじ開けられ、どう瞳をらしても対面の惨劇が視界に入ってしまうのである。横について定期的に目薬を差し、ぬぐう役目の人間がいるのも映画と一緒だった。

 唯一異なるのは棒状のくつわまされて声が封じられている点だった。目の前で友人が解体される様に彼女はよだれや涙や声にならない声も流れるに任せて、恐怖に顔をゆがませていた。その全容も定点カメラが冷酷れいこくに捉えていた。

 彼女の身体はどうにかこの場を逃れようともがいているが、彼女を固定している椅子も床に固定されているため、それが僅かに揺れる程度の効果しかなかった。

 やがて勇輝の血まみれの足首が落ちるとさやかはショックのあまり気絶したが、すぐに介添かいぞえの男が水をかけて覚醒を強いた。


 一仕事終え、血とあぶらで切れ味のにぶったチェーンソーは本体ごと交換された。実行役の男はまたも淡々と動いた。衰弱によってもなおまっすぐ伸ばされている勇輝の喉元のどもとに、新たな刃を宛てがったのだ。

 対座のさやかはこれ以上曖昧あいまいにならないほどの叫喚きょうかんを発した。他に成す術もなくひたすら泣きじゃくっているが、いくつもの要因で濡れそぼった顔に涙を識別することはできなかった。


 長い時間を掛けて友人の頭部が切断される一部始終さえ見ざるを得なかったさやかは沈黙していた。憔悴しょうすいしきって、クリップと轡を外され、男が足首に何かを取り付ける間も動かなかった。もう生きることをあきらめた態度だった。唯一活発な呼吸は、どこか死を懇願こんがんするもののように聞こえた。

 さやかの足首に装着されたのはヘッドギアと対になっている電極だった。彼女の願いは聞き届けられた。これから死刑が執行されるのだ。

 男がスイッチを押すと、さやかの肉体は高電圧に貫かれた。体じゅう濡れているせいで電気伝導率が高まり、一度の通電でさやかは絶命に至っていた。

 衝撃に突き上げられた彼女の肉体は透明な鋳型いがたにはめられたように硬直した。あれほど荒々しかった呼吸は一瞬を境に無音になった。

 動いているものといっては手足の周期的な痙攣けいれんだけだった。露出している手足の皮膚は焼けただれ、スカートの隙間からは糞尿の混じったものが垂れ、衝撃で飛び出した眼球は半ば高熱で溶け、それと血液が混じったものが黒い涙となって流れていた。


 残る里香さんへの襲撃は時系列上でも最後だった。

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