第14話 西根巡査の疑惑

 朝日がゆっくりと鬼ノ子村の山々を照らし出し、現場の惨状が露わになった。弾は笠井貞三の眉間と俵賢太郎の胸部を貫いていた。笠井も俵も新庄が的だった可能性がある。ふたりは新庄を撃ち取ったと思って絶命したのだろう。


 新庄の家の前は再び大勢の村人に取り囲まれて大騒ぎになった。新庄が帰って来るとゲン亡き後の飼い犬であるジャムとバターが入口の鉄柵に迎えに出て来た。新庄が中に入ろうとすると、どさくさに紛れて入って来ようとする村民をジャムとバターが不細工な凶暴顔で牙を剥いて唸った。先頭に居た笠井とキヨはギョッとして後退りし、忌々しげに二匹を睨んだが、二匹は噛み付かんばかりに涎を垂らして鉄柵に体当たりして二人を牽制したことで笠井とキヨは完全に怯んでおとなしくなった。2匹は胤を返し、尻尾を振って新庄の後を追った。

「あ、新庄さん、やっと帰って来たか」

 西根巡査が待ちかねた様に近付いて来た。

「何があったんです?」

「ここで殺し合いが起こったんですよ」

「殺し合いって…またここで死人が出たんですか !?」

「笠井貞三さんと俵賢太郎さんです」

「何でここで !?」

「それは今、県警が調べているんですが、何か心当たりはないですかね? きっと県警の事情聴取があると思うんですがね」

「こっちが聞きたいですよ…人の家の前でまた死人ですか? 全く迷惑な話だ。その家の土地で殺し合いするのも村八分のうちに入ってるんですかね。他の場所でやってもらいたいよ。土地なら捨てるほどあるんだから、この村は」

「ここは不吉な場所になっちまいましたね」

 西根巡査は言い淀んだ。新庄は鉄柵の外の野次馬住民を見渡して嘯いた。

「無断で他人の土地に入る輩には、ゲンの魂の祟りがあるぞ! よく覚えておくんだな! 次はここで誰が死ぬんだ?」

 村人の誰もが“祟り”という響きには弱い。笠井とキヨは精一杯の虚勢を張って新庄を睨み付けているものの、村の野次馬連はすっかり戦意を失って居心地が悪くなり、ひとりふたりと去って笠井とキヨだけが残った。

「島流しにでもあったようなツラしてんな、おまえら」

 虚勢を張っていた笠井とキヨは、新庄の言葉で後ろに誰もいなくなっていることに初めて気付き、体裁悪そうに去って行った。

「西根さん…」

「あんたもこのところ付いてないね」

「そんな話じゃないんだ。関根保さんのことで話したい事がある」

「関根巡査のことで !?」

「昨日、桜子さんと家内が、和代さんの実家に行ったそうなんだ」

「鷹ノ巣の佐々木家に !?」

「そこに和代さんが居たそうです」

「…やはり」

「和代さんは双子の姉・昭代さんと暮らしていました」

「双子 !? 和代さんは双子だったのか!」

「西根さんはご存じなかったんですか !? ふたりは瓜二つだったそうです」

 それを知った西根は、関根巡査の死に対する疑惑がまたひとつ解けた。

「…そういうことだったのか」

「関根巡査は和代さんとのことで責められるようなことは何もなかったんです」

「加藤だ!」

「え !?」

「加藤の勘違いだ…関根巡査と和代さんの事を村で吹聴したのは加藤だということが分かっている」

「先日、釈放された前の村長ですか?」

「鷹ノ巣出張の際、やつが偶然見たのは和代さんではなく、彼女の姉さんだったんだ」

「なぜ加藤がその日鷹巣出張だと?」

「加藤以外の村人が鷹ノ巣まで行く用事はほぼない。目撃したのは加藤か、百歩譲っても加藤に極近い人間だろう」

「そうでしたか…」

「桜子は何故そのことを私に話さなかったんだ?」

「奥さんは口が堅いんです。双子であることを固く口止めされたそうですから」

「…そうか」

「うちのは口が軽いから…すみません」

「いや、お蔭で何もかも辻褄が合った」

 三十年程前、佐々木家に昭乃と和乃の双子が生まれた。かつて、日本には1900年代中期頃までの迷信があった。双子以上で生まれた子供は “畜生腹の忌み子” として忌み嫌われ、一人を残し、他は里子に出す風習があった。特に男女の双子は心中の生まれ変わりとして片方を殺していた時代もあったという。旧家の佐々木家は世間体があり、現代に至ってもその悪習から脱することは出来なかった。妹の和代は佐々木家の座敷牢に入れられ、匿われの身となったが、小学に上がる頃になって、心優しい昭代は両親に内緒で和代と入れ代って座敷牢に入った。

 時が経ち、和代が祝言を迎える頃には、“忌み子” の悪習も薄れていた。昭代はやっと座敷牢から解放されて、目立たぬ時間を縫って少しづつ外に出るようになっていった。そうした或る日、用事で県警にやって来た関根巡査と出会ったのだ。

「和代さん !? こちらに来てらしたんですか?」

 突然の声掛けに昭代は驚いた。

「いえ…私は…違います!」

 関根巡査は彼女の様子を不審に思い、引き止めた。

「どうかなさったんですか? なんか事情があるなら…」

 昭代はどうしていいか分からず、身を固くした。関根巡査は人目の少ない綴子神社に昭代を誘い、無言の彼女を見守っていた。

「ここで私に会わなかったことにしたらいいのかな?」

「…私は」

 昭代がやっと話し出した。

「…和代じゃないいんです」

「え !?」

「和代の姉なんです」

 意外な言葉に関根巡査は戸惑った。

「和代さんのお姉さん !?」

「私たち…双子なんです」

 俄かには信じられなかった。

「 “忌み子” って知ってますか?」

 昭代は佐々木家が秘密にして来た “忌み子” の話を関根巡査に話している自分を不思議に思いながら、長く暗かった過去を蘇らせていた。ふたりはこのことがきっかけで恋に堕ちた。そして、たまたまそれを目撃した加藤の嫉妬によって関根巡査と昭代ならぬ和代との噂は、その日のうちに鬼ノ子村中に広まったのである。


 西根が県警勤務から何度も転属願いを申し出てこの村の交番勤務に就いたのは、小学校の頃から兄のように世話をしてくれた尊敬する先輩の関根巡査の自殺に疑問を持ったからだ。祖父・繁蔵の代から警察一家だった関根家で育った保が、任務の途に自殺したというのはどう考えても納得がいかなかった。余程の事情を抱えたからに違いない。この村に来て、古老の徳蔵と何らかの関係があることを本能的に察知したが、どうしてもその先が繋がらない。関根保の祖父も父も保の死を何の疑問も持たずに受け入れ、その事に触れようとはしなかったことも、西根の疑惑を一層深いものにした。西根は何度も関根保の父・茂に確認した。

「鉄陽くん、保を思ってくれるのは有難いが、波風立てずに保を安らかに成仏させてくれんか?」

「保のお父さんは本当にそれでいいんですか?」

 堪らず奥から祖父の繁蔵が出て来た。

「良いも悪いも、保の死は関根家の問題なんだよ。鉄陽くんの問題ではないよ」

 そう言われて西根巡査はそれ以上は何も話せずにその場を辞するしかなかった。


 昭代と和代が双子だと分かった今、それにしても、保がその秘密を守るためだけに自死するはずはないと西根は新たな疑惑に向かおうとしていた。

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