第13話 闇の殺し合い

 佐々木家をお暇し、ハルと解散したのは既に夕方だった。国道105号線を再び帰途に就いた桜子は、新庄家の前で違和感を覚えた。闇の中で人が怒鳴り合っている声がしたので、咄嗟にライトを消し、静かに車を止めた。田舎の夜は闇だ。しかし、その時、鬼気迫る殺し合いのような異様な揉み合いの気配がした。桜子は連絡先に迷ったが、取り敢えず夫に連絡を入れた。

「殺し合い !? 誰と誰だ!」

「真っ暗で見えない…この村は今の季節、4時過ぎたら闇でしょ」

「すぐ行く! 気付かれないようにその場を早く離れろ!」

「分かってるわよ!」

 とは言ったが、桜子はその場で目の前の物騒な一部始終を観ようと既に車のエンジンを止めていた。再びエンジンを掛けて取っ組み合いをしている彼らに気付かれるのもまずい。現場からは国道の反対車線で少し距離があるし、真っ暗なのでこのままにしていれば気付かれることはまずないと、車のシートに体を沈めて事態を監視することにした。次第に闇に慣れ、視界はシルエットが見えるようになった。

 銃声がした途端、フロントガラスが破壊された。ここを狙っているはずはない。流れ弾だろうと何故か持ち歩いていた昼夜兼用の暗視スコープで恐る恐る覗いた。今度は2発目の発砲で格闘相手に当たったようだったが暗視画面が一瞬真っ白になって目に刺さった。光が治まるとよたよたと倒れた陰がその態勢で相手に撃ち返した。また暗視画面が刺さって来た。光が治まると棒立ちだった影はバッタリと倒れて動かなくなった。先に倒れた影も地べたで苦しそうにもがいていたがすぐに動かなくなった。


 西根巡査が桜子の車を発見するや、現場へ向かう進路を変えて桜子の車に血相変えて駆け寄って来た。

「桜子ーっ!」

 懐中電灯が桜子の覗いている暗視カメラに当たった。

「痛い! どこ照らしてんのよ!」

「無事かーっ!」

「うるさいわね、無事よ」

「何があった !?」

「何があったかって…これからそれをあんたが調べるんでしょ !?」

「県警を呼んだ。現場は静まってるけど逃げたのか?」

「逃げてないと思う…多分、もう二人とも死体」

「二人とも死体 !? 二人なのか!」

「でも二人とも銃を持ってる」

「何だと !? 先にそれを言えよ!」

 西根は慌てて桜子の車を楯に構えた。

「撃ち合いがあったのよ。これ流れ弾みたい」

フロントガラスの一部が破損していた。

「おまえ、怪我は!」

「大丈夫…この破損の仕方からすると、多分、散弾銃ね」

「現場から離れろって言っただろ!」

「こっちにもいろいろ事情があったのよ」

「新庄の家ということは…どちらか一方は新庄なのかな?」

「連絡してるんだけど通じないのよ」

「ハルさんは?」

「…圏外」

 ふたりは無言になった。

「県警は遅いわね。連絡を受けてから夜食でも食べてるのかしら?」

「そんな訳ないだろ。もうすぐ来るよ…そうか!」

「何よ、急に !?」

「通じないということは、そこの現場には新庄が居ないということかもしれん!」

「でも、こんな時間にどこに?」

 救急車が到着した。

「現場はどちらですか!」

「県警が来るまで待ってください。現場には銃を持っている者が複数名おります」

「しかし、怪我人は一刻を荒らそう状態かも知れませんので…」

「駄目です! 救護者の安全が確認されない限り、現場へ入れるわけにはいきません」

 西根は救急隊員二人を救急車の陰に誘導した。

「県警が来るまでここに待機してください」

 救急隊員は仕方なく西根の指示に従った。間もなく、県警のパトカーが到着した。

「ご苦労さまです。現場に動きはありませんが銃を所持した複数名はまだ現場にいるようです」

「あんたもこのところ運が悪いね」

 また沢口刑事だった。盾を持った武装警察官3名を連れていた。新庄邸の鉄柵に鍵が掛けられたままなので、武装警察官らは次々に柵を乗り越えて中に入った。暫くして武装警察官のひとりが叫んだ。

「確保しました!」

 銃を所持した二人は既にこと切れていた。ログハウスで息を殺していた管理の沼田が出て来て、内側から鍵を開けて救急隊員を入れた。


 その頃、新庄はハルに呼ばれて鷹ノ巣に向かっていた。ハルは桜子と調べた一件でどうしても気になることがあったので、夫の新庄に相談そようと鷹ノ巣に呼んだのだ。そのことで新庄は命拾いをした結果になった。もし、在宅していたら2対1である。確実に二人の犠牲になっていただろう。

「急用ってなんだ !?」

「西根さんの前任の関根保さんのことよ」

「なんだ、そんなこと? 俺たちに関係ないだろ」

 ハルは桜子と和乃の実家・佐々木家に伺ったことを話した。

「和乃さんに双子の姉が !?」

「絶対に話したら駄目よ」

「話したら駄目って、オレに話しちゃってるじゃないか?」

「…信じてるから」

「…そうか」

 ふたりは少し照れた。

「おかしいと思わない?」

「何が?」

「関根さんと和代さんの関係よ」

「村では専らの噂だったらしいことは聞いてるが…」

「違うのよ。だから、さっきも言ったように関根さんは姉の昭代さんと交際していたのよ。それなのに、妹の和代さんとの噂が流れた。何故、自分が交際しているのは和代さんではなく、双子の姉の昭代さんだと言わなかったのかしら !?」

「固く口止めされていたからだろ」

「でも、そのために自殺したのよ」

「それだけ口が堅かったんだろうな」

「何か納得がいかないのよね。他に理由があったんじゃないのかしら?」

「じゃ、どんな理由があったっていうんだよ」

「それが分からないから聞いてるんじゃないの」

「オレに分かるわけないだろ」

「…そうだったわ」

「おい!」

「実家の佐々木家ってどういう家なんだろうね。確か、俵徳蔵の親戚筋だとか言ってなかったかしら?」

「誰が?」

「…誰かが」

「何だよ、それ…あれ !?」

「何よ?」

「誰が見たんだ?」

「何を?」

「関根巡査と和代さんが、つまり、昭代さんを和代さんと見間違えたまま、二人が会っているのを見たのは誰なんだ? 噂の主はそれを見た人間だよね」

「そうよね! 和代さんが双子だっていうことは村人の誰も知らないこと…だったら和代さんと関根巡査の浮気だと思ってしまうわよね」

「和代さんは、昭代さんにも関根さんにも、その事を言えなかった可能性はあるわよね」

「だとすれば、関根巡査も和代さんも迷ったはずだわ」

「そのことでふたりは密かに話し合ったんじゃないかしら?」

「その上で双子であることを秘密にするしかないとなれば、関根巡査の自殺は少しは頷ける…少しはね」

「和代さんは、関根巡査が他界してからも、副村長の村田恒夫に執拗に関係を迫られている所に、和代さんの姑のきぬさんと出くわしたのよ。それで和代さんは、暫く身を隠すようにきぬさんからアドバイスされたんだわ」

「村田の妻は、自分の亭主が和代さんに言い寄ってる事を知ってるのか?」

「きぬさんが話したのよ。“うちの嫁があんたの亭主に言い寄られて困って家を出て行方不明になってしまった”って」

「おばあちゃん、やるじゃない」

「そうね、今頃夫婦は大揉めじゃないかしら?」

「やつら夫婦のことはどうでもいいとして…関根巡査の死因が自死として簡単に片付けられたのを、西根巡査は疑問視してるんだよな」

 結局、ふたりは後日改めて西根巡査夫婦に会うしかないという結論に達した。

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