第5話 唯一の殉職者

 ここ邑楽ファームはとても快適な村です。


 優待と配当による完全自給自足をモットーに、穏やかな気候に恵まれ、村人たちは常に笑顔で、楽しい毎日を送る素敵な農場です。

 お近くにお越しの際は是非お立ち寄りいただき、鮮度の高い物産品をお買い求めくださいませ。


 

 などと怪しい投資詐欺みたいな売り文句で謳ってみたものの、11年の投資の間には当然ながら紆余曲折もあった。



 基本的には株主優待を導入している企業の現物売買のみで長期保有というスタンスになった訳だが、業績が不安定であったり実際に届いた優待の内容が思ったほどでもなかったり、最悪のケースでは優待を廃止されたので売ったりした株もいる。


 あんまし悪い宣伝になってしまうのも申し訳ないので、そういう銘柄の名前を挙げるのはここでは控えるが、最初の頃はゴリラ程の握力も無く、上記の理由から気持ちがフラフラと傾いていた時期もあった。



 上記の優待の廃止、縮小、改悪だが、結果としては個人株主を欺いて腑に落ちない展開になった企業さんもあるので、優待目当ての人は内容をコロコロ変える会社への投資は気をつけていただきたい。

 これはプロ棋士の桐谷広人さんや、優待主婦かすみちゃんさんも指摘している。


 逆に廃止される時の定型文句が「全ての株主様への公平な還元策という観点から」というもの。

 これは日本独自の株主優待というシステムが理解できない海外の機関投資家が、

「だったら増配しろよ」

 と指摘していると見る向きもあるが、私は話半分といったところだ。



 じゃあ結果としてキチンと増配したのか、全ての株主様への公平な還元策を施行したのか、売却した銘柄を未練たらしく後追いしていた時期もあったが、数年ないしは翌年までに優待相当額を配当で還元した企業はほぼ無い。

 そういう銘柄がしれっと優待を復活させても、私はもう首を縦には振らない。

 企業はあらゆるステークホルダーにとって誠実でなければいけないのだ。

 つまるところ優待のコストで疲弊していた企業にとって廃止するには丁度よい文句なのだろう。


 だから今後、株主優待が廃止されたけど敢えてこのエッセイでご紹介する企業は、含み益だけでなく配当金の増額もキチンと行われたので納得できる投資先であった、と申し添えておきたい。



 さて。

 上記の例とは異なるパターンだが。

 前回書いたみっつのコメ銘柄のうちの最後のひとつをご紹介する。


 アマナ<2402>。

 テレビ番組などでイメージ画像として挿し込まれる『アマナイメージズ』って文字で見慣れた会社。ネット商材やウェブサイト制作などをしている。

 ここはカタログギフトではなくお米そのものをくれる。

 保有期間に応じて百株で2kg、1年以上なら4kg、3年以上だと6kgと増えていくので、長いことお付き合いするのが非常に良さそうだ。


 当時の配当金は年に一回、12月度決算期末に15円。

 お米の値段は不明だが、概ね2kgで千円と見積もって長期保有していれば総額3千円のお米となるであろう。

 利回りで5%は越えるに違いないと私はソロバンを弾いた。



 しかし買った直後からアマナさんは下降線をたどってゆく。


 業績は芳しくなく、株価は下がり、損の出る一方。

 配当はまさかの購入年次の2014年度決算を最後に出なくなり、あとはお米を貰えるだけとなった。


 しかも長期保有していればお米の量が増えるので、闇雲に売ったりできないのも悩ましいところだ。


 それは一度売却すると株主番号がリセットされるため。

 この株主番号というのが、長期保有をする上で大切。

 これが変わると前と同じ氏名、同じ住所でも『新しい別の株主』になってしまう。

 長期保有をしていれば3年以上で6kg貰えるお米と、ただ単に2kgのお米では全然価値が違う。


 なので基本はナンピン。


 ナンピンとは『難を平らにする』ことで、要するに値下がりして損をしている時に追加で安く買い増しをして、取得単価を減らす手法。


 購入時に100円だった株が80円に値下がりしたら、20円の含み損。

 だけど、もう1株80円で買ったとする。

 すると100+80で180円となる。この時の保有数は2株。

 つまりひと株あたりの取得単価は90円になり、最初に買った100円の時よりも10円安くなる。


 でも今の価格は80円だから、-10×2で、全体で20円の損には変わらない。

 これに見切りをつけて10円の損を出して新しい投資先を探すか、90円以上への値上がりを期待して保有し続ける『塩漬け』するか、この辺りは個人の見解の差になるであろう。


 私はすぐにでも売って配当と損益通算し、新しい投資先を探す。

 

 損益通算とは、配当金や売却益で他にプラスがあった場合、今回の取引で生じた損と合算してくれるので、払い過ぎた源泉税を証券会社が自動的に計算して戻してくれることだ。

 売買手数料以上に源泉税の還付を受けられると見込めば、すぐ売る。

 ちなみに源泉税を徴収されない一般口座やNISA口座での売買は、この損益通算ができないので注意されたし。



 話を戻すと、もうここからはナンピン地獄の開始だった。


 業績の改善も進まず、配当金の無配が続く。

 お米の産地も東北の米どころから北海道に変わった。

 今でこそ北海道さんは美味しいブランド米の産地のひとつとして名を連ねているが当時はやっぱり都落ち感は否めなかった。

 こうなると優待であるこのお米も、いつ廃止されるかわからない。


 優待勢は、気を揉んでいただろう。

 私もそうだ。



 そしてついに、アマナさんは上場廃止の決定をした。

 2023年12月29日を最後に非上場企業となり、その時点での株式は強制的に29円で買い取りまっせ、ということになった。


 それから一斉にババ抜きが始まる。


 優待勢からの見切り売りで一気に株価は下落。

 逆にお買い得になったことで短期的な値上がりを見込んだり、先物売りで儲けを企む投機勢の格好の標的となり、アマナさんの株価は乱高下を繰り返しながら、徐々にゼロに近づく。


 非上場となれば、当然ながら優待のお米も貰えないだろう。

 残念だが私も早々に売ることにした。



 私は2014年9月8日にアマナさんを856円で買っている。

 そして最終的には2023年11月2日に92円で売った。

 議決権ベースでの売買単位は百株なので、当然ながらこの百倍、損をしている。



 今のところ邑楽ファームで唯一、上場廃止を体験した瞬間となった。


 あまりの優待欲しさに飛びついて企業の銘柄選定を誤ると危ない。

 それがこのアマナさん事変での気づきだ。



 デイトレードのように短期なら、別に企業情報なんか関係ないのよ。

 買った時より値上がりした瞬間に売れば良いだけの話だから。

 しかし私は原則として、長期保有。

 以来、私は単純な利回りや時価だけでなく、テクニカル面での数値に加えて業種、業績、競合他社の状況、総発行株式数や株主人数なども細かく見るようになった。

 優待じたいが人気で株主人数が多いと、やはりそのぶん企業にはコストになる。

 なので穴場狙い。

 ゴリラ握力を活用して、長期で保有しないと優待が貰えない、もしくはグレードが上がらない銘柄を好んで選ぶようになった。

 


 それにアマナさんではナンピンを繰り返して、しっかり損益通算できたし。

 売買手数料以上に節税できたから良しとする。

 欺瞞かもしれないが、こういう前向きさも投資には必要だ。

 それは全て最初のサッポロさんで鍛え上げられた握力と投資メンタルのおかげかもしれない。


 けっきょく配当は最初の年の1,500円のみ。

 それでも累計で46kgのお米を貰った計算になる。

 アマナさんには大変お世話になった。御礼。

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