第6話 優待に見る「額面」問題

 年が明けた2015年1月。

 架空の村を開拓して株畑を整え、シム(=配当金)が50万都市メガロポリスの長を目指すという野望を立ち上げてから既に1年3か月が経過していた。



 当時の日経平均株価はまだ17,000円程度。

 前年は年間を通して上げ基調であり、4月には2万円台に回復するものの翌年前半にはガクンと下げる。

 3月、テレビ番組『月曜から夜ふかし』では二度目の出演となる「優待おじさん」桐谷広人さんのおかげか、少しばかり株式投資と優待が話題となり始めた。


 一方、目先の開墾にいそしむ私は手持ちの銘柄を世話するのに精一杯。


 前年秋の中間決算のカタログギフトで米を大量にゲットできた私は、さらに投資に資金を投入しようと目論んだ。

 それは、もう一本の定期預金の解約だ。

 家庭内でも、とやかく言われる心配も無くなった。

 むしろ優待のおかげで家族団らんの話題も得た。一石二鳥。



 そんな長期保有、現物ガチホのゴリラが有する銘柄のうち、主要メンバーの加入がこの年とも言える。それは2024年現在での含み益、利回り、優待でも白眉である子たちの参加がこの年だった。



 すなわち投資は基本的に売らなければ含み損が出ていても損にはならない。

 売買して商いが成立した時に、初めて損したり儲けが出たりするもの。


 含み益が出ている時は保有銘柄を見てヘラヘラと笑うこともできる。

 含み損が出ていても最初のサッポロさんのように、好きだから一緒に心中できるという覚悟でいれば、どれだけ赤字でも耐えてみせるという耐久性を得られたのは非常に有益であった。


 なので2013~14年の冬枯れの時代を経て『売らなければ絶対に死なないマン』に変化した私は無敵の人になった。

 この辺りから徐々にゴリラへの変貌を遂げる。


 この頃はまだ実家の家族を慮りカタログギフト銘柄に手を出したりもしたが、もっと直接的に私自身を満たす方法を模索した。

 すなわち、配当による副収入増だけでなく、優待による支出の削減。



 ここで登場したのが吉野家ホールディングス<9861>。

 大麦畑、米畑の次は、畜舎の建築だ。


 お馴染み、美味い・早い・安い、の牛丼と言えば吉野家さん。

 だいたいどこの駅前や幹線道路のロードサイドにはいつも吉野家さんがあるし、しかも年に2回、株主優待として300円ぶんの食事券が10枚送られてくる(後に百株保有は500円券が4枚の総額2千円に減額)。

 これで食事代を削減することで生活費も減らせることになり、給与から余った現金は少しでも投資に回せるって訳よ。我ながら天才だな。



 吉野家さんは2月8月が決算締めである。

 飲食や小売に多い、いわゆる『ニッパチ』だが、上場企業の大半が3月期決算である中で、この少し時期がズレたのが嬉しい。


 同じ牛丼チェーンならば、『すき家』のゼンショーホールディングスさん<7550>と、牛めしでお馴染み、『松屋』の松屋フーズホールディングスさん<9887>がある。

 三社を比較して直感で吉野家さんを選択したのはごく単純で、優待の利回りが良いというのもあるし、腹ペコ大学生の頃からお世話になっていたので、

「牛丼と言えば吉野家」

 といった程度のものだ。


 ゼンショーさんがM&Aでここまで急成長するとは思っていなかったけどね。

 すき屋は当時24時間営業の店舗で、深夜勤務のワンオペ中に強盗に入られまくった挙句、『〇日ぶり〇回目』と、まるで甲子園出場校のようにネット上でイジられていたので、

「投資先としてはどうかな~?」

 と選択肢から除外していたのも正直なところだが、やっぱり世間への逆張りこそが資本家への道なのかもしれない。



 そんな吉野家さんからは、その年の春過ぎにさっそく、配当と上記の株主優待券をゲットした。


 んで、先述の通り、吉野家さんの株主優待券は額面の決まったお食事券だ。

 当時で300円、現在は一枚500円となっている。


 しかし吉野家ファンならご存知の通り、今や牛丼並盛も値上げに次ぐ値上げで税込498円となった。

 優待の500円券なら、牛丼並盛しか食べられない。


 私がよく頼んでいた『牛丼アタマの大盛、味噌汁、生卵』で、今や税込822円もしてしまう。もうこんな贅沢はできない。

 なので優待券を出して、残額はVポイントのカードアプリで1ポイントだけ貯めたらあとはスマホでコード決済。322円で利回り1.5%。なんとも切ない。



 お食事券の優待ならば個人投資家に人気の他の銘柄も要チェックである。

 私は保有していないが、先述の同じ牛丼チェーン店である松屋フーズさんと、ハンバーガーでお馴染み、日本マクドナルドホールディングスさん<2702>だ。


 松屋さんは百株で食事券が10枚(1年以上継続保有の条件あり。なお3年以上ならば12枚に増える)、マック――関西ならマクド――さんは半年に一度、6枚綴りの食事券が貰える。


 松屋さんは牛丼だけでなくメニューに記載された全ての商品からひとつを選べる。

 マックさんはバリューセットに組み込まれたバーガー類とサイドメニュー、飲み物からそれぞれ好きなものをひとつずつ選ぶ。



 個人の嗜好で選ぶメニューは異なるだろうし、それに伴って単価も変わるだろうから一概にどうこうとは言えないけれども。

 企業による商品値上げに関係なく「メニューから選べる」松屋さん達と、「優待券の額面どおり」値下げしてくれる吉野家さんでは、価値が異なる。

 正確に言えば、インフレ等、世相を反映した物価に応じて優待券の価値が変わるとでも申した方がよろしいのだろうか。



 松屋さんもマックさんも、選べる商品の価格には限界がある。

 しかし優待券に価格の上限は設定されていない。

 言い換えれば上記のように食材原価の高騰や賃金、光水熱費、テナント賃料などの販管費がかさんだ結果、価格転嫁で値上げをすれば、優待券の価値そのものも一緒に上昇することになる。


 対する吉野家さんは、額面として500円と謳っている。

 同様に食材原価の高騰や物価高が起きて、商品に価格転嫁をしても、優待券の価値は500円のままだ。

 結果として、今の株主は牛丼並盛までしかタダで食べられない。

 テーブルにある七味と紅ショウガで誤魔化すのも、吉野家さんのコスト増となるので株主としては遠慮するしかない。



 カタログギフト系の優待を進呈する企業にしても同様である。

 今や物流コストも上がり、梱包に掛かるコストも馬鹿にならない。


 額面3千円とか5千円と言っていても、実態としてその2~3割以上の金額がコストになってますよ、って可能性も想像に難くない。

 つまり届けられる商品は企業が謳う額面上の価値ではなく、それ相応の額と考えておいた方が精神的にも健全だろう。



 ちなみに吉野家さんは2021年秋「優待券の額面を300円から500円に変更する代わりに百株保有だと10枚じゃなくて4枚しかあげません」となった。

 つまり総額2千円に改悪したと言える。

 しかし「新しく2百株持ってくれたなら500円券を10枚差し上げるコースも有りますけど?」と露骨な購入示唆にシフトした際に、株価は高騰した。

 失望売りが出るかと思ったが、他の優待投資家もみな一様にもう百株を買い増ししたのであろう。

 吉野家さんの人気の高さが伺える。

 私は最初に買った百株が2015年1月と比較的、取得単価がお得だったおかげで当然のようにもう百株買い増しをしたがそれでも今なお充分に含み益が出ている状態だ。



 週1回は吉野家さんに行く機会を作り、優待券で美味しく食事をする。

 あれこれ書いたけど、やっぱりこれで良いと満足して店を出る。

 道すがら、ポッカサッポロさんの自販機でお茶を購入する。

 そして高楊枝で「今日も良い日だ」と納得するのだ。


 美味い、早い、そして安い男である。

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