第10話 子供部屋を出た
2015年前半は転職活動に明け暮れた感じだったが、その年の暮れにはもうひとつの動きが慌ただしくなった。
それはついに実家を出ることになった。
転職して収入も増え、自信をつけたというのもあるだろう。
副業の村づくりも順調だ。
それは私の驕りだったかもしれないが、そのうち家族との不協和音が出てきた。
特に金銭面でルーズで、私とはお金やモノに対する価値観が異なる母と口論になることも増えた。
私は良かれと思って投資した優待品のカタログギフトから米を進呈してきた。
さらには自分の生活苦を補う手段として投資を選んだ。
だが母は若い頃から散財癖がある。
それは父の妻となって僕らの母となって、家計を預かる身となってもだ。
大量に買い揃えた日用品、食べきれず廃棄する食品、必要のない物品。
この状態が不健全であると訴えても母は聞かず、私の怒りはそれ以外の家族に向くという悪循環。
我が家なのに、とても居心地が悪い。
なのでここは一旦この家を出よう――出てやってみろ、と言われたし。
このまま子供部屋おじさんのままじゃいけないし、独立して家計を維持するという苦労は両親も他のきょうだいも経験済みだ。実家を出た事がないのは私だけ。
確かにそれもちょっと違うよな、という想いもありつつ。
もちろん一人暮らしは良い経験になった。
料理も家事もぜんぶおぼえた。
家計のやりくりの大変さも学んだ。
だが、それから4年も経たぬうちに母は亡くなるわけで。
残された母の時間に対し一時の感情でお互いギクシャクして家を出て、本当に大切なその後の最期の時間を離れて過ごしていたのである。
もちろん母も含めて実家のメンバーとはすぐに仲直りしたものの、子供部屋に帰ることもなく私は一人気ままな生活を謳歌していた。
こどおじのまま独立しないという選択肢は当時は有り得なかったが、母の身を想うと、それをあと数年遅らせる方法はあったのではないか。
だとしたら私は浅はかで愚かであったと、その点だけは未だに後悔している。
それはまた4年後の話で。
話を引越しに戻そう。
転職活動の次は、物件探しに追われていた。
それでも地元企業に就職したので、結局は生まれ育った街のまま。
実家と職場と新居、三角形で一辺3キロ圏内という小さな箱庭の世界。
「いや、それ、引越しの意味ないじゃん!」
と思われる方もいらっしゃるかもしれないが。
やっぱり何事も経験だから、最初は大目に見て欲しい。
それに私は地元が好きでもある。
今でこそ、ふるさと納税を活用しているので、地元への所得税、住民税の納税額が減少しつつあるものの、完全によその子になるという所までは踏ん切りがつかずにいたのも事実。
なのでこの、知ってる地名だけど知らない街という絶妙な距離感が丁度よかった。
ちなみに、物件情報を見てすぐにピンと来たアパートは内見をしていない。
なにせ新築だったから。
まだ建物じたいが建築中なの。
こういうところで奮発してしまうのが自分の悪い癖でもある。
でも結果として新築っていうのは非常に快適でよかった。
無論、家賃もそれなりだが、アパート備え付けの設備のおかげで余計なイニシャルコストを抑えられたという部分もある。
当初、入居(完成)予定日は、2015年末だと聞かされていた。
だが工期が延びているという。
この際なんでも構わない。
私は大人しく待っているから。
なんせ新築だもんな。
そりゃオーナーも不動産投資家であるなら、物件にこだわるのは当然だよ。
この間に村の開拓はお休みして、少しでも初期費用を貯めておこうっと。
2015年末時点での、金融資産の評価額は500万円に達した。
当時の日経平均株価は、1月の17,300円から12月には19,800円になった。
でも私の村は配当金の再投資もわずかで、含み益も少しだけ。
これはほぼ定期預金や貯金や給与をブッ込んで強引にこさえたものだ。
でなければ、たった14か月でここまで膨れ上がらない。
と言っても、当時の貯金が200万円程度なのも既にお伝えしたこと。
こんな投資方法はオススメしない。あくまで余剰資金で。
2016年2月。ようやくアパートが完成。
なかなかの設備だ。
部屋も広い。
最初からこんな贅沢して良いのかしら?
窓から外の共用部を見ると当時の私の愛車も居る。
そう、地獄の24回払いローンを終えて日本じゅうを共に走った相棒である。
調子に乗って車まで一緒に引越したのだ。
当然、家賃に加えて駐車場代まで払っている。
最高じゃないか、ひとり暮らしって!
こうして地方の古民家でのんびりスローライフではないが、とりあえず私の城ができた。賃貸アパートだが一応「邑楽じゅんハウス」と呼んでもよかろう。
いらっしゃい、ようこそ邑楽ハウスへ!
しかしそれまで、ほぼほぼ全財産を株に突っ込んでいた。
敷金礼金、仲介業者への事務手数料。
さらに家電、家具、細かい日用品、これらを全て揃えなければいけない。
せっかく優待のために買い増しを続けていた、ある銘柄を売却。
初めて証券会社から普通預金口座に入金、つまり普段と逆の行為をした。
今は配当金でガシガシ新しい投資先を選んでは再投資しているが、たぶんFIREを目指すのならば、必要になるであろう行為。
すなわち出口戦略だ。
貯め続けるだけではいけない。
如何に生活費として資産を切り崩しながら、投資を続けるかも大切。
それのゴールはおそらく二度。
FIREした後と、自分が死ぬ前。
そうやって『絶対売らないゴリラ』であった私も当座の運転資金が必要になった訳で、さらに村の開拓はもう少しだけ止まることになる。
せっかく頑張って買い増ししていた株を売却したり、秋のパン祭りで貰った配当金や給料で糊口を凌ぐ。
ようやく全ての体裁を整えてひとり暮らしが出来るぞ、という段になったら、少し余った。本当に少しで十万円弱。
でもこれなら小型株が買えるかもしれない。
さて、次なる問題はクリーニング店。
仕事用のワイシャツをどこで洗いに出すか。
じぶんちの洗濯機で襟汚れ用の漂白剤を付けて干してシワを伸ばして、というのは非常に手間だ。
当時は洗濯機OKのシワにならないワイシャツなんてほとんど売ってなかった。
ならば多少のコストでも外注した方が楽に決まっている。
借りたアパートの周囲にはクリーニング店が5軒ほど。
駅前の店にして通勤の帰りに寄れるようにしようか?
でも逆に洗い物を出しに行くのは面倒くさくなるな。
だったらアパートから一番近いところがいいかもしれない。
――青い鳥クリーニング?
全く聞いた事ない店だ。
チェーン店だろうか。
ネットで調べてみたら上場しているじゃないか。
ほう、株主優待もある。
価格も6万円弱。買えるじゃん。
優待と併せた利回りは3.5%(2016年当時)、合格ラインだ。
きょくとう<2300>。
ドライクリーニングのお店。
福岡地盤ではあるが、関西、関東にも積極出店。M&Aに強い。
きょくとうさんは関東だと割とスーパーや商業施設の中で、小さなスペースを間借りしてやっている印象。
驚いたことに全国首位の白洋舎クリーニングの大株主でもある。
きょくとうさんには大変失礼ながら、こんな地域密着っぽい小さな会社が何故に最大手の白洋舎をM&Aできたのか。
これは未だに解決しない私の中の株ミステリーのひとつでもある。
最速、当日仕上げで、吊るしのワイシャツは180円~(これも2016年当時ですよ)と安い。
セールなど顧客還元サービスも充実しているので、季節モノやスーツを出すのにも苦労しない。
こりゃいいや。利用会員登録するついでに株主にもなってみよう。
そんな感じで途中、利用店舗を変えながらも、2024年現在もきょくとうさんにはお世話になっている。
身近で非常にありがたい存在だ。
あ~、もうこれで預貯金は全弾打ち尽くしって感じ。
食費や光熱費も自分で工面しなきゃいけない訳だし、給料日がこんなに待ち遠しいのは初めてだ。しばらくは新居で大人しくしてようっと。
それにしても役所に行って転居の届出をして、ポイントカードや証券会社など各種会員サービスの住居情報を書き換え、郵便物の配達先も切り替えて……あれも無いしこれも無いなと、買い物ばっかり。
他にも細かくやる事がたくさん。非常に疲れた。
引っ越しはこの気苦労に始まるのか。
実家の子供部屋からじゃ見えない景色だったな。
何事も勉強と経験だわね。
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