第3話 村にシムが定住した

 サッポロビールの黒ラベルやエビスが好きな私は、手始めにまずサッポロホールディングスさんの株を購入した。

 投資を始めた理由は非常にシンプルで上記の通り。

 しかし、権利を貰える日から決算を経て株主総会の案内が届き、配当金や優待品が貰えるのは、遥か先のことだった。



 私の普段の晩酌は、もちろんサッポロビール。


 そして、もはや単に好きだとかファンだとかじゃない、推し活も好きが高じて株主にまでなってしまうと、行き過ぎなくらいにサッポロさんを買い支え出すから不思議なものだ。


 職場に持参するのはサッポロ飲料(現ポッカサッポロフード&ビバレッジ株式会社)のペットボトルのミネラルウォーター。

 週末の晩酌には、焼酎にトライアングル。

 ウイスキーは同社が国内販売ライセンスを有するDEWAR'S。

 さらに毎朝のインスタントお味噌汁は神州一味噌(宮坂醸造から社名を神州一に変更して2016年にサッポロ傘下に入る)。肝臓を労わる減塩のしじみ味噌汁。

 誕生日には古き良きビアホールの趣ある銀座ライオンでディナー。

 ECショップではTシャツも購入した。

 ここまでいくとファンではなく酔狂なマニアだ。



 だがこうして好き過ぎるのも難点で、投資は自分の行動範囲を狭める。



 まずサッポロさんを扱う居酒屋を探すのが大変である。

 子会社の直営であるサッポロライオンチェーンを除けば、大手居酒屋チェーン店は他の三社のビールばかり。

 サッポロビールが飲める店なんて、またしてもサッポロさんに申し訳ないが小規模のチェーン店か、個人経営っぽい焼き鳥屋くらいにしかない。


 友人と店を選ぶ際も、

邑楽「その店、サッポロが無いからなぁ」

友「またそれか~」

 こんな感じで決めるので、真の仲良し以外の「たまに会って飲もうぜ」くらいの絶妙な『友人』からは割と不評である。自分が幹事ならば当然サッポロさんのある店を用意するが、他人がお膳立てしてくれた飲み会でそれを言うのも憚られる。


 妥協点として『生ビールは他社だが、瓶ビールに赤星(サッポロラガー)がある』店を提案する。そして私はひとり赤星を呑む。

 手羽先で有名な『世界の山ちゃん』さんがそれ。

 後輩が幹事とかだと、サッポロさんが飲める店を見つけてきてくれる。

 決して強要しているわけではない。

 その程度で邑楽さんがゴキゲンなら安い手間、くらいのノリだ。



 長野おやき旅エッセイでも登場したが、いつもお世話になるルートインホテルさんはPontaかdポイントが百円(税抜)で3ポイントも貯まるので定宿にしているが、館内の自販機はだいたいがキリンさんの『一番搾り』だ。


 なので、事前にスーパーやコンビニでサッポロさんのエビスや黒ラベルを買ってからチェックインする始末。

 せっかくの旅先くらい自由気ままに生きたら良いのに、と我ながら思うが、たとえ50万円弱でも出資者ゆえそうはいかない。会社の経営者のひとりと考えたら、どれだけ自社の商品を多角的に販売するか、その一言に尽きるのが株主である。

 その覚悟を持ってサッポロさんに投資した訳だから。



――そして、ついにその日は来た。



 2014年の3月末日。

 ようやくサッポロさんから配当金のご案内が!


 一株あたり7円の配当金が一千株。

 合計7千円。

 しかしここから20.315%の源泉税が引かれる。

 源泉税とは確定申告を必要としない証券口座での売買の利益や配当金に賦課されるもので、所得税15%と住民税5%、さらに2046年まで続く復興特別所得税0.315%が加算されたものが上記の数値だ。


 もちろん確定申告すれば所得水準に応じた税率で引かれ過ぎた税金が戻ってくるのだろうが、私は生来のズボラのせいか、確定申告じたいをする手間と、それによって所得が増えたら税額も増えてしまうという矛盾、その割に還付される所得税の少なさから敢えて放置している。

 毎年、国家予算の大半を国債で補填することに、国の借金がどうしたこうしたと不安に感じる方も大勢いらっしゃるので、国にあげることにした。



 そうして源泉税を徴収されて手元に残ったのは5,578円。

 それでも村で初のシム誕生。

 まずは人口5,578人になった。

 そしてゲーム『シムシティ』に倣うと、一気に村(ヴィレッジ)から人口2,000人越えのタウンになった。次の目標は1万都市シティだ。



 さらに、4月下旬。

 

 株主優待のビール2千円分、到着。


 これを待っていたのだ。

 私は届いたビールをさっそく冷蔵庫に入れた。

 その週末、じっくりと味わうために。

 別にそこらへんのスーパーやコンビニで買える黒ラベルと変わらない。

 でも長く退屈で地味で根気の要る時間が報われたようで、農作業を終えた私の骨身に沁みた。



 投資っていいじゃん。

 なんでもっと早く始めなかったんだろ?

 よし、こうなったらもっと保有株を増やしてやろう。


 調子に乗った私は、さらに投資を推し進めることとなる。




 ってな感じでサッポロさんとのお付き合いも今年で12年目。


 2014年2月には購入後の最安値353円(現在価値で1,765円)となり、7万円ちかく損の状態で、私はどこかある種の自棄に陥ったものの、別に売らなければ見せかけの損なのだからと、もう気にしなくなった。

 ベテラン投資家や他の先人からしたら、単に『塩漬け』(見切りをつけて損を確定できずにズルズルと保有すること)とも言えるのだろうが、最初からサッポロさんは長期保有すると決めていたんだから、私のそれは塩漬けじゃないんだよ。

 私が言うんだから間違いない。


 いまや株価は上がり続け2024年9月10日には過去最高値の7,750円を記録した。

 購入時価から倍に値上がりすることを投資界隈では俗に『バガー(bagger=塁打、野球用語から派生したスラング)』と言うが、私は当時の取得単価から実に三倍、つまり『3バガー』になる。厳密に言えば3.5倍だ。



 それでも死ぬまで売るつもりはない。

 私はこれからもサッポロさんを応援する。

 全ては私自身の乾杯を、もっとおいしくするために。

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