第2話 嵐の果てに一頭のゴリラが誕生するまで

 田畑を開墾して、農地を切り拓き、カブ――もとい株を植える。

 低所得に喘ぐ三十路男が荒地を広大な村にするまでのVR開拓日誌。



 無事にネット証券口座の開設を終えて土地を用意した私。


 ネット証券ではSBIさんと楽天さんが強いが、私が選んだのはマネックスさん。

 理由はふたつ。

 既にマネックスで口座開設した人に紹介して貰ったから。

 あと松本大会長の奥様である大江麻理子キャスターは『モヤモヤさまぁ~ず』時代からのファンだったのもある。


 当時のマネックスの友人紹介キャンペーンは紹介者に現金3千円進呈。

 被紹介者も10万円の入金をするだけで3千円進呈とボリュームがあった。

 現在は現物株売買手数料キャッシュバックとなっている。


 2024年の今は、紹介者と被紹介者ともVポイントカードを持っているならSBIさんがそれぞれに5千円ぶんのVポイント付与と、一番魅力的であると思う。

 このあたりは、どの会社を利用するかも自己判断となるので、ご自身で確認を。



 それはさておき。

 いよいよ村の開拓、第一歩である。

 記念すべき最初に植えるべき種、つまり購入すべき金融商品の選定はすでに終えていた。



 サッポロホールディングス。



 その理由は単純にビール大手四社の中でサッポロビールが一番好きだから。


 男は黙って黒ラベル。

 丸くなるな、星になれ。

 乾杯をもっとおいしく。

 誰かの、一番星であれ。


 あのサッポロさんだ。



 団塊世代の父親が男として脂も乗り、まさに働き盛りの頃に世に出たのが、全国のサラリーマンのハートを鷲掴みにした『辛口』アサヒさんのスーパードライ。

 御多分に漏れず父もスーパードライ好きなので、あまのじゃくな気質のある私は、ビールを嗜むようになってからは常に黒ラベル一択だった。

 加えて、飲食店でしか飲めない樽生のエビスの味は至高。別格である。



 株主優待として年に一度、2千円相当(3年以上、長期保有をしていれば5割増しで3千円相当に増額)のビールが貰えるという。

 まぁ普段の飲酒量から考えれば決して多いプレゼントではないが、それでも貰えるものなら貰えるのが良いに決まっている。



 ちなみに株には単元数というのがあり、取引すべき株の数量は会社の裁量で自由に決められていた。今でこそ上場企業のほとんどは百株単位で統一されているが、当時のサッポロホールディングスの単元数は一千株であった。


 さらに単元数を保有していると、議決権行使と言って、決算の時に会社が提示する議案に対して是非を投票できたり質問できたり、もっとたくさんの株を保有していれば株主提案だってできたりもする。


 この時の記録では、サッポロさんの株価は470円(2016年7月に5株を1株に合体する株式併合というのをしたので、現在価格換算で2,350円)。

 これを一千株購入したので、単純に47万円となる。

 加えてネット証券と言えど、今より手数料もそこそこした時代。

 預貯金から支払うにしても、なかなかの出費だよ。

 なので純粋にアラビア数字表記にしてみる。

 470,000円。

 例えば家電量販店でこんなPOPが出ていたら目を疑う。

 うん、やはり高額だ。



 なお当時の配当は一株あたり年7円。

 株主優待は千株で2千円ぶんの飲料。

 三年間売らずに保有してボーナスで3千円ぶんの飲料を貰ったとしても、合計の利回りは1.9%前後(2013年当時)となり、こう言ってはサッポロさんに失礼だが、決して魅力的な投資先とは思えない。


 でも構わない。

 私はサッポロビールが好きだから。


 これは私が村を開拓する上でのマイルストーンであり、記念碑的に購入するのだ。



 という訳で、私はビールのために一面の大麦畑を作ろうと種を蒔き出した。

 鍬で一墾。

 プレイボール!



 しかしそう上手くいかないのが、勝負の恐ろしさである。

 購入後から値が落ち2013年11月に月間最安値424円を記録した。

 いきなり含み損(買った時の値段よりも安くなって損している状態)が4万円以上も出てしまう。


 投資スタート直後のこれには正直堪えた。


 今はあちこちで『投資信託はオルカン(オールカントリー=全世界投資)かS&P(S&Pダウ・ジョーンズ・インデックス=S&Pグローバル社という米国プロバイダーが提供する株価指数に連動した運用成績を目指す金融商品)に脳死積み立て』だなんて叫ばれているが、私が個別株スタートというのは先述の理由から必然だった。


 そこはサッポロさんへの愛が勝つか。

 これ以上は損をしたくないという欲が勝つか――。



 季節外れの台風と大雨が村を襲い、私の心は強風に吹かれてしなる古木のように、折れてしまいそうになる。

 何故あのタイミングで購入してしまったのか。

 何故このタイミングで購入しなかったのか。

 もはやそればかり。

 心の空はいつも荒れ模様。

 前年に放送された大河ドラマ『平清盛』で井浦新さん演ずる崇徳上皇のように、血の涙を流して異形に変身しながら我が身を呪い続けた。



 スタートからいきなりの冬枯れ到来であったが、とにかく権利取り日(会社が指定する決算締め日に株を保有していると、株主としての権利を得て、議決権や、配当金や優待品などが付与される)が来るのを信じて待ち続けた。


 サッポロさんの商品をたくさん買って株価を吊り上げようという涙ぐましい努力も続けた。ただの一個人が頑張ったところでたかが知れてるのに。

 冬の嵐は何もない村の荒野を吹きすさぶ。



 そうして多額の含み損を抱えたまま、とうとう2013年12月29日がきた。

 いわゆる権利落ち(権利取り日を過ぎた翌営業日のこと、次に株主としての権利を取得するには半年もしくは一年待たないといけない)を迎えて私は正式にサッポロさんから株主として認定された。


 いつしか真夜中の暴風雨も止み、朝陽と共に鳥のさえずりが聞こえる。

 私はゆっくりと瞼を開いた。

 昨晩までの自分は果たしてどうなったのかと鏡を見る。

 そこにいたのは一頭のゴリラ。

 握力だけが鍛えられた、ただひとつの哀しいゴリラであった。



 こうして私は人の姿を脱いだ訳だが、ともかく晩秋の嵐に耐えきった。

 これでサッポロさんから優待品のビールが届くぜ!と息を巻く私。

 だが待てど暮らせどその兆候はない。

 一週間経ってもひと月過ぎても、まだ連絡も無いし、優待品も来ない。


 そりゃそうだ。当然だが、普通の会社が締め日にすぐ決算できるわけではない。


 例えば某鉄道すごろくゲームだと3月になったらすぐに、

「社長のみなさ~ん! 決算の時期ですよ!」

 ってなるが、普通の企業ならば、だいたい勘定科目や売掛金や経費の確定に二か月は要するというのが道理だとすら知らない程、当時の私は無知だった。


 だもんで、私は種を植えた田畑をじっと見ながら芽が出るのを待つ日々。

「はて、収穫はいつになるんだろうか?」

 ゴリラ村長は首を傾げる。



 今でこそ権利取り日からおよそ二~三か月後に議決権行使書が到着して、そこから株主総会を経て、ようやく剰余金処分等が決議され、配当金を貰ったり優待品が届くことを理解しているものの、株価の下落に悩み続け、さらには権利行使までの時間を待つ羽目になるゴリラ。

 愚かな私を支えたのはサッポロさんへの愛でありサッポロさんからの愛でもあり、まさにサッポロさんとの二人三脚の日々だ。



 この時の体験から「耐える」「気にしない」「悩まない」という私の投資スタイルが確立したとも言える。

 歪んだ社会が産んだ哀れなモンスター、ゴリラ。

 ただし、私がいわゆる本物のゴリラ握力になって現物ホールドが正義になるには、もう少しの時間と経験を要する。

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