第8話 未来の為に過去を変える



 黙り込んで景色を眺めた後に瑞穂は私の方を向いて


「昨日は怖くて聞けんやったけど、飛び降りる前の人生ってそんなに辛かったん? 」


ポロポロと涙を零しながら言った。私はそんな瑞穂の顔をまともに見れずに下を向いて


「うん。私にとって走る事が人生やったけん。」


「だよね。でも人生って色々有るんやから、私も居るんやから、もう人生を捨てるなんて止めてね。」


「そやね。色々有るってのも解る。何か怪我して走れんくなってその色々が私には重た過ぎて耐えられんくなったんやなって今はなんとなく解る。」


そう言って黙った後に私は瑞穂へ言った。


「そうや瑞穂、私に勉強教えて! 私未来じゃ全然勉強やってなくて高校にも行かれんかったんよ。」


瑞穂はメガネをズラして涙を拭いて


「巴ちゃんがそげんこと言うなんて本当に未来から来たんやね。」


「まだ信じとらんやったん? 」


「半分はね。良いよ勉強のことやったらいつでも言って。」


瑞穂はそう言って笑い、私達はまた町の景色へと目を向けた。そして私は


「もちろんせっかく足が元通りなんやし、陸上も頑張る。やけど陸上以外のことも頑張る! 」


そう決意を口へ出すと瑞穂はベンチから立ち上がり


「思い立ったが吉日、さっそく帰って勉強するよ! 」


「えーっ! 今から? 」


「そうよ。明日からやるは永遠に明日のままやから今やるの!」


「瑞穂がそげん言うなら仕方ないか。」


私は瑞穂の言葉に従い二人で瑞穂の家へと向かった。


 瑞穂の家は立派な木造建築で漆喰しっくいを塗られた白壁に囲まれていた。敷地には木造の小屋が在り、そこにはトラックや軽トラックが数台列んでいた。その前を通ると立派な引き戸の玄関が在りいつもここへ来ると少し緊張する。


「ただいまー。」


「おじゃまします。」


と私達は瑞穂の部屋へと行き、円形の赤い座卓へ瑞穂は教科書やノートを広げた。私は1冊ずつ手に取って確認するが全然どれも理解できずに首を傾けていると


「いいんよ。正直に解からんなら言って。」


それから瑞穂は次々と教科書を出してきた。それは時をさかのぼるように中学校1年から小学校高学年となり、恥ずかしながら小学校4年生の教科書まで来るとやっと私にも理解できるものだった。


 瑞穂はその教科書を手に取るとパラパラとページをめくり


「だーいぶサボっとったね。それじゃあこっから始めようか。」


そう言うと瑞穂は算数から私へ教えてくれた。咎める訳でもなく馬鹿にする訳でもなく丁寧に理解するまで教えてくれた。


 小学校の問題とは言え解けるようになると面白くなり、次々と解いて解らないとまた瑞穂が教えてくれた。そんな私を見抜いたかのように瑞穂は


「巴ちゃん、勉強ち本当は面白いやろ? でもどっかでつまずいて周りはどんどん進んで行って、いつか追いつけなくなって面白くなくなって行くんよね。」


そう言った。私は目を見開いて瑞穂の顔を見てうなずいた。


 そうやって私の勉強は1時間ほど続くと外では五時を告げるチャイムが鳴り始め、そこで私の勉強指導は終わり瑞穂へのお礼を言い家へと帰った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る