5-8 余裕の塊

「森山さん」

「は、はい」

「私が今の私のようになったのは、全部アニメや漫画の影響なんです」

「…………へっ?」


 一瞬、言っている意味がわからなくて素っ頓狂な声を上げてしまう。

 今の桜士郎は、全部アニメや漫画からできている。――とは、いったいどういうことなのか。混乱しつつも、美影の視線はモノクルへと向いていた。


「その、モノクルとか……ってこと?」

「はい、その通りです。モノクルも、髪型も、普段から敬語なのも、一人称が私なのも、全部。好きな作品の好きなところを全部詰め込んだのが、今の私なんです。確か、高校生になる頃には今の私が出来上がっていたと思います」

「…………」


 衝撃の事実すぎて、美影の思考は停止してしまう。

 確かにキャラが濃いとはずっと思っていた。名前や身長はともかくして、実際にかけている人を見たことがなかったモノクルや、高い位置で結ばれているのに男らしい格好良さがあるサムライポニーテール。そして、執事感溢れる口調。

 考えれば考えるほどに、一つ一つの要素が濃すぎると思ってしまう。


(確かに、浮世離れしてるって言葉だけじゃ片付けられる問題じゃなかったかも)


 どうして今まで疑問に思わなかったのだろう。

 アニメや漫画の影響だなんて、考えてみれば一番納得できる理由なのに。


(いや、答えはすでに出てるか……)


 心の中で、美影は首を横に振る。疑問に思わなかった理由なんて、簡単なものだった。桜士郎=アニメオタクの印象があまりにもなさすぎて、その発想に至ることができなかったのだ。


「もしかしてだけど、特に執事系の作品に影響受けてたりする?」

「お察しの通りですよ、お嬢様」

「……だよね」


 胸に手を当てながらお辞儀をする桜士郎に、美影はそっと心が軽くなるのを感じていた。

 これが告白イベントだと考えると、やっぱり緊張が止まらなくなってしまう。でも、少しずつ――いや、急激に。桜士郎のことを知ることができたような気がした。


 紡の友人キャラ。キャラが濃い。浮世離れしている。

 そんな言葉達は、もうとっくに美影の心にはいなくなっているのだから。


「私は、どうせ浮くなら自分の好きなものになりたいって思っていたんですよ。でも、そのせいでずっと友達と呼べる人はいませんでした。……紡が初めてだったんです。『面白いな』って声をかけてきてくれたのは」

「そっか。西連寺くんも瀬崎くんに救われてたんだね」

「やっぱり、森山さんが頑張っていたのは紡がきっかけですか?」

「あー……うん、そうだよ。今日のお昼も、瀬崎くんと陽花里さんに力をもらってきてたんだ。ちゃんと西連寺くんと向き合えるようにって」


 不意に問われ、美影は言葉を選びながらも返事をする。

 美影が前に進むきっかけをくれたのは確かに紡で、その事実は桜士郎にとってはショックなことかも知れないと思った。でも彼に嘘を吐くのはもっと嫌で、美影は必死に桜士郎の瞳を見つめる。


「瀬崎くんのふとした言葉がきっかけで、私は鈴原先輩や結乃ちゃん、それに陽花里さんとも仲良くなれたんだ。ぼっちだった頃の自分とは大違いで、友達ができたってだけで満足だって思ってた。……なのに、西連寺くんに告白されたらこんなにもドキドキしちゃうんだから笑っちゃうよね。本当は、私も恋ってやつがしてみたかったんだなぁって」


 あはは、と笑いながら美影は頭を掻く。

 いくら何でも必死すぎたかも知れない。でも、今は思っていることをすべて伝えてしまうのが良いと思った。紡がきっかけであることも、友達ができて嬉しいっていう気持ちも、本当は恋にも興味があったということも。


(…………あれ?)


 心の中で、美影は首を傾げる。

 自分は今、何と言ったのだろうか? 考えを巡らせると、自分の顔が赤く燃え上がるのを感じた。桜士郎に告白されたらドキドキした。私も恋というものがしてみたかった。……という言葉を放ってしまったような気がする。


「森山さん」

「……ふぇっ」


 顔が近い。囁く声が温かい。両手も握られてしまった。

 美影はただ、アホみたいな声を漏らすことしかできない。一つわかることと言えば、胸の鼓動が加速しているということだけだった。


「ありがとうございます」

「…………え?」


 しかし、予想に反して桜士郎はすぐに美影から距離をとった。もっと積極的な行動をとられると思っていたため、美影は呆気に取られてしまう。

 すると、桜士郎は照れたように頬を掻いた。


「すみません。この喜びをどう表現したら良いのかと思ったら、先ほどの森山さんを真似してしまいました」

「……あ、ああー……そういうこと」


 桜士郎に告白された瞬間、確かに美影は桜士郎の両手をとって「ありがとう」と伝えていた。嬉しいの一言では表し切れないこの感情をどう伝えたら良いのか。そう考えたら無意識に動き出していたのだ。


(それくらい嬉しかったってこと……?)


 考えれば考えるほどに、自分の体温が上がっていってしまいそうだ。美影は小さく息を吐いて、自分を落ち着かせる。


「さっきも言いましたけど、私の告白で森山さんを困らせてしまったらどうしようと思っていましたから。今、本当に嬉しいんです」

「そっか。……私も改めて言うんだけど、昨日は逃げちゃって本当にごめんなさい。今までずっと西連寺くんの視線に気付けなかったのがショックで、自分を責めちゃってて……」

「そのことはもう良いんですよ。今はもう、伝わっているんですよね?」

「……は、はいぃ……」


 優しい笑みでこちらを見つめられ、美影はか細い声を漏らす。

 すると何故か、桜士郎の笑みは得意げなものへと変わった。


「おや? もっと伝えた方が良かったですかね?」

「や、もう、本当に……すっごくバシバシに伝わってるから、勘弁してぇ」


 すっかりヘロヘロになりながらその場にしゃがみ込む美影に、桜士郎は「あぁ、すみません」と慌てたような声を出す。


 確かに恋には興味があった。

 しかし、美影にとって恋愛はラブコメ作品やシミュレーションゲームの知識しかないのだ。慣れていないリアルイベントの連続で、正直脳がついていかない。

 恋というものは想像以上に大変なものだ。嬉しい気持ちと恥ずかしい気持ちが混ざりに混ざって、目が回りそうになる。でも、美影は何とかして立ち上がり桜士郎を見据えた。


「ええっと、それでその……。西連寺くんも瀬崎くんに救われたんだっけ?」

「あ、はい、そうなんです。私は紡に救われて、自分もいつか紡のように声をかけられる人間になりたいと思っていました。そんな時、まるでライトノベルの主人公のように輝く森山さんの姿を見かけて……それで、惹かれてしまったという訳なんです」

「…………アッ、ハイ。アリガトウゴザイマス」


 とりあえず紡についての話を振った美影だったが、そこからまさか「美影に惹かれた」という話に繋がるとは思わず、美影はカチコチな返事をしてしまう。すると、桜士郎はふふっと笑みを零した。


「森山さん、安心してください。私もこう見えて、心臓がバクバクしていますから」

「……ほ、本当に?」

「はい。よろしければ、手を当ててみますか?」

「ほわぁっ」


 自身の胸元に手を当てながら問いかけてくる桜士郎に、美影は反射的にヘンテコな擬音を発する。とてもじゃないが、心臓がバクバクしているようには見えない。そこにあるのは余裕の塊だった。


「すみません。あまりにも反応が可愛らしくて、からかってしまいました。でも、緊張しているのは本当のことなんですよ?」

「…………」

「ああっ、凄いジト目で見られていますっ」


 嬉しそうに声を弾ませる桜士郎。

 ずっとミステリアスな印象があった桜士郎だが、本当は物凄く愉快な性格をしているのかも知れない。こうして話していても、知らない姿の連続だ。

 だからこそ、美影は空気を変えるために咳払いをする。


「さ、西連寺くん」


 声が震える。顔が熱い。心臓の音だってうるさくてたまらない。

 だけど美影は、今の精一杯の気持ちを桜士郎に伝えた。



「私は、もっともっと……西連寺くんのことが知りたいって思うから。だから、まずは友達になってくれませんか?」



 高校生にもなって「まずは友達から」なんて、我ながら情けない気持ちにもなる。

 だけど美影にとっては何もかもが初めてで、いきなり恋人だの何だのという展開になるのは考えられなかった。でも、心は今まで触れたことのなかった希望の光へと向かっていて、単純に緊張だけじゃない胸の高鳴りが存在している。

 だから、美影は笑うのだ。

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