5-6 向き合いたいから
こんなにも放課後までの時間が長く感じたのは初めてのことだった。
昨日の続きをするということは、つまりそういうことなのだ。「あなたのことをずっと見ていました」「物語の主人公のように思っているんです」……そのあとに続く言葉なんて、きっと鈍感な紡だってわかってしまうことだろう。
それに、昨日と今朝の桜士郎の姿を思い出すと、急激に鼓動が速まってしまうのだ。自分は病気なのではないかと思うくらいにふわふわドキドキして、落ち着いていられない。
まるで、恋というものを初めて知ったみたいだな、と美影は思う。まぁ、恋の前にまずは桜士郎のことを知らなくてはいけないのだが。
「森山さん」
桜士郎に名前を呼ばれて、美影ははっとする。
あれやこれやと考えを巡らせているうちに、教室に残ったのは美影と桜士郎だけになったようだ。
桜色のサムライポニーテールに、整った顔立ちだからこそ似合ってしまうモノクル。背が高く、ブレザーなのに執事服に見えてしまうようなスタイルの良さ。ただ単にキャラが濃いというだけではなく、彼は間違いなくイケメンに分類されるだろう。
そういえば、彼はクラスメイトから「王子」と呼ばれることが多いらしい。きっと、桜士郎の「おうし」から来ているのだろうが、実際の由来は美影も知らない。
やっぱり知らないことだらけだな、と美影は思ってしまう。
「西連寺くん」
だからこそ、美影はまっすぐ見つめ返した。
相変わらず胸のドキドキは止まらないし、気を抜いたら「ひゃああっ」と謎の擬音が漏れ出そうになる。いったい自分はどうしてしまったのだろうと思うが、こればっかりは仕方のないことなのだ。
だって、
「私は、森山さんのことが好きです」
初めてだったのだ。
誰かに告白されるのも。それを受け取って、鼓動が跳ね上がって、それで――何とも言えない、温かい気持ちに包まれるのも。
全部全部、美影にとっては新鮮で眩しいものだと思った。
こんなにも目を背けたくないと感じる眩しさは初めてで、美影はただただ夢中で桜士郎を見つめ返してしまう。
嬉しいの一言では表しきれない感情が駆け巡って、気付けば一歩、また一歩と桜士郎に近付いていた。
「…………っ!」
桜士郎が驚いたように目を見開く。
ほとんど無意識のうちに、美影は桜士郎の両手をぎゅっと握り締めていた。
彼の温かさに応えるにはどうしたら良いのだろうと考えたら、身体が勝手に動き出していたのだ。
「ありがとう……っ」
両手に力を込めながら、美影はただまっすぐ、ありったけの気持ちを伝える。
こんなにも嬉しい気持ちになるのに、昨日の自分はどうして逃げ出してしまったのだろう? 本当に馬鹿だったなと思ってしまう。
逃げるんじゃなくて、自分のことを知って欲しくて。
知って欲しいだけじゃなくて、桜士郎のことをもっと知りたいと思った。
昨日の後悔と一緒に、美影は今の正直な気持ちを吐き出す。
「本当は、西連寺くんが私のことを主人公みたいだって言ってくれて、嬉しかったの。私は元々、自分のことをモブキャラだって思うほどに地味だと思ってて……。だけど、自分を変えたいって思って頑張ってきたから、西連寺くんの言葉が凄く嬉しくて……!」
言葉が溢れて止まらない。
告白されるとわかっていて心の準備もできていたはずなのに、言いたいことがごちゃごちゃだ。こんなところでコミュ障を発揮しなくたって良いではないか。内心涙目になりながら、美影は言葉を続けようとする。
しかし、
「森山さん。手、震えてますよ」
「……っ」
パッと、美影は慌てて繋いでいた手を離す。
桜士郎と向き合いたい。ただその気持ちが強すぎて、手を繋いでいるという意識があまりなかった。つまりは、桜士郎の手を握ってしまった、という事実に今更ながら赤面しているのだ。
「ごっ、ごご、ごめん西連寺くん……っ! 気付いたら西連寺くんの手を取ってたっていうか、その……っ」
「大丈夫ですよ、森山さん。それより……無理、してないですか?」
「ん、は……へぇっ?」
不安げに顔を覗き込んでくる桜士郎の顔があまりにも近すぎて、美影は大袈裟に驚いてしまう。正直、少し休憩させて欲しいレベルだ。
恋というのは、こんなにも体力が必要なものだったのか。何もかもに慣れてない美影は目が回りそうになってしまう。
「だ、大丈夫だから。全然、無理なんてしてないからっ」
「本当ですか?」
「いや、その…………うん。ごめん、嘘だった。私、色々と慣れてなくてさ。戸惑ってばかりだけど、でも……今はちゃんと、西連寺くんと向き合うためにここに来たから」
慣れていないから。戸惑ってばかりだから。
そんな理由に甘えたくはなくて、美影はまっすぐ桜士郎を見つめる。
「向き合うために……」
ぽつり、と桜士郎は呟く。
彼の琥珀色の瞳は、まるで芽生え始めた希望を見つめているかのようだった。
「昨日から、私はずっと悩んでいました。森山さんを困らせてしまった、と……。なので、森山さんの口から向き合いたいという言葉が聞けて、私はとても嬉しいんです。この告白は、ただの自己満足になっても構わないと思っていたので」
眉をハの字にしながら、桜士郎はどこまでも優しく微笑む。
その瞬間、頭のぐるぐるが徐々に薄れていくのがわかった。たくさん悩んだのは自分だけではなく桜士郎も同じ。
そう思うだけで、心が軽くなっていった。
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