5-5 前に進むために
「森山さん?」
「あ、いや……ちょっと七味かけすぎちゃって」
「いやいや、美影ちゃん誤魔化すの下手すぎない?」
見るに堪えないと言わんばかりに陽花里が口を挟む。
確かに美影の肉うどんにかけられた七味唐辛子はごくごく少量だ。美影はあはは、とわざとらしく笑みを零す。
「と、ところでさ、美影ちゃん」
諦めて涙を拭っていると、何故か陽花里が急にそわそわし始めた。
まだまだ慣れない「美影ちゃん」呼びも相まって、美影もまた「な、何でしょう?」とそわそわしながら返事をしてしまう。
「いや、その……。美影ちゃんって、あたしだったり、鈴原先輩だったり結乃ちゃんだったり。紡の周りにいる女の子と仲良くなろうとしてたけど、それって…………い、いややっぱり何でもない忘れて」
迷いながらも言葉を零す陽花里だったが、急に逃げるようにオムライスに集中し始める。しかしそこまで言ってしまえば何を言いたいのかはバレバレで、美影は思わず苦笑を浮かべた。
「大丈夫ですよ、陽花里さん。そこの心配はないから安心してください」
「……ほ、本当に……?」
前のめりになりながら不安げな顔を近付ける陽花里に、美影の苦笑は加速する。
正直、この事実ばっかりは墓場まで持っていこうと思っていた。しかし友達の心がもやもやしているならば言わない手はない。
意を決して、美影は口を開いた。
「確かにこれは恋かもって思ったことはあったよ。でも、こんな私でも変われるかも知れないっていうドキドキだったのかも知れない、から」
だから安心してね、と言わんばかりに陽花里へアイコンタクトを向ける。
すると、みるみるうちに陽花里の頬が朱色に染まっていった。安心した途端に恥ずかしくなってしまったのだろうか? あまりにも可愛らしい姿に、美影の頬は緩んでしまう。
「わ、わかった。もう安心した……から。ニヤニヤするのやめて」
「え、ニヤニヤなんてしてないですよ?」
「してるんだってば」
不服そうな声を発したかと思えば、今度は頬を膨らませる陽花里。
可愛すぎて言葉を失う、とはまさにこのことだ。きっと、紡だって鼻の下を伸ばしていることだろう。
「? 二人して、いったいなんの話をしてるんだ……?」
と思ったら、不思議そうに首を傾げていた。
この鈍感系主人公が。と、美影はまた心の中で毒づく。
「あ、もしかしてあれか?」
すると、紡が何かを閃いたようだ。
ちらりと陽花里の様子を気にしながら、小声で問いかけてくる。
「桜士郎のことか?」
「な……っ」
目を剥き、思い切り仰け反る美影。
本当に、何でこんなところにだけ察しが良いのだろう。いやまぁ、友達のことだから気付けたのかも知れないが。だったらもっと幼馴染の様子にも目を向けて欲しいものだ。
「桜士郎くん……って、美影ちゃんと接点あったっけ?」
ここで桜士郎の名前が出てくるとは思っていなかったのだろう。陽花里は驚いたように目を瞬かせていて、美影は小さく苦笑を漏らす。
「その、まぁ……色々あったって言うか」
「ふぅん? それでそれで?」
「陽花里さん、興味津々ですね」
「まぁ、あたしは大っぴらに恋愛なんてできないしぃ? 人様の恋愛には首を突っ込んでおきたいっていうか……ねぇ?」
もしかしたら、陽花里も紡の鈍感っぷりには呆れているのかも知れない。
陽花里の声色には、思い切り誰かさんに対する不満が混じっていた。これには美影も「あー……はは」という中途半端な笑みを零すことしかできない。
「陽花里さん、彼の攻略はなかなかに大変そうですね」
「ほんっとうにね。ただでさえ強力なライバルが二人もいるっていうのに、本人がその調子じゃあねぇ……」
「…………?」
「陽花里さん見てください。あの人また首を傾げてますよ」
「ねー。嫌になっちゃうねー」
二人して頬杖をつきながら、じっと紡を見つめる。
なのに当の本人は頭の中にクエスチョンマークを浮かべているのが見え見えなものだから、二人して吹き出してしまった。
「あー、面白い。美影ちゃんっていう味方がいるから、こんな状況も楽しめちゃうのかも」
「その言葉、ただのファンとしての私だったら失神しちゃいますよ」
「でも今は友達でもあるんでしょ」
「……はい」
まさか、最初はファンだと告げることすらできなかった陽花里とこんな風に打ち解けられる日が来るなんて思ってもみなかった。人生は、本当に何が起こるかわからないものだ。
「ええっと……?」
「あぁ、瀬崎くん。置いてきぼりにしてごめん。つまりその、何が言いたいのかっていうと」
戸惑う紡に微笑みかけてから、ゆっくりと口を開く。
誰かに何かを伝えるという行為は緊張するもののはずなのに、むしろ心はリラックスしている。いつの間にか、二人が心安らぐ存在になっていた――なんて。
こんなにも嬉しいことはないな、と美影は思った。
「私には、向き合いたいって思う人がいて……。だからその前に、すべての始まりだったあの日の出来事を、二人にはちゃんと伝えておきたかったんだよ」
付き合わせちゃってごめんね、と美影は両手を合わせる。
紡はすぐに首を横に振り、陽花里は両手をぎゅっと包み込んできた。ほわほわとした優しい光に照らされているような、温かな気持ちが湧き上がる。
なのに、
「美影ちゃん……。このこと、ラジオで話しても良い?」
「駄目ですっ!」
満面の笑みでシリアスな空気を壊してくるものだから、美影は突っ込みながらも陽花里に負けないくらいの笑みを零してしまった。
そういえば、陽花里にファンだと告白した時も「ラジオで話題にしても良い?」と冗談を言われた覚えがある。
あの時は物凄く緊張していたが、今はむしろその逆だ。――と言いたいところだが、ふとした時に緊張することはある。相変わらず敬語になってしまうし、「陽花里さん」と呼ぶのもいちいちドキドキだし、「美影ちゃん」と呼ばれるのは更にドキドキだ。
でもそれは嬉しさ故のドキドキで、これからもっと陽花里との距離を縮めていけたらと思っている。もちろん汐音も結乃もそうだし、紡との接点も消えることはないのだと思う。
だって美影はこれから、彼の友人に対して大きな一歩を踏み出すのだから。
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