5-4 あの日の告白

 結局、ずっとそわそわした気持ちを抱えたまま昼休みの時間が訪れた。


 まずは、勇気を出して紡を昼食に誘うことから始めなければいけない。

 桜士郎と接する時とはまた違った緊張感に包まれながら、美影は紡の元へと近付こうとする。

 すると、


「森山さん。陽花里から話は聞いてるから」


 何でもないことのように、紡から声をかけてくれた。

 昨日、「紡にそれとなく伝えておこうか?」と陽花里が言ってくれていた通り、事前に声をかけてくれたのだろう。ついつい陽花里と目を合わせると、得意げにウインクを返してくれた。


(かっ、可愛い……!)


 思わず射抜かれそうになるのを必死に堪えながら、美影は返事をする。


「あ、あぁ。そうなんだね」

「食堂で良いか?」

「うん。構わない、けど……」


 ちらり、と美影は再び陽花里を見つめる。

 不思議そうに首を傾げる陽花里の姿は愛らしい。栗ヶ原高校の制服さえも彼女が身に着ければ衣装に見えるほどで、やはり不意に「彼女はアイドル声優なんだ」と思ってしまう。


「…………ひ、陽花里さん」


 そんな彼女と幼馴染の会話を、美影は盗み聞きしてしまった。

 その話を今、紡に告白しようと思っていたのだが、これは陽花里も関わってくる問題でもある。


「陽花里さんも、一緒にどうかな?」

「え、でも……」

「瀬崎くんだけじゃなくて、陽花里さんにも話しておきたいことだったから」

「……?」


 尚も首を捻る陽花里だったが、美影があまりにも真剣な顔をしていたからか、やがて頷いてくれた。


(まさか、あの日の盗み聞きを告白する時が来るなんて思わなかったな)


 心の中で苦笑しつつも、美影はそっと決意を固めていた。



 思えば、汐音以外と食堂に来るのは初めてのことだった。

 屋上でひっそりと食べていた頃は、食堂なんてハードルが高い場所だと思っていた――のに、今では自然と注文をして席に座ることができる。

 何を当たり前のことを、と思うかも知れない。でも、少し前の自分はそれだけ人と接するのが苦手だったのだ。


 美影は肉うどん、陽花里はオムライス、紡は日替わりのカツカレーを頼み、席に着く。紡と陽花里が隣同士で、美影と向かい合う形だ。

 いただきますと手を合わせてからうどんをすすり、咀嚼そしゃくをしながら「どこから話したものか」と頭を巡らせる。

 紡も陽花里も黙って待っていてくれるからか、余計に緊張感が高まっていた。


「実は、さ。……二人に、謝らなきゃいけないことがあるんだよね」


 美影の言葉に、二人が顔をぎょっとさせる。

 いくら何でも唐突すぎただろうか。しかし、いつまでも口をもごもごさせていては話が進まない。覚悟を決めて、美影はあの時のことを話し始めた。



 あれは、五月の初め頃。

 美影がまだ、屋上の陰でひっそりと弁当を食べていた時のこと。


 昼休みがそろそろ終わろうとしている時間に、紡と陽花里が屋上にやってきた。「告白シーンなのではないか」と焦りながらも、身動きが取れないまま陽花里の悩みを聞いてしまったこと。

 そして。


「悩んでいる時点で、陽花里はとっくに前へ進もうとしてるんだよ」


 あの時の紡の言葉に、何故か美影の心までもが動いてしまったということ。

 本当はずっと、自分を変えたかった。そのことにようやく気付いた美影は、汐音や結乃に近付いて――陽花里とも友達になることができたのだ。


「瀬崎くん。陽花里さん。盗み聞きをしてしまって、本当にごめんなさい」


 言って、美影は深々と頭を下げる。

 あの日の美影は、ただただ身を隠していることしかできなかった。

 でも、今はもう違う。しっかりと二人の瞳を見つめて、照れ笑いを浮かべることができる。


「それから、本当にありがとう。凄く勝手な話で恥ずかしいんだけど、私は瀬崎くんのおかげで前に進むことができたから」


 陽花里の相談を聞いてしまったことも、それがきっかけで前に進めたことも。

 きっと、二人にとってはポカーンと口を開けてしまう話だと思う。自分でも話していて「なんだそりゃ」と思ってしまうくらいなのだ。正直、意味がわからなすぎて呆れてしまうだろう。


 でも、それは「普通の人なら」という話だ。

 二人なら、この変な告白も受け止めてくれる。謎の自信が満ち溢れているからこそ、美影はおどおどするでもなく、照れ笑いを零すことができるのだ。


「まさか、俺が原因だとは思わなかったな」


 まず口を開いたのは紡だった。

 頭を掻きながら微笑を浮かべる紡から、どこまでもまっすぐな温かみを感じる。そこに呆れの色はまったくなくて、紡の温かさは美影へと伝染していく。


「陽花里にファンだって告白したあの時から、森山さんの印象は徐々に変わっていったんだよ。しお姉や作島さんからも森山さんの話を聞くようになって、温泉にまで行って……いつの間か、ただのクラスメイトじゃなくなってた」

「……そっか」


 ただのクラスメイトじゃない。

 その言葉は、紡のヒロインになりたかった頃の自分が聞いたら大歓喜する言葉だろう。でも、美影の心は今、別の感情に包まれている。


「そういうの全部、実は瀬崎くんのおかげだったんだよね。……な、なんて言うと気持ち悪いって思うかも知れないけど。私はずっと変わるきっかけを探していて、そこに瀬崎くんの言葉がスッと入ってきた。だからホント、ありがとうね」


 紡にお礼の言葉を伝えられた。ただそれだけのことなのに、心が軽くて仕方がない。相変わらず紡の瞳は鋭いし、陽花里もつり目で気が強い印象がある……はずなのに、三人を包む空間はどこまでも優しくて。

 つい、瞳が潤みそうになってしまった。

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