第五章 ラノベの主人公に恋をしたモブの私

5-1 手紙の送り主

 森山美影様

 あなたにお伝えしたいことがあります。

 放課後、二年A組の教室で待っていてください。


 慌ててトイレに駆け込んで確認した手紙の内容は、どう考えても告白のための手紙だった。でも、いくら探してみても差出人の名前がない。


(だ、だだっ、誰……っ?)


 当然のように、美影の頭の中は大混乱である。

 真っ先に思い浮かんだのは紡だったが、彼は陽花里のことが好きだとはっきり告げている。しかも美影に相談までしたのだ。昨日まで陽花里が好きだと言っておきながら、「やっぱり森山さんのことも気になるんだ」なんて言われたら流石の美影もドン引きである。それだけはないと信じたい。


(じゃあ、相手は女の子……とか?)


 次に思い付いたのは結乃だった。

 結乃には一度、下駄箱を通じて手紙を渡す、という行為をしているのだ。美影に何かしら言いたいことがあって、手紙を下駄箱に忍ばせた。結乃も引っ込み思案な部分もあるし、可能性としては高そうだ。


 あとは、汐音という手もある。彼女は同性にモテるタイプで、告白されることには慣れているらしい。汐音は一つ一つの告白と真剣に向き合っているというし、「同性の恋」という意味では彼女が一番しっくりくる気がする。


(…………その場合は、私も真剣に考えなきゃな)


 小さな覚悟を固めながらも、美影は「もう一つの可能性」に目を向ける。


(陽花里さんが、個人的に私と話がしたいとか、そんなことは……うぇへへ)


 半分ファンモードになりながらも、美影は一人奇妙な笑みを浮かべる。

 何だかんだ、陽花里と二人きりの空間で話す……ということは一度もないのだ。もしかしたら、昨日の温泉での出来事のお礼を言いたい、という可能性もなきにしもあらずだと思った。


(そういえば、指定の場所は二年A組なんだよなぁ……。となると、鈴原先輩と結乃ちゃんの可能性は低いかも……?)


 そう考えると、やはり陽花里か、紡がまた相談したいことがある……という二択のような気がする。


(やっぱり、ラブレターってことではないんだろうな。……うん)


 どこか寂しい気持ちになりながらも、美影は無理矢理納得するのであった。



 ***



 こうして訪れた放課後。


「また明日な、陽花里。桜士郎と森山さんも」


 予想外にも、紡はそそくさと部活へ向かっていってしまった。呆気なく可能性のうちの一つがなくなってしまい、美影は内心動揺する。


「美影先輩、陽花里先輩、お疲れ様ですっ」

「やぁ、来たよ。一緒に帰ろうか」


 ややあって、結乃と汐音が教室にやってくる。

 ちなみに、温泉旅行での一件があってから、結乃も美影のことを「美影先輩」と呼ぶようになってくれた。嬉しい反面、「鈴原先輩のことをいつ汐音先輩と呼ぼう」と悩んでいるのは内緒の話だ。


「あたし、今日は特に仕事はないからさ。良かったらクレープでも食べていかない? 近くに新しい店ができたみたいでさ」

「えっ、良いんですか! 陽花里先輩とクレープ……行きたいです」

「うん、良いね。ボクも賛成だよ。美影ちゃんはどう?」


 ――えっ?


 さも当然のように汐音に訊ねられ、美影は思わず唖然としてしまう。

 これはいったい、どういうことなのだろうか。手紙の主は「放課後に教室で待っていてください」と言っていた。でも、陽花里も汐音も結乃も、当然のように教室から出ていこうとしている。


「美影ちゃん?」

「いや、その。私、今日はちょっと用事があって」

「あ、そうなんだ。……三人で行っちゃっても、大丈夫?」


 美影を気遣うように、汐音は小首を傾げて訊ねてくる。美影はすぐさまコクコクと頷く。動揺が勝ってしまって、声を出すことすらできなかった。



「…………」


 申し訳なさそうに教室を出ていく三人を見送ってから、美影は妙な緊張感に包まれる。手紙の相手は、紡でも、陽花里でも、汐音でも、結乃でもなかった。


 だったらいったい誰なのか。

 そんなの、考えるまでもなかった。

 だって、あの四人以外に接点のある人物など、一人しかいないのだから。



 一人、また一人と減っていき、やがて茜色に染まる教室に静寂が訪れる。

 もう、この教室には自分とあの人しかいない。わかっているはずなのに、高鳴る鼓動が邪魔をしてなかなか顔を上げられなかった。


「森山さん」


 いったい、どれだけの時間が経ったのだろう。

 思った以上に優しい声が降り注ぎ、美影はゆっくりと顔を上げる。


「西連寺、くん」


 そこに立っていたのは――西連寺桜士郎だった。


 すらりと伸びた身体に、桜色のサムライポニーテール。

 琥珀色の瞳に、色っぽい雰囲気のある左目の泣きぼくろ。

 そして、アニメキャラかと見まがうくらいに印象の強いモノクル。


 誰にでも敬語で、まるで執事のようで、クラスで浮いてしまうほどに容姿も整っている。そんな彼は今、美影に向かって微笑みを浮かべていた。


「手紙、読んでくださったのですね」


 桜士郎の問いかけに、美影は果たして頷くことができたのだろうか。

 自分のことだというのに、そんなことすら曖昧だ。頭がぐるぐると回って、どんな表情をして良いのかすらわからない。ただ一つ言えることは、何故か胸がちくりと痛んだということだった。


「森山さん、聞いてくださいますか」

「……は、はい」


 まっすぐ向けられた視線から逃げないこと。

 ただそれだけを意識しながら、美影は必死に見つめ返す。

 とはいえ、告白ではないのだろうと思っていた。紡に関する相談ごととか、そういう感じなのかも知れない。



「森山さん。私は、あなたのことをずっと見ていました」



 ――なんて思って、一瞬でも現実逃避しようとした自分が馬鹿みたいだ。


「私の、ことを……?」

「はい」


 迷いなく頷く桜士郎に、美影の鼓動は静かに速まっていく。これは夢でも何でもなく、現実なのだと。ようやく心が理解する。


 だって、確かに桜士郎はいたのだ。


 陽花里にファンだと告白した時も。

 汐音を探し回っている時も。

 屋上にいる結乃を見つけて、駆け出した時も。

 結乃のことを傷付けてまって落ち込んでいる時も。

 温泉旅行で「紡が、あなたに話したいことがあるそうです」と伝えてくれた時も。


 桜士郎はずっと、美影のことを見つめてくれていた。

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