3-8 あの頃のままの二人
『あ、もしかして私の話になった感じ?』
気のせい、だろうか。
動画上でよく聴いていたハスキーな声が、まるで結乃のスマートフォンから聞こえてくるようだ。
「…………へっ?」
意味がわからなくて、美影は素っ頓狂な声を上げる。
さっきまで、結乃がスマートフォンを弄っていた様子はなかった。なのに「お姉ちゃん」との通話画面がそこにはあって、声まで聞こえてくる。
いったい、いつから?
やがて辿り着いた思考に、美影は自分の顔が青ざめるのを感じた。
「うん、そうだよお姉ちゃん。待たせてごめんね?」
『ホントだよ。もしかして私なしで解決しちゃう感じ? って思ったもん』
「お姉ちゃんの出番、なかったね」
『こらこらぁ! ここからが本番なんだから。結乃は黙ってお姉ちゃんを見守ってなさい』
「はぁーい」
まるで、一年前に戻ったような感覚だった。
目の前で、あの頃と同じような「ゆの」と「りん」の会話が繰り広げられている。ただそれだけで、あの頃の記憶がすべてよみがえってくるようで。
美影の視界が、涙で歪んでいく。
『ええっと、森山さん……だっけ? いつも動画を観てくれてありがとうね』
ちょっと待って。
そう思っても、美影の姿が見えていないりんはお構いなしに冷静な声を向けてくる。いつも動画を観てくれてありがとう、なんて。まさか今になって本人の口から聞けるとは思っていなくて、「うぅ」と小さな嗚咽が漏れる。
『森山さん?』
「ご、ごめんなさい……。私、ビックリしている気持ちと、嬉しい気持ちがごちゃごちゃになってしまって」
素直な気持ちを零しながら、美影はペコペコと頭を下げる。
ビデオ通話ではないのに、いったい何をしているのだろう。やがて恥ずかしくなった美影は、身体を縮こませる。
『驚かせてごめんね。ここまでの経緯、話しても良いかな?』
「……はいぃ。お願いします」
情けない声で返事をしてから、美影はりんの声に耳を傾けた。
それは、昨日のことだった。
結乃から「向き合いたい人がいるけど、勇気が出ない」と相談を受けた。
詳しく話を聞くと、栗ヶ原高校の生徒の中に『ゆのりんちゃんねる』の視聴者がいたらしい。姉のことを話すと同時に逃げ出してしまって、謝りたい。なのに結乃は、彼女の元へ行くことができなかった。
それは、勇気がでない――というだけことではない。
これは自分だけの問題ではないということに気が付いたのだ。『ゆのりんちゃんねる』としての問題だから、姉にも話さなくてはいけない。
それが、結乃が悩んで悩んで悩みまくって、辿り着いた答えだった。きっと、この時点で前向きな気持ちになっていたのだろう。
また逃げ出さないように、と紡に協力してもらいながら屋上の前までやってきた。実は、美影が屋上の鍵を開けるのを、結乃と紡が陰でこっそりと見ていたらしい。それからりんと通話を繋ぎ、制服のポケットに忍ばせて――。
今に至る、ということだった。
「そういうこと、だったんですか……」
ぽつり、と美影は言葉を零す。
確かに、結乃の想いも、美影の感謝したい気持ちも、『ゆのりんちゃんねる』の二人がいないと意味がない話だ。だから、りんと通話しているという事実には驚くものの、これは必要なことだったと美影はひしひしと感じる。
「瀬崎くんにも、事情を話したんだね」
「……はい。瀬崎先輩は元々、結乃達の活動を何も知らなかったんですけど……。凄く心配をかけてしまったので、すべて話しました」
「そっか。瀬崎くんってさ、優しいよね」
「ふぇっ? あ……はひぃ、結乃もそう思いますっ」
想像以上の動揺っぷりを露わにしながらも、結乃は顔を綻ばせる。
わかりやすすぎる反応に、美影は思わずニヤニヤと口元を緩めてしまう。
「な、何で笑ってるんですか!」
「いやいや、何でも……」
『その先輩のことが好きってことなのよねぇ?』
透かさず誤魔化そうとする美影の言葉に被せるように、りんはあっけらかんと言い放つ。その途端、
「ぴゃーっ! おおお、おねおね、お姉ちゃん!」
甲高い悲鳴とともに、結乃が爆発した。
美影も人のことは言えないが、「人ってこんなにも動揺できるんだ」と感心してしまうほどだ。
『あれ、違った? 違う訳ないよねぇ?』
――出た、りんの煽りモード。
心の中で、動画でのりんの声が思い返される。しかし、一方で結乃は涙目状態である。「もうやめてぇ」と結乃が訴え、りんがけらけらと笑う。
そんな様子を見ていたら、美影も別の意味で涙目になってきた。
「森山先輩?」
「…………ごめん、なさい」
言って良いのか、駄目なのか。
悩んだ挙句に、謝罪の言葉が零れ落ちる。
やっぱり、どうしても思ってしまうのだ。「ゆの」と「りん」のかけ合いを聞いていると、あの頃に助けられた記憶がよみがえってくる。
また、『ゆのりんちゃんねる』の動画が観たい、なんて。
本当は、言ってはいけないはずなのに。
「私、また……二人のゲーム実況が観てみたい、です」
その言葉は、ほとんど無意識のうちに零れ落ちていた。
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