3-3 後悔
私は彼女達の動画に元気をもらっていたから。
――なんて、ただの綺麗ごとなのかも知れない。
でも、何らかの形でこの気持ちを返せたらとずっと思っていた。たくさんコメントはしたけれど、それは単なる動画に対する感想で、感謝の言葉とかはあまりしてなくて。失踪という形で『ゆのりんちゃんねる』に終わりがきてから、美影は凄く後悔していた。
だからこれは、結乃のためという言葉を被った、自分のための行動だ。
「気付いていたんですか。結乃のこと」
結乃の顔には驚愕の色が浮かんでいた。
どこか怯えているようにも見える結乃を見つめながら、美影は静かに頷く。
それから、これまでの経緯をすべて話した。二年A組の教室で見かけた時から、結乃の正体が『ゆのりんちゃんねる』の「ゆの」であることに気付いていたこと。失踪していたこともあって、なかなか言い出せなかったこと。というよりも、触れて良いことなのか悩んでいたということ。
「私の、勘違いかも知れない」
微々たる声で美影は呟く。
どうしても、考えてしまうのだ。
急に『ゆのりんちゃんねる』が活動停止してしまった理由。それは――姉のりんに何かがあったから、ではないかと。
「……いや、やっぱり何でも……」
「お姉ちゃんのことですよね」
「っ!」
言い淀む美影に、結乃はまっすぐな視線を向けてくる。
だけど、表情は今にも崩れてしまいそうなほどに不安定なものだった。
「大丈夫です。お姉ちゃんは生きています」
美影の言いたいことを察したのか、結乃ははっきりと言い放つ。
確かに美影は「亡くなってしまったのではないか」という想像までしてしまっていた。だから『ゆのりんちゃんねる』は失踪せざるを得なくなって、復帰することもできない、と。
そう思っていたが、少なからず最悪の結果にはなっていないらしい。
美影は少しだけ安堵しつつも、結乃と視線を合わせる。
しかし、結乃は「でも」と呟くと同時に俯いてしまった。
「お姉ちゃんは……一年前、交通事故に遭いました。もう退院はしていますが、右腕をなくしてしまうほどの大怪我をしてしまって……。だからもう、活動はできないんです」
その声は、耳を澄まさなければ聞こえないほどに弱々しいものだった。
結乃はいったい何を思ってこの事実を話してくれているのだろう。
もしかしたら、振り返りたくはない過去だったのかも知れない。忘れようと必死になっているところだったのかも知れない。
そこに、美影が土足で踏み込んでしまった。
「ごめんなさい……っ」
まるで美影から逃げ出すように、結乃は屋上の扉へ向かって駆け出す。
ガシャンという鉄扉の音が聞こえても、結乃の足音が聞こえなくなっても、美影は固まったまま動けなかった。
知ってしまった真実と、自分が彼女の気持ちを揺さぶってしまったという現実。
二つが混ざりに混ざって、だんだんと気持ちが悪くなってくる。
「何が……」
――何が、ヒロイン攻略だ。
と、叫びたい衝動に駆られた。
しかし、すんでのところで堪え、代わりにじわりと目頭が熱くなる。視界が悪くなると同時に、美影はその場にしゃがみ込んだ。
「わた、し……は…………」
本当に、何をやっているのだろう。
確かにここ数週間で美影の人生は変わった。
紡の「悩んでいる時点で前に進もうとしている」という言葉に心が動かされ、陽花里にファンだと告白して、汐音と友達になって……。振り返るだけでも目まぐるしくて、ちょっと前の自分では考えられない展開になっている。
でも、だからって、何だというのだろう。
少し変われたからって、次も上手くいくとでも思っていたのか?
ゲーム感覚で彼女に近付いたのか?
汐音の時と同じように、自分がすべてを解決できるとでも思っていたのか?
――馬鹿じゃないのか、私は。
俯いたまま、美影は両手を握り締める。
どれだけ顔を強張らせたって、頬に涙が伝ったって、傷付いた結乃の心が癒える訳ではない。起こしてしまった事実はもう元には戻らなくて、謝りながら駆け出す結乃の姿が何度もフラッシュバックされる。
「…………謝らなきゃ」
両手で目元を拭い、美影はやっとの思いで立ち上がる。
ごめんなさい、と言わなきゃいけないのは自分の方なのだ。一度ショックを受けて動けなくなるようでは、今までの自分と何ら変わりもない。
悩んでいる時点で前に進もうとしている。
その言葉を胸に、ここまで頑張ってこられたのだ。
今から結乃を追いかけても間に合わないかも知れない。
だけど、身体は勝手に動き出していた。
「……っ!」
しかし、屋上の扉を開けた途端にその足は止まってしまう。
すらりと高い身長に、桜色のサムライポニーテール。琥珀色の瞳に、左目には泣きぼくろ。そして何より存在感を放っているモノクル。
こんなにもキャラが強い生徒は、一人しか身に覚えがない。
「
「あぁ、惜しいです。それはよく間違えられるのですが、私の苗字は西連寺ですよ」
「…………ごめんなさい」
ぼそぼそとした声で謝る美影に、桜士郎は首をすくめて苦笑を浮かべてみせる。
彼の苗字を間違えるのはこれで何度目だろうか。今回こそは普通に呼んだつもりだったが、微妙に間違えてしまったらしい。
申し訳ない気持ちになりながらも、美影の思考は別のところへ向かっていた。
「あの、西連寺くん。……一年生の女の子、見かけなかった? よく教室に来る、作島さんって人なんだけど」
「作島さんなら、紡が追いかけていきましたよ」
「え……?」
予想外の言葉に、美影は素っ頓狂な声を上げる。
だいたい、桜士郎がここにいること自体驚きなのだ。ついさっきまで、二人は保健室へと向かっていたのではないのか。
……という美影の混乱を察したのか、桜士郎はこれまでの経緯を話してくれた。
美影が急に駆け出した時、紡と桜士郎も屋上にいる結乃の姿を見つけたらしい。
足を挫いて歩きづらいはずの紡が美影を追いかけるように走り出し、桜士郎も慌ててその後を追ったのだという。美影の「早まらないで!」という声を聞いてから、ずっと屋上の扉の前で聞き耳を立てていたらしい。
基本的に、結乃と美影の会話はボリュームが小さくよく聞き取れなかった。
しかし、最後に結乃が「ごめんなさい……っ」と叫んだ声は聞こえたらしく、その後すぐに結乃と鉢合わせになった――というのがここまでの経緯だった。
「作島さんは私達と目が合っても、すぐに逃げ出していきました。その後を紡が追いかけていった……という訳なんです」
「そう、なんだ……」
桜士郎の説明を聞き終えると、美影はどこか上の空のような返事をしてしまった。
だって、仕方がないではないか。
(瀬崎くん、やっぱり主人公だな)
――と、どうしても思ってしまうのだから。
結乃に近付こうと頑張った結果、彼女を傷付けてしまった。その代わりに、紡が結乃を励ますイベントが発生してしまった、だなんて。
どうしたって、乾いた笑いが止まらない。
まるで、主人公とヒロインの仲を深めるために動いたモブみたいだ。いや、モブというより悪役と言った方が正しいだろうか。触れられたくない記憶に踏み込んだのだから、嫌われたって仕方のない話だ。
(ちゃんと謝れるのかな、私)
そんな当たり前のことさえも、だんだんとできるかどうか不安になってくる。
だけど、彼女とはこれから先も二年A組の教室で顔を合わせることになるのだ。チャンスならいくらでもあるし、いつかはきっと謝れるはずだ。
(ついさっきまでは、すぐに謝らなきゃって思ってたのにな)
ようやく自分の中に芽生えていたはずの勇気が、情けなくしぼんでいってしまう。
「大丈夫ですか……?」
と不安げに訊ねてくる桜士郎に対して、ちゃんと返事ができたのか、できなかったのか。そんなことさえわからないまま、美影はとぼとぼと階段を下りていくのであった。
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