第二章 先輩と音楽と私

2-1 先輩を求めて

 紡のヒロイン達を攻略すると決めたのは良いものの、初めに声をかけるのは誰にしようか。……なんて、考えるまでもなかった。

 陽花里はまだファンだと伝えられただけで精一杯だし、結乃も動画を観ていたのだからファンであることと変わりない。


 となると、残るは汐音だけだ。

 汐音とは少し会話もしているし、むしろ積極的に接してくれる。

 それに、


「……またね、美影ちゃん」


 別れ際、ぎこちない笑みを浮かべていた汐音の姿が頭から離れないのだ。完璧に見える先輩の悩みを、果たして自分が解決できるのか。そんなのはわからない。

 でも、話を聞いてみたいという気持ちははっきりと存在していた。



 と、いうことで。

 翌日の放課後、美影は意を決して三階へと向かっていた。

 栗ヶ原高校の教室は一年生が一階、二年生が二階、三年生が三階という具合にわかれている。美影が三階に上がることはもちろん初めてで、その時点で挙動不審になってしまっていた。


(ど、どうしよう……。鈴原先輩ってどこのクラスなの)


 険しい顔で三階の廊下を彷徨う美影。

 こんなことなら、勇気を振り絞って紡に「鈴原先輩って三年何組なんですか?」と聞けば良かった。


(…………いや、まぁ、それも無理か)


 ははは、と心の中で乾いた笑みを零す。

 すると、


「どうしたの。誰か先輩を探してるのかな?」


 さっきから右往左往している美影に気付いてくれたのか、緑色のスカーフの女子生徒が声をかけてきてくれた。隣にはその友人らしき女子もいて、「どう見てもそんな感じでしょ」と笑っている。


(二人の先輩に囲まれた……っ)


 緊張のあまり、ピシッと背筋を伸ばす。

 少しだけ口ごもってから、美影は何とかして二人に訊ねた。


「あっ、あの……。鈴原先輩ってどこのクラスでしょうか……?」

「あぁ、汐音ね。あたしらと同じクラスだよ。確かバスケ部の応援に行くって言ってたような……。ねぇ?」

「うん。確か練習試合があるからとか。だから体育館だと思うよ」

「あ……。そうなんですね」


 意外と早くに居場所がわかり、美影はほっと胸を撫で下ろす。

 安心したのが先輩二人にも伝わったのか、「じゃねー」と手を振って去っていこうとする。


「あ、えっと……。ありがとうございましたっ」


 お礼はちゃんと言わなくてはいけない。

 そう思って慌てて言い放つと、思った以上に声のボリュームが大きくなってしまった。先輩二人にクスクスと笑われてしまって、恥ずかしさでどうにかなりそうになる。

 しかし、何とか堪えて体育館へと向かうのであった。



「え、いない?」


 体育館に辿り着くと、そこに汐音の姿はなかった。

 しばらく唖然としていたが、いつまでもぼーっとしている訳にもいかない。やがてクラスメイトの女子を見つけた美影は、ちょっとだけ躊躇ってから声をかけた。


「鈴原先輩って、応援に来てた先輩のことでしょ? なんか急に美術部の子が来て、モデルを頼みたいって言って連れて行っちゃったよ」

「……そ、そうなんだ……」


 何となく想像はできていたが、汐音は人気者らしい。

 初対面の美影にもあの距離感なのだ。コミュ力がカンストしている分、交友関係も広いのだろう。無理矢理納得しながら、美影は美術室へと向かった。



「あれ」


 美術室まで辿り着き、美影はそっと中の様子を窺う。

 するとそこには、汐音――ではない、見知った人物がいた。


「森山さんじゃないですか。どうしました?」

「あー、ええっと……天王寺てんのうじくん」

「……西連寺ですよ?」

「あぁっ。さ、西連寺くん」


 あまりにも予想外の人物すぎて、咄嗟に名前を間違えてしまった。

 ペコペコと頭を下げて、美影は改めて彼――桜士郎を見つめる。

 桜色のサムライポニーテールに、モノクルに、左目の泣きぼくろに、透き通った肌に……。様々な要素がてんこ盛りの彼は、美術室でも異様なオーラを放っていた。


「あの、私……鈴原先輩……あー、えっと、鈴原先輩っていうのは瀬崎くんと仲の良い先輩なんだけど、その先輩にちょっと用事があって。それで探してて……」


 言いながら、もっと言葉をまとめられないのかと自分自身でもやもやしてしまう。しかし桜士郎はすぐに理解してくれたらしい。

 でも何故か、苦笑を浮かべられてしまった。


「確かにさっき、鈴原先輩には会いました。ですが……」


 困ったように頭を掻きながら、桜士郎はこれまでの経緯を説明する。

 放課後、桜士郎は昇降口でそわそわしている一年生の女子生徒を見かけたらしい。どうしたのかと訊ねると、汐音を探しているということだった。とりあえず三年生の教室まで行こうとしている最中に汐音と遭遇。


「す、鈴原先輩! その……今日の授業でわからないところがあって、良かったら教えて欲しいんですけどっ」


 というのが、一年生の要件だった。

 しかしその時の汐音は美術室に向かっているところで、うーんと眉根を寄せてしまう。やがて汐音は閃いたように、


「そうだ。西連寺くん、ボクの代わりにモデルになってきてくれないかな? 美形だから、きっと美術部の皆も喜んでくれるよ」


 という無茶な提案をしてきたらしい。

 一年生からも「お願いします!」と頭を下げられ、桜士郎はモデルになることになった――というのが、これまでの出来事のようだ。


「…………す、凄い、ですね」


 色んな意味でカオスな状況に、美影も苦笑することしかできない。

 桜士郎もさぞかし困っているだろう。……と思ったら、モノクル越しの琥珀色の瞳は心なしか輝いているように見えた。

 もしかすると、意外とノリノリなのかも知れない。


「一年C組と言っていたので、二人はそこにいるのかも知れません」

「そっか、ありがとう。……ええっと、モデルも頑張ってね」

「っ! はい、頑張ります!」


 そんなに美影が「モデルも頑張ってね」と言ったのか意外だったのか、桜士郎は一瞬だけ目を見開いてから優しい笑みを浮かべる。

 そのタイミングで「西連寺くん、そろそろー」と美術部の部員に呼ばれ、桜士郎は指定の席へと戻っていった。桜士郎に軽く手を振られ、美影もぎこちなく振り返した……のだが。


(やっぱり、慣れないなぁ)


 クラスメイトとの会話でさえ、こんなにも緊張してしまう。

 そんな自分に情けなさを覚えつつも、美影は一年C組の教室へと急ぐのであった。

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