1-6 モブの私にできること
昼休み。
いつものように屋上の隅っこで弁当を食べながら、美影はぼーっと空を仰ぎ見る。普通ならさっさと弁当を食べ終えてライトノベルを読んでいるのだが、今日ばかりは頭が上手く働いてくれなかった。
だって、はっきりとわかってしまったのだ。
瀬崎紡は完全にラノベの主人公である、ということが。
声優の幼馴染がいるだけでも凄いことなのに、人気ゲーム実況者の後輩がいて、ボクっ娘でお隣さんな先輩までいる。
汐音には実際に紡が好きだと告白されたが、陽花里も結乃も様子を見ていれば恋をしているのだとわかってしまう。
そんな中に――ただのモブである美影が入っていくことはできるのだろうか?
なんて、考えるまでもなくわかる話である。
できない。無理。どう考えたって無理ゲー。ありえない。
こんなにも自分を卑下することはないかも知れないが、強敵が三人もいたらこんな気持ちにもなるってものだ。
(……どうしたら良いんだろう)
母親が作ってくれた甘い卵焼きを口に運びながらも、美影は相変わらず上の空状態だ。本当だったら一番テンションの上がるおかずだというのに、「美味しい」という気持ちが心の奥底に溶けて消えていってしまう。
「はあ……」
ため息とともに下を向くと、いつの間にか弁当箱の中身が空になっていた。美影は水筒の麦茶を一口飲んでから、弁当箱をランチバッグにしまう。
それから自然な動作でライトノベルを取り出し……美影ははっとした。
(こんなことしてるのが、まず問題なんじゃ……?)
ぼっち飯をしているというだけでも問題があるのに、人目のつかない場所でこそこそと食べ、休み時間ギリギリまでラノベで時間を潰す。改めて自分の行動を思い返してみると、酷いものだった。
(まずはここから一歩、踏み出さないと)
変わりたい。
少なからず、紡にとってのモブのままではいたくない。
そのためには、いったい何ができるのだろう。どうしたら、大きな一歩を踏み出すことができるのだろう。今の今まで現状維持が精一杯だった自分は、どうやったら動き出せるのだろう。
手に取ったライトノベルの口絵イラストをじっと見つめたまま、美影は考える。主人公とメインヒロインの幼馴染が背中合わせで立っていて、その奥で二人のサブヒロインが複雑そうな表情をしている。そんなイラストを見ていると、まるで紡のような状況だな、と美影は思う。
(…………そっか)
やがて、美影は気が付いた。
自分が目指すべき場所。それは、「紡の物語」にとっての重要人物になることだ。
そのためにまず、モブの美影がやるべきことは……。
――美影自身が、ヒロイン達を攻略してしまおう。
と、いうことだ。
いや、もちろんわかっている。
陽花里も結乃も汐音も、すでに紡が攻略済みだ。きっと、誰かが紡に告白してしまえば一気に物語は加速するのだろう。
だからこそ、美影は急がなくてはいけないのだ。
汐音は今朝、何かを悩んでいそうな表情をしていたし、結乃はゲーム実況者としての悩みもあるだろう。陽花里のことだって、ファンでクラスメイトという立ち位置で寄り添うこともできるはずだ。
彼女達と向き合っていけば、今はモブの美影だってあの輪の中に入っていけるかも知れない。そうしたら、ヒロインに昇格することも夢じゃないのだ。
「ふ、ふふ……」
思わず笑みが零れて、美影は慌てて口を塞ぐ。
随分と無謀なことを考えているはずなのに、何故か心は弾んでいた。もしかしたら、前に進もうとしていること自体にわくわくしているのかも知れない。
まさか、自分の中にこんなにもポジティブな気持ちが紛れ込んでいるとは思わなかった。
悩んでいる時点で前に進もうとしている。陽花里に向かって放たれたはずの言葉が、やっぱり美影の心に優しく溶け込んでしまう。
あぁ、馬鹿だなぁ、と思った。
自分に対しての言葉じゃないのに、ここまで影響されてしまっている。紡がまったく知らないところで、一人のクラスメイトの人生を変えてしまったのだ。
本当に、不思議な話もあったものである。
そうと決まったら、美影にはまずやらなくてはいけないことがある。
何せ、美影はコミュ力が壊滅的なのだ。
いきなり先輩や後輩に声をかけにいくのはハードルが高すぎて、早速めげそうになってしまう。
だからまずは、ずっとできなかったことをしよう、と美影は思った。
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