1-3 後輩ちゃんの正体

作島さくしまさん、今日も来たんだ」

「……すみません、ご迷惑……ですよね」


 紡に声をかけられた少女の苗字は作島というらしい。

 さっきからずっとおどおどとしていて、視線も俯きがち。もしかしたら、彼女も美影と同じようなコミュ障なのかも知れない。


(まぁ、私と違って愛嬌があるけど。声も可愛いし)


 思わず自虐的なことを考えてしまう美影。

 しかし、これは仕方のない話なのだ。さくらんぼの髪留めでツインテールにした胡桃色の髪に、牡丹色の大きなたれ目。小柄なところも含めて可愛いに溢れているのだが、その上彼女は……良いものを持っているのだ。


 そう、美影と違って。


(って、うっさいわ)


 一人でノリ突っ込みをしながら、美影はおのれの慎ましやかな胸元に手を当てる。何だか悲しくなってきた。

 何で自分は放課後の教室に留まっているのだろう。そんな疑問を頭に浮かべながらも、美影は未だに動けずにいる。


 だって、彼女は後輩キャラだ。

 そんな後輩キャラな彼女は、どうやら紡と接点があるらしい。幼馴染の声優のみならず、可愛い後輩までいたなんて。


「まぁ、何だ。俺も部活行かなきゃいけないし、それに……俺じゃなくて陽花里に直接話しかけてくれるか?」

「…………それは、恐れ多いです」

「その割には、毎日ここに来てるんだよなぁ」


 紡は困ったように頭を掻く。

 察するに、彼女は紡が目当てで来ている訳ではなく、陽花里に会いに来ているということだろうか?

 美影と同じく声優としての陽花里のファンで、足しげく放課後の教室に通っている、と。そう考えると、彼女の行動力には感心してしまう。未だにファンであることすら告げられていない美影とは大違いだ。


結乃ゆのちゃん、いつもありがとうね。あたしは紡と違って部活もしてないし、仕事がある時以外は暇だからさ。そんなに恐縮しなくても大丈夫だよ」

「へぇあっ、は、はいっ!」


 陽花里に名前を呼ばれ、彼女――結乃は背筋を伸ばす。

 まるで小動物のような結乃と、紡と話している時よりも大人びた口調で話す陽花里。まるでリリースイベントで対面するファンと声優のようだ。


「えっと、あの……。昨日の『だけポン』観ました! いつにも増して千頼ちより先輩が可愛くて、凄く良かったです!」

「あ、観てくれたんだ、ありがとう。あの回の千頼は可愛いよね。でもその分、収録は苦労してさ……。またラジオでも話すんだけど、リテイク祭りで」

「わっ、そうだったんですか。でも、本当に素敵だったので……!」


 すぐ近くで、美影が夢に見たような光景が繰り広げられている。

 結乃の言う『だけポン』とは、放送中のアニメ『頼れる先輩が僕の前でだけポンコツ可愛い』のことだ。

 ライトノベル原作のアニメで、美影ももちろん観ている。というよりも原作からのファンで、ヒロインの千頼を陽花里が担当しているのだがそれがもうハマり役すぎて、いつかこの思いを伝えたいと思っていたところだった。


(良いなぁ、結乃ちゃん。…………結乃ちゃん、かぁ)


 当然のように、美影は羨ましい気持ちに包まれる。

 しかし、そことは別の感情も同時に存在していた。甘ったるい声と、『結乃』という名前。初対面のはずなのに、頭の中に何かが引っかかるような感覚。

 最後のピースさえ揃えば、はっきりとわかりそうな気がした。


「結乃は……やっぱり千頼先輩が久城さんの演じるキャラクターの中で一番好きなんです」


 ――あっ!


 という声が出そうになり、美影は思わず口を噤む。

 彼女の一人称は、予想外なことに「結乃」だった。その一人称が美影にとっての最後のピースとなり、じわじわと驚きへと変わっていく。


 作島結乃。

 彼女はただの小柄な後輩キャラ……という訳ではなかった。

 たった今、確信してしまったのだ。


(嘘でしょ。結乃ちゃんってもしかして……『ゆのりんちゃんねる』の……っ?)


 彼女は、動画配信サイトで活動するゲーム実況者だった。

 ユーザーネームはひらがな名義の「ゆの」で、チャンネル名は『ゆのりんちゃんねる』。美影の記憶が確かならば、チャンネル登録者数は十万人を超えていたような覚えがある。その甘い声とゲームを全力で楽しむスタイルが人気を博し、美影もよく元気をもらっていた。「ゆの」という一人称も特徴的で、てっきり動画のためのキャラ作りだと思っていたのだが。


(まさか、リアルでもそうだったとは)


 ちらり、と横目で結乃を見つめる。

 声優のみならず、人気ゲーム実況者まで同じ学校にいるとは思わなかった。しかも容姿まで可愛いときたものだ。色々と反則である。

 正直、結乃にまで同じ土俵に立たれてしまったら大変だ。思わず再び頭を抱えたくなる美影だったが、心のどこかでは「それは大丈夫だろう」と安堵している部分もあった。


 だって、結乃は紡に会いに来た訳ではなく、陽花里が目当てでここに来ているのだ。

 陽花里の幼馴染、というステータスがあるから紡に話しかけているだけで、それ以上の感情はない。


 ……と、思っていたのだが。


「あれ、瀬崎先輩は……?」


 いつの間にか紡の姿がないことに気が付き、辺りをきょろきょろと見回す結乃。眉は不安げに下がっていて、陽花里は小さくため息を吐いた。


「あぁ、いつも通りひっそり部活に行ったみたい。変に気を遣わずに、何か声をかけてから出ていけば良いのにね」

「……そう、ですね……」


 おやおやおやおや、と美影の心が騒ぎ出す。

 とりあえず一つ言えることは、


 ――フラグの回収、早すぎない……?


 ということだった。

 どう見ても「それ以上の感情はない」訳がない、寂しそうに目を伏せる結乃。さっきまでのテンションの高さはどこへやら、教室の扉をじっと眺める結乃の瞳は愁いを帯びている。


 これは、完全に恋するヒロインの顔だ。

 相手はもちろん瀬崎紡。彼は声優の幼馴染だけでなく、こんなにも可愛い後輩キャラともフラグが立っていたのだ。


「…………」


 やがて陽花里や結乃、桜士郎も教室を去っていき、美影だけがぽつりと残される。

 不自然に教室に残っている美影だったが、誰にも気に留められることはなかった――と言いたいところだが、桜士郎だけが美影に会釈をしてくれた。流石は紡の友人キャラだ。優しすぎて涙が出そうになる。

 友人キャラ=良いやつなのは、やはり大事なポイントなのだとしみじみ感じる美影だった。

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