1-2 彼の友人はキャラが濃い
こんなにも自分の心が動いたと感じるのは初めてのことだった。
なんて言ったら、大袈裟に思うのかも知れない。でも、教室に戻ってからの美影はとにかくぼーっとしていた。
(瀬崎くん、かぁ)
五限目の授業がとっくに始まっている中で教室に入るのはとても勇気のいることで、「ちょっとお腹の調子が悪くて」と言い訳をして何とか誤魔化すことができた。
しかし、そんな緊張するイベントが終わった途端に、
(……えへへぇ……)
美影の心の奥に眠っていた乙女モードが炸裂してしまった。
おかしい。
自分はアニメやゲーム、ライトノベルが好きだが、どちらかと言うと男性向けの作品が好きなのだ。シミュレーションゲームも乙女ゲーよりギャルゲーだし、二次元の女の子や女性声優さんに対してキャーキャー言うタイプのはずだった。
自分は趣味に生きる人間で、恋とか全然ありえない。
(…………と、思ってたはずなのになぁ)
授業中、ついつい横目で紡の姿を見つめてしまう。
決してぱっとしない訳ではない。むしろイケメンに分類される容姿だろう。鋭い目つきが怖い印象を持たせるが笑顔が素敵な人で、幼馴染の悩みにもまっすぐ向き合ってくれる人。
今まで陽花里の幼馴染という印象しかなかったが、あんなにも優しい一面を見てしまったのだ。否が応でも紡のことを意識してしまうようになってしまった。
(ああああああ……)
授業そっちのけで、美影は頭の中に悲鳴を浮かべる。
仮にこれが恋だとしたら、間違いなく久城陽花里がライバルということになるのだ。幼馴染で、声優で、そして何より可愛い。
どう考えても勝てっこない相手に、美影はやはり頭を抱えるのであった。
結局、五限目の数学にも、六限目の現代文にもまったく集中することができなかった。授業を真面目に受けることだけが取り柄のはずだったのに、おかしな話もあったものである。
そんなこんなで訪れた放課後。
帰宅部の美影はいつもだったらさっさと帰ってしまうが、今日ばかりは自分の席から動くことができなかった。
(それにしても、いつ見ても濃いなぁ)
美影の視線は当然のように紡――の後ろの席にいる人物に向けられていた。
紡は美影と同じくぼっち……である訳もなく、友人がいるのだ。
「紡は今日も部活ですよね。いってらっしゃいませ」
仰々しく頭を下げ、紡に向かって温かな笑みを浮かべている彼の名前は、確か――
百八十センチは超えていそうなほど、すらりと高い身長。
桜色のサムライポニーテールに、左目の泣きぼくろ。男性にしては白く透き通った肌。そして何より、かけている眼鏡が『モノクル』であるということ。
モノクルとはつまり、片眼鏡ということだ。あんなの、アニメや漫画のキャラクターでしか見たことがない。なのに彼は自然と身に着けていて、むしろ彼が高校生であることの方が不思議なくらいの似合いっぷりだった。
休み時間に本を読んでいるだけで絵になって、クラスメイトからは「王子」と呼ばれているくらいの存在だ。
「桜士郎。いってらっしゃいませはやめろって言ってるだろ」
「いえいえ。これはただの私の癖みたいなものなので、諦めてください」
「そんな爽やかな笑顔で言われてもなぁ」
完璧な笑みを浮かべる桜士郎に、苦笑を漏らす紡。しかし、その苦笑の中には確かな温かさを感じられ、そんなに呆れている訳でもなさそうだ。
(って、私は何を観察しているんだ……っ)
慌てて二人から目を逸らし、鞄をぎゅっと握り締める。
確かに桜士郎はキャラが濃い。容姿も、いつも敬語なところも、一人称が「私」であるところも、何もかも。少々属性が渋滞しすぎている感もあるが、美影にとって眩しい存在であることに変わりはなかった。
(とりあえず今日は、帰ろうかな)
普段気にもしない桜士郎に注目しているということは、紡を意識してしまっている証拠だ。
そんなことはとっくにわかっているのだが、如何せん美影はコミュ障である。紡や桜士郎、ましてや憧れの声優である陽花里にあいさつができる訳もなく、美影は無言で席を立った。
いや、厳密には「席を立とうとした」と言った方が良いだろうか。
「お、お疲れ様です……っ」
二年A組の教室の中に、小さな少女が現れた。
多分、身長は百四十代じゃないだろうか。小柄な陽花里よりも更にミニマムな少女は、美影達と同じ栗色のセーラー服に身を包んでいる。しかしスカーフの色は違い、青色だった。
(後輩ちゃんだ……)
美影達が通う栗ヶ原高校では女子はスカーフ、男子はネクタイの色が学年ごとに違っている。三年生は緑、二年生は赤、そして一年生は青。
つまり、この少女は一年生の後輩ということになる。
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