第53話 小さすぎる!

「あ、あへべばぁべあるぶべべべぃぅぇぇ……」

「お、お姉ちゃん? おーい? あれ……壊れちゃったかな」


 な、なんなんだこの空間は!? 本当にこれは現実なのだろうか。

 視界に映るのは小さくて、薄い、そして、カラフルな可愛らしい布切れたち。

 形は下着と似ているけれど、その、何というか紐のやつがあったり、大事な部分しか隠せないような面積しかないやつがあったり……これらを着て砂浜を歩くなんて、考えただけでも恥ずかしさで死んでしまう!

 いや、目に入れているだけでも、脳みそが沸騰してしまいそうだ! いつも下着は見ているけれど、真白の下着はどれも上品で、とても可愛いものばかりだ。

 それに比べて、ここは……あまりにも刺激的過ぎる! 破廉恥すぎる! こんなの着れるはずがない!


「お姉ちゃん! お姉ちゃん!」

「はっ!」


 気がつくと、目の前に琥珀の顔が近づいてきていた。慌てて飛び退くと、彼女は不満そうに顔を歪める。


「どうしたの? 急にボーっとしちゃって。もしかして……私の水着姿を想像しちゃった?」

「してないよ! それにいつも一緒にお風呂に入っているんだから、別に想像するほどのものでもないでしょ」

「むぅ〜お姉ちゃんってたまに冷たいよね」

「そんなことないと思うけど」

 むしろ、琥珀が甘えん坊すぎて、相対的に俺が冷たい感じになっているだけだと思うのだけど……。


「それでお姉ちゃんはどれにするの?」

「どれって……」


 改めて辺りを見渡すと、そこには数え切れないほどの種類の水着たちが並んでいる。

 正直、この中の一つを選ぶと言うのは難しい……。それにどれを着ても恥ずかしいことに変わりはない。


「お姉ちゃんはやっぱり清楚系がいいよね〜」


 琥珀はそう言って、白いビキニを手に取る。

 確かにそれはピンクだの、赤だの派手な色のものよりは清楚といあるかもしれないが……ぬ、布がちっちゃい!

 どうして、どうしてなんだ……下着とは違って人目に晒すものなのに、どうして下着より露出度が高いんだ……。

 それに、布が薄い分、身体のラインがモロに出てしまう。こんなのもはや下着で外に出るのより恥ずかしいじゃないか! 世の女性たちはこんなものを身につけて砂浜を歩いていたのか……。


「ねぇ、お姉ちゃん」

「ふぁい!?」

「これ、着てみてよ。絶対に似合うから」


 そう言って、彼女は手に持っていたものを俺に手渡してくる。


「え……あ、あ……え」

「ほらほら、早く」

「あう、うううううう」


 い、いや、もしかしたら着てみたら以外と恥ずかしくないんじゃないか……。それに琥珀も勧めてくるくらいだし、もしかしたら意外といい感じなんじゃ……。

 琥珀から水着を受け取ると、意を決して試着室の中へと入った。


「うぅ……は、恥ずかしいな……」


 鏡には真っ赤になった自分の姿が映し出されている。

 その表情には羞恥心が滲んでおり、瞳には涙が浮かんでいた。


「でも、琥珀がせっかく選んでくれたものだから……」


 そっと帯を引っ張ると、スルスル着物が脱げていく。それからすぐに肌が露わになり、胸元が空気に晒される。

 心臓がバクバクと音を立てている。もしかしたら周りに聞こえてしまっているのではないだろうか。

 そう考えると余計にドキドキしてしまう。


「よし……」


 覚悟を決めて、渡された布切れに手を伸ばした。

 やはり小さい。

 下着姿も、裸も、一緒にお風呂に入るのも、少し慣れてきたけれど、こんな、実質下着みたいなもので人前に出るなんて……緊張しないわけがない。

 震える手でゆっくりと足を通す。すると、太ももが締め付けられ、下半身に違和感が生まれる。


「うっ……」


 さらに上に持ち上げるようにして、腰の位置まで持ってくる。

 すると、生地が肌に密着し、身体の線がはっきりと浮き出てしまった。


「うぅ……うう……」


 下着と似ているようで、全く違う感覚。今までにない感触に戸惑いを隠せない。

 泳ぐにはこれくらい吸い付く方が都合が良いのだろうが、この感覚は妙な羞恥心を覚えてしまい、落ち着かない。


「んっ……」


 続いて、上の方に取り掛かる。

 紐を結ぶ種類らしく、まずは背中の方で交差させる必要があるみたいだ。


「う……」


 小さな手でなんとか結び目を作ろうとするが、うまくいかない。細めの帯でも難しかったのに、こんな細い紐どうしたら……。


「んんっ……んんんっ!」


 それでも頑張って、なんとか形を作ることはできた。

 あとは首元で結ぶだけなのだが、これがまた難しい。


「ふっ……」


 息を止めながら、必死に結び続ける。

 何度もやり直し、ようやくうまくいった。けど、少しキツく締めすぎてしまったかも……。胸元が苦しい……。

 真白のはそれほど大きいわけではないけど、男では到底経験できない感覚だ。


「で、できたよ……」


 カーテンを開けると、琥珀だけでなく、みんなの視線が俺の水着姿に集まった。


「おー! お姉ちゃん。やっぱ似合ってるよ!」

「そ、そそそ、そう……かな?」


 震えた声で尋ねる。


「うんうん。なんか新鮮で良いわね!」

「あ、ありがとう……」


 素直な褒め言葉が胸に染みる。けど、恥ずかしくてまともに顔を合わせられない。

 こんな破廉恥な格好。やっぱり人前に晒していいわけがない!


「うう……」

「どうしたんですか? もっと背筋を伸ばして! 可愛らしい顔を見せた方が! キマると思いますよ!」

「こ、こう?」


 言われた通りに、背筋を伸ばしてみる。そうすると、胸が突き出されて、谷間が強調される。体のラインも丸見えになってしまって、すごく恥ずかしい……。


「はい! そうです!」

「うっ……」


 依狛は満足そうに微笑む。

 俺はもうダメかもしれない。恥ずかしすぎて死んでしまいそうだ!

 今はまだ、琥珀達だからいいものの、これを着て公衆の面前に出るなんて無理! 絶対に無理!


「あうう……」

「あれ、縮こまっちゃった」

「もっと…………のがいい」

「え?」

「もっと、肌が隠れるのがいい……」

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