青い海、蒼い空、そして……

第49話 海へ

「ありがとう……ございました……。またのお越しをお待ちしております……」

「はい。失礼します」


 少女に見送られながら、旅館の正面玄関をくぐる。結局、あの人とは殆ど会話をしなかったけれど、女将さんとかだったのかな……。いや、それにしては若い気も……。


「うっ……」


 日光が瞳を穿ち、思わず目を細める。

 空は雲一つない快晴。眩しいくらいの日差しに目が痛い……。

 雨よりはマシかもしれないけれど、これはこれで旅に支障をきたしそうだ。


「ほら、これ被っときなさいよ」


 少し照れたような声と共に笠が差し出された。その先にいるのは勿論、千鶴である。


「あ、ありがとう……」


 俺はそれを受け取ると、早速頭にかぶってみた。軽い。全身を日光から防いでくれる割には被っている感覚が全くない。


「せっかく綺麗な肌なのに焼けたら大変だもの」

「それもそうだね」


 炎天下でも気にせず肌を晒していた頃がもはや懐かしい。やっぱり女の子は肌の手入れとかもちゃんとやらないとダメなのかな。ここ数日気にしてなかったけど、今夜は保湿とかもしてみようかな……。真白が真黒になっても困るし。


「ところで、次の目的地はどこなんですか?」

「んっ、目指すはここから南東。海の都、汐彩。おそらくそこに目的の女がいる」

「汐彩……ってあの汐彩ですか!? 海で遊べるって言う!」


 雲雀の話に依狛が興奮気味に鼻息を荒げている。どうやら、彼女にとって憧れの地のようだ。

 尻尾も左右に揺れているし。


「どの汐彩かは知らないけれど……海には入れると思う」

「うひょ〜! マジマジのマジですか? もう、最高です!」


 依狛は喜びを抑えきれない様子で飛び跳ねている。その姿はまるで子供のように無邪気で可愛らしい。


「はいは〜い。あんまりはしゃがないでよ。他の人の迷惑になるから」


 興奮冷めやらぬ尻尾を琥珀が掴んで引き寄せた。


「うぅ……良いじゃないですか……少しくらい。琥珀様だっていつもは真白様と……」

「何か言った?」


 琥珀の鋭い視線が突き刺さる。その圧力に依狛は言葉を詰まらせる。そして、「いえ……」と小さく呟くと黙り込んでしまった……。

 何だか可哀想だな……。


「そもそも犬は毛が水を吸って泳げないんじゃないの?」

「いえ、自分の毛は水捌けがいいので、問題ありません」

「へぇ……」

「琥珀様と真白様はダメなんですか?」

「私は濡れるのは嫌いじゃないけど、泳ぐのはちょっと……」


 弱気な顔を見せる琥珀は珍しい。常にこのくらいおとなしければいいのだけど。


「真白様は?」

「私は泳げるんじゃないかな? たぶん……」

「な、なんですかそれ……」

「あはは……」


 技術的には問題ないはずでも、体が真白である今、泳げるかどうかはわからない。腰に大きな尻尾もあるし。


「雲雀様は……まあ、無理ですよね」

「外見で決めつけるのは良くない」

「え? 泳げるんですか? その羽で?」

「泳げるわけない。普通に考えて。依狛は馬鹿」

「ひ、ひどい……自分で誘導しておいて……」


 依狛は目尻に涙を浮かべている。雲雀も酷いが、彼女の言葉に素直に乗ってしまう依狛も依狛だ……。

 ただまあ、みんなから罵詈雑言を浴びせられる依狛には少し同情してしまう。


「ほら、いつまでも喋っていないで行くわよ」


 先頭を歩いていた千鶴がこちらを振り向くと、俺たちに呼びかけた。


「はいはい」


 琥珀はため息混じりに返事をして、歩き出す。俺もそれに続くように一歩を踏み出した。


「はあ、温泉一回しか入れなかったなぁ」


 俺の隣を歩く琥珀が残念そうにそう漏らした。


「また来ればいいんじゃない?」

「やだよ。めんどくさいし」

「えぇ……」


 名残惜しいのか、名残惜しくないのか、よくわからない……。


「まあ、大丈夫だよね。お姉ちゃんと入れば、どんなお風呂でも楽しいもん」

「そ、そうかな……」

「うん! だから、ずっと一緒にいようね! お姉ちゃん!」


 琥珀が満面の笑みで俺の手を握る。その笑顔に俺もできる限りの笑顔で返した。

 彼女がたとえ真白とのお風呂のことを言っているのだとしても嬉しいのだ。


「うん……ずっと一緒だよ……」


 俺はそう言って握り返す手に力を込める。すると、彼女は満足そうな表情を見せた。

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