第96話 狒々神討伐

 狒々神が現世に受肉して半日足らず。

 極めて短い時間であるが、確実に学習能力は向上していた。馬喰峠に取り残された兵を喰い尽くす事に、余計な手間を取らされたからだ。

 餌贄えにえという生物は、とにかく動き回る。しかも散り散りに逃げる為、追い掛けて捕まえるのも面倒だ。逃げられる前に、多くの餌贄えにえを捕食する。餌贄えにえの群れが一塊のうちに、此方から攻め掛かりたい。

 それゆえ、狒々神は『後退』する事を覚えた。後退して距離を稼ぎ、体当たりで邪魔な障害物を打ち砕く。樹木を破壊した余力を生かし、餌贄えにえの群れに奇襲を仕掛けようとしたのだ。

 然し奇襲にならなかった。

 事前に居場所を突き止められていたので、餌贄えにえの不意を衝きようがない。それに樹木を押し倒しながら進む為、破壊音で距離と方角を悟られる。

 挙句の果てに、狒々神が転んだ。

 猛然と伐採場を駆ける途中、本陣から半町ほど離れた場所で、床板でも踏み抜いたように転倒。己の体重に疾走の加速を加えて、地面に顔面を叩きつけた。


 ホモ?


 困惑しながら起き上がり、狒々神は異変に気づいた。

 不自然に地面が抉れている。

 森林と伐採場の境目を区切るように、横長の空堀が設けられていた。横幅一町、縦幅一間。深さは一尋いちひろ。大仕掛けの罠の他にも、おゆらが大勢の下人を使い潰して造り上げたのだ。

 乱杭も埋火も仕掛けていないが、狒々神の突進を止められる。基本的に四つん這いで移動する狒々神は、両の拳が空堀に嵌まり込むと、前のめりに転倒するしかない。

 一時的に、狒々神の動きが止まった。


「むほぉおおおおおおおおッ!!」


 塙が頓狂な雄叫びを発した。

 総大将から待機と命じられていたが――敵の姿を視認したら、上役の命令など頭から吹き飛ぶ。否、最初から命令を守る気はなかった。軍令違反を気に留めていないからこそ、関ヶ原合戦でも先馳したのだ。


「サアキイガアケええええッ!!」


 黄金の持槍を小脇に、疾風の如き勢いで特攻。夜の闇に包まれた馬喰峠で、黄金色の甲冑が輝き踊り駆け抜ける。


 ホモ


「らぷたあああああああ――……」


 塙の断末魔が、馬喰峠に木霊する。

 どれだけ気合いを入れた処で、狒々神に持槍が通用する筈がない。槍穂が届く前に右腕で薙ぎ払われて、遙か彼方に飛んでいった。

 捕まえられて喰われないあたり、狒々神に餌贄えにえと認識されていたのかどうか……何はともあれ、予定通りの展開だ。猪突猛進。無法乱脈むほうらんみゃくな猪武者の突撃が、狒々神討伐開始の合図である。

 空堀で転倒していなければ、狒々神も察知していただろう。黄金甲冑が突撃する間に、ぱちぱちぱち……と無数の火蓋が切られた事に。

 伐採場に夜風が吹き抜けた時、耳を聾する轟音が鳴り響いた。

 二十七挺の火縄式鉄砲を用いた一斉射撃だ。

 塙の「むほぉおおおおおおおおッ!!」という奇声が合図となり、夜陰に紛れて散開していた護衛衆が、狒々神に向けて鉄砲を放つ。無論、得手不得手はあるが、幼い頃より武芸百般を叩き込まれているので、鉄砲の扱い方を知らぬ者はいない。

 鳴り響く銃声に驚き、狒々神が身を固めた。

 周囲から聞いた事もない音が響き、両腕や背中に痛みが奔る。餌贄えにえから攻撃を受けている――という事は分かるが、肝心の攻撃方法が分からない。火薬を扱う鉄砲の原理を知らない狒々神は、『銃声』と『痛み』の関連性も想像できない。

 しかも銃声が途切れない。

 因果を知らなければ、狒々神でなくても戸惑う状況だ。

 何故、火縄式鉄砲を連射できるのか?

 火縄式鉄砲は、一発の弾を撃つだけで時間が掛かる。慣れた者なら簡単だが、引き金を引くまでの予備動作が多い。

 火縄式鉄砲の発射手順は以前、おゆらが説明している。


 ①上薬を入れる。

 ②弾丸を入れる。

 ③上薬と弾丸を槊杖カルカで突き込む。

 ④火蓋を切り、口薬を込める。

 ⑤火縄を挟む。

 ⑥再び火蓋を切る。

 ⑦引き金を引く。


 火縄式鉄砲の熟練者でも、一連の動作を終えるまで三十秒近くも掛かる。それを護衛衆は、十秒程度で終えてしまうのだ。

 その理由は、独特な射撃法にあった。

 狒々神を取り囲む兵は、火縄式鉄砲の交換型射撃を実践しているのだ。

 最初に交換型射撃を考案したのは、戦国大名に傭兵として雇われていた雑賀衆だ。鉄砲手に装填手と楯持たてもちを加え、三人一組で諸国の戦場を渡り歩いた。楯持が敵の飛び道具を防ぐ間に、装填手が鉄砲に火薬と弾丸を込める。鉄砲手は装填手から鉄砲を受け取り、標的に狙いをつけて撃つ。

 鉄砲傭兵集団兼武装商人集団と言うべき雑賀衆は、海上貿易で大量の塩硝を仕入れていたが、全ての傭兵に弾丸と鉄砲を持たせる事はできない。必然的に巧者が鉄砲を使い、他の傭兵は鉄砲手の支援を行った。

 やがて織田信長が交換型射撃に目を向け、万を超す大軍でも使えるように、交換型射撃を発展させた。その最たる例が、長篠合戦に於ける三段撃ちだ。

 鉄砲手一人に三人の装填手をつけ、四人一組で三挺の鉄砲を使う。

 装填手(甲)が①と②の行程を終え、装填手(乙)に鉄砲を渡す。装填手(乙)は③と④の行程を終え、装填手(丙)に鉄砲を渡す。装填手(丙)は⑤と⑥の行程を終え、鉄砲手に鉄砲を渡す。鉄砲手が撃ち終わると、装填手(甲)に鉄砲を渡す。

 次々と鉄砲が回されるので、鉄砲手も装填手も休憩する時間がない。武田軍が敗走するまで、織田軍は三千挺の鉄砲を撃ち続けた。

 日本最大の商業都市――堺を支配下に置いた信長だからこそ可能な戦法。換言すると、火薬と鉛玉と人手があれば、護衛衆でも交換型射撃を実現できる。

 本家屋敷の蔵に入りきらないほどの弾薬。

 命令通りに行動する下人。

 護衛衆は、黙々と交換型射撃を行う。

 同士討ちにならないように、筒先を斜め上に向けて放つ。標的を視認できない状況で、闇雲に鉄砲を乱射するので、命中率は一割を下回る。それでも火縄式鉄砲を八十一挺も用意すれば、一巡する間に十発近く当たるのだ。

 無論、三匁のおとだまを撃ち込んでも、狒々神はびくともしない。筋肉に食い込んだ鉛玉も体外に飛び出し、すぐに鉄砲疵も塞がる。然し警戒した狒々神は、注意深く周囲を観察する。


「……思いの外、動じておらぬの」


 鉄砲を好まない朧は、白けたような表情で呟く。


「攪乱できなくてもいいんだ。空堀もそうだけど、狒々神の足を止めたいだけだから。時間稼ぎも立派な武功だよ」


 和製大筒の前に立つ奏は、狒々神を見据えながら冷静に応じた。

 護衛衆の交換型射撃にも頓着せず、奇妙な動作を繰り返す。左拳を前方に突き出し、親指を立てたり、小指を曲げたり。


「何をしておる?」

「角度と距離の測定。子供の頃、マリア姉に教わったんだ。検地や普請の役に立つからって」


 飄々と答えながら、銃弾の飛び交う戦場で測量を行う。


「ヒトデ婆の眷属で誘導できたけど、正確な位置は目視で確認するしかない。大筒を撃ち込むにしても、大仕掛けの罠に嵌めるにしても、角度と距離を測り直しておかないと。僕達の狙いも不発に終わる」


 左拳の右側に右拳を添えると、「誤差三十度か」と呟いて振り返る。


「下人十一号と十二号。大筒の筒先を拳一つ分、右にずらしてください。下人十三号は火縄の用意を」


 簡単に言うが、和製大筒を動かす下人は大変だ。


「ホオオオオオオオオ!」


 と叫びながら、下人十一号が筒先を両手で押すと、下人十二号が「まだ指一本分しか動いてないんだホー」と冷静に指摘する。

 その間も、奏は冷静に測量を続けていた。

 主人と下人の遣り取りを見ながら、朧は呆れた様子で嘆息する。


武辺者ぶへんものの世はついえり、と心得ておったが……算勘さんかんにしわき者がおらねば、合戦にもならぬとは。もはや武士などいらぬのではないか?」


 珍しく愚痴を零す朧に、奏は苦笑いを浮かべた。

 事前の指示通りに下人が鉄砲に弾を込め、狙いも定めずに護衛衆が発砲する。和製大筒を扱うのも素人。刀槍はおろか、弓矢や搔楯の出番もない。身体を張る専門家を必要としない戦場。中二病の武芸者からすれば、心情的に受け入れにくいのだろう。


「勿論、身体を張る武士も必要だよ。すぐに朧の出番も来る」


 穏やかな口調で言いながら、奏は測量を進めた。早く測量を終わらせないと、狒々神に交換型射撃が脅威にならないと気づかれる。

 右腕を地面と水平に伸ばし、人差し指と親指を立てる。狒々神の身の丈が、人差し指の親指の付け根に収める。狒々神の身の丈が三丈。人差し指の爪先から親指の付け根の長さが四寸。奏の右腕の長さが二尺。

 狒々神と奏の距離をxとすると、


 900:12=x :60

 x=4500


 即ち狒々神と奏の距離は、およそ二十三間となる。和製大筒までの距離が、およそ二十四間。大仕掛けの罠まで三十間という処か。

 奏は納得すると、再び振り返った。


「下人十一号、大筒の準備は?」

「か……完了だホー」


 息も絶え絶えという様子で、下人十一号が首肯する。


「下人十三号、火種の用意は?」

「万全だホー」


 先端が赤く燃えた棒を持ちながら、下人十三号が淡々と答えた。篝火から炎を移してきただけなので、彼は全く疲れていない。


「全員、大筒から離れてください」


 両手で耳を塞ぎながら、奏は大筒の後ろに下がった。他の者も奏に倣い、両耳を塞いで後退しようとしたが、下人十三号だけ止められる。


「下人十三号、火蓋に棒の先端を載せてください」

「了解だホー」


 自我を消失した下人は、躊躇なく火蓋に燃えた棒を載せる。

 次の刹那、下人の身体を震わせるほどの爆音が、伐採場に響き渡った。口薬の炎が上薬に引火して爆発。重さ二貫に及ぶ砲弾が、狒々神に向けて発射された。

 和製大筒の砲弾は、狒々神の分厚い胸板を貫き、鋼の如き胸骨を破壊。神経や血管を引き千切り、赤黒い血飛沫が飛び散る。

 初めて狒々神に与えた深手。

 いずれ傷口が塞がるにしても、兵の士気を高める一撃と成り得る……筈だった。


「……凄いな。二貫目の直撃を受けても倒れないなんて。話には聞いていたけど、本当に不死身なんだね」


 狒々神の肉体の強さに、奏が感嘆の声を漏らす。

 実際、和製大筒で右胸を撃たれても、狒々神は身動みじろぎすらしていない。自ら傷口に左手を突き込み、強引に二貫目の砲弾を抉り出す。血塗れの掌の上で砲弾を転がし、興味深そうに眺めていたが……狒々神の視線が和製大筒に向けられた。

 周りの騒音を鳴らす武具と同じ。原理や仕組みは分からないが、細い筒や太い筒で攻撃されているのだ。現状を理解した狒々神は、ぴくぴくと額に血管を浮かび上がらせ、砲弾を地面に叩きつける。

 巨大な眼球を動かし、己に深手を負わせた怨敵を探す。火縄式鉄砲を打ち鳴らす兵は、もはや狒々神の眼中にない。巣口から白い煙を上げる和製大筒。その後ろに集まる餌贄えにえの群れを睨みつけ、憤怒の咆吼を発した。


「折角用意したんだから、もう一発撃ち込んでおこう」


 奏は軽い調子で言いながら、勘助に視線を向けた。


「棒火矢を撃ち込んでください。できれば、狒々神の顔面狙いで」

「押忍!」


 沈痛な面持ちで呟いた後、棒火矢が装填された抱え大筒を持ち上げる。


「うおおおおおおおおッ!!」


 勘助が雄叫びを上げた。

 己を奮い立たせる為に、恥も外聞もなく叫んでいるわけではない。薙原家の用意した抱え大筒が、他の鉄砲より遙かに重いのだ。一貫の鉛玉を放つ抱え大筒は、銃身の重さだけで七貫を超える。重たい鉄砲を抱え、狒々神に筒先を向けなければならない。銃架で筒先を固定しているが、銃身を持ち上げるだけで、両腕の筋肉が千切れそうだ。然し狒々神討伐で武功を立てなければ、家名を復す事もできなくなる。


 ホモ――ッ!!


 憎悪の雄叫びを上げて、狒々神が本陣へ向けて駆け出す。


「御家再興が為、御家再興が為、御家再興が為……くたばれ、狒々神!」


 己に言い聞かせるように、何度も同じ言葉を繰り返し、抱え大筒の引き金を引いた。和製大筒の砲弾に匹敵する轟音。巣口より棒火矢が発射される。

 咄嗟に狒々神が脚を止めて、両腕で顔を隠したのは、単純な防衛本能と半日足らずで培われた警戒心による。

 飛翔する棒火矢は、交差した狒々神の腕に着弾。

 爆発と同時に、紅蓮の炎が燃え上がる。


「当たった……」


 奏の命令を遂行した勘助が、疲労と安堵の息を吐いた。

 初めて使う抱え大筒を見事に命中させたのだ。幸運以外の何物でもないが、立派な武功である。

 燃え上がる両腕を振り回すが、複合火薬の炎は簡単に消えない。幾度も地面に両腕を叩きつけ、燃え盛る炎を鎮火する。


「狒々神も炎を嫌がるのか。その辺は、獣と変わらないな」


 奏の緊張感を欠いた物言いが、狒々神を苛立たせる。

 勿論、人間の言葉は分からないが、餌贄えにえに挑発されている――という事は、狒々神にも理解できる。

 腕を燃やす炎が消えると、狒々神は形振なりふり構わず疾走。狒々神と奏の距離は、十間にも満たない。一瞬で和製大筒を抜き去り、奏に向けて右手を伸ばす。

 奏は躱そうとしなかった。

 他の者達も動いておらず、双方の一挙手一投足を見守る。

 狒々神の焼け焦げた右手が、奏の身体に触れる寸前、急に動きを止めた。もう一歩前に踏み込めば、奏を捕らえられるというのに、右腕を伸ばした姿勢で停止したのだ。


「何を躊躇ためらう? 僕を捕まえるんじゃないのか?」


 奏は両腕を広げて、挑発的な言葉を発した。

 狒々神は暫時、奏を見下ろすと、鈍重な動きで振り返り、逆方向へ駆け出した。奏を追い詰めておきながら、脈絡もなく逃げたのである。


「逃げた……?」


 勘助が、呆然と疑問を口にする。

 狒々神の意図を知りたいのは、奏や朧も同様だ。困惑した面持ちで、中二病の武芸者が主君を見遣る。


「如何なる事ぞ? 儂らの企みに気づいておるのか?」

「僕にも分からない。ただ予想以上に、警戒心が強い。棒火矢の直撃で取り乱していたのに、本陣まで飛び込んでこなかった」


 奏は喋りながら思考を纏める。


「少し遣り過ぎたかもしれない。狒々神を挑発するつもりが、警戒して僕達に近づかなくなった。それに洞察力も高い。この群れの頭が僕だと、すぐに見抜かれた。この調子で知能が上がれば、人の言葉も理解できるようになるね」

「それまで待つ気はなかろう。今から追い討ちでも仕掛けるか?」

「森の中に突撃したら、僕達の勝ち目がなくなる」

「ならば、敢えて退いてみるか?」


 朧らしからぬ発言に、奏は怪訝な顔をした。


「狒々神の飛び道具?」

「左様。狒々神が平静を取り戻したのであれば、再び大木を投げてくるかもしれぬ。否定砲を放つ事も有り得よう」

「前回の狒々神討伐と同じ展開になる……」

「寧ろ状況は、前より悪いのう。この辺りには、身を隠す場所がない。矢合わせにすらならぬぞ」

「……」

「今更本陣を下げた処で、兵の士気が落ちる事もあるまい。思考で描いた絵図に頼り過ぎるのも、如何なるものかと思うがの」

「……そうだね。持久戦は避けたいけど……止むを得ないか」


 奏は独り言のように呟くと、勘助の方を向いた。


「取り敢えず、護衛衆の鉄砲を止めてください」

「撃ち方止め――ッ!! 撃ち方止め――ッ!!」


 勘助が大声を出すと、徐々に銃声も収まる。狒々神が後退したのであれば、本陣の前で鉄砲を打ち鳴らす理由もない。


「この状況を維持しつつ、少しずつ後ろへ下がろう」

「兵を集めなくてもよいのか?」

「本当は招集すべきなんだけど。時間が惜し――」


 質問に答える途中で、


「――伏せろ!」


 急に朧が叫びながら、奏を突き飛ばした。

 次の刹那、地震の如く大地を揺らす騒音と、和製大筒の爆発音が広がる。本陣に設置した篝火も倒れて、爆風で下人達も吹き飛ばされた。何が起きたのか分からず、奏が爆発の中心地に目を向けると、土煙の中に狒々神が佇んでいた。

 俄に信じ難い事だが――

 狒々神が空から落ちてきた。

 着地と同時に和製大筒を踏み潰し、砲身内の火薬残滓を爆発させたのだ。

 立ち込める煙の中で、狒々神は奏の姿を見つけると、忌々しげに顔を歪めて、再び森の中に消えていく。地面を殴りつける音が遠ざかると、伐採場に静寂の時間が戻った。

 徐に朧が立ち上がり、奏に手を差し伸べた。


「怪我はないか?」

「朧のお陰でなんとか……」

「朧は?」

「大事ない。大筒から離れておったからの」


 猩々緋の小袖に付着した土を払いながら、朧は周囲を見回す。


「他の者も怪我はなさそうじゃ。下人達もすぐに立ち上がった。押忍は……腰を抜かしておるだけか。大した事はあるまい」


 夜目の利かない奏に代わり、朧が被害状況を説明する。


「大筒と土俵は、流石に原型を留めておらぬ。二貫目を撃ち込んだ後で良かったの。砲撃の前に踏み潰されておれば、儂らの身体も吹き飛んでおった」

「僕の弓と矢は?」

「押忍の近くに落ちておる。押忍、御曹司の弓と矢を拾うてこい」

「押忍――押忍? 誰の事ですか?」

「お主の他におるか。遊んでおるのか、斬り殺すぞ」

「押忍!」


 朧に脅されて、勘助は弓と矢を探す。


「畢竟、先程の攻撃はなんじゃ? 何故、空から狒々神が落ちてくる?」

「一撃離脱?」

「……?」

「狒々神は、僕達の狙いが分からない。でも何か企んでいるのは分かる。この場に留まると危ない……だから攻撃と離脱を繰り返す。全速力で伐採場から抜け出し、十分に距離を稼いでから、助走をつけて跳躍。上空から本陣を強襲する。餌贄えにえを踏み損ねたら、全速力で本陣から抜け出し……を飽きるまで続ける気だと思う」

「なんと面妖な……狒々神は幽玄オサレを心得ておる。猿は中二病か?」

「猿は、ただの猿だけど……かなり厄介な状況だ。空から落ちてくる狒々神なんて防ぎようがないよ」


 両腕を組みながら、星も見えない夜空を見上げた。


「鉄砲の一斉射撃も威嚇にならない。足止めも無理。防御も不可能。飛び道具も警戒していたつもりだけど……狒々神が跳んでくるなんて」


 奏は困り顔で言葉を続ける。

 何より厄介なのが、兵の損害より士気の低下。一撃離脱を繰り返されると、死人が出なくても味方が動揺する。自我が消失した下人は動じないだろうが、護衛衆が逃散するかもしれない。本陣で待機する奏も含めて、伐採場に集う人間は狒々神を誘き寄せる為の囮。囮が四方八方に逃げ出すと、奏の計画に狂いが生じる。


て――御曹司は、この厄介極まりない状況を如何に対処致す?」


 愉快そうに頬を緩めて、朧は奏に問い掛けた。


「どうして狒々神は、僕の位置が分かるんだろう?」

「んん~?」


 質問に質問で返されて、思わず頓狂な声を発した。

 改めて問い直そうとした時、


「押忍! 弓と矢をお持ちしました! 押忍!」


 重藤弓と矢筒を携えて、勘助が奏の側に近寄る。


「ありがとう」


 差し出された弓矢を確認しつつ、奏は簡潔に礼を述べた。

 特に歪みや傷もなく、重藤弓は問題なく使える。革製の矢筒は、三本の征矢そやと一本の鏑矢が収められていた。吹き飛ばされた時に、他の矢は折れたのだろう。予備も含めて、三本も矢があれば事足りる。鏑矢が無事なのも助かった。

 鏃の代わりに鏑を取り付けた矢を鏑矢という。

 鏑とは、角や木を加工して、中身を空洞にした道具だ。鏑に数ヶ所の穴を空けており、鏑矢を飛ばすと穴に風が入り込み、甲高い音を鳴らす。

 矢筒の縄を腰に巻き、鏑矢を取り出すと、上空に向けて重藤弓を引いた。夜空に鏑矢を放つ。ふゅうううう……という独特な音が伐採場に響き渡る。近くで散開する兵に合図を送った。


「押忍! もう第二段階に移るんですか?」

「……」


 勘助が驚いて尋ねるが、奏は何も応えない。

 暫くすると、ぼんやりと小さな光が灯った。

 次々と前方の暗闇に光が灯り、鬼火の如く炎が揺らめく。鏑矢の音を聞いた護衛衆が、火縄式鉄砲から投げ松明に持ち替え、藁に火をつけたのである。

 二十七本の投げ松明の炎を確認した後、奏は打刀に手を添えた。


「狒々神の狙いは僕だ」


 重藤弓を勘助に押しつけ、打刀の鞘に設置された小柄櫃こづかびつを開いた。


「着地した後に、物凄い形相で睨まれたからね。間違いなく狒々神は、僕を踏み潰すつもりで跳躍した。でも踏み潰されたのは、僕から十間も離れた大筒だ。運悪く……僕からすれば、運良く外れたんだ」


 困惑する二人をよそに、奏は小柄櫃から小柄を抜き取る。


「ここで奇妙な疑問が生まれる。大雑把とはいえ、どうして狒々神は僕の位置を把握できたのか? この伐採場には、百人以上の人間がいる。その中から、個人を特定する事ができるのか?」


 小柄を右手に持ちながら、奏は講義の如く独白する。


「マリア姉のように、聴覚や嗅覚で個人を区別できるのか。或いは、鷹のように急降下しながら、標的を捕捉できるのか。実は全く僕の位置を特定できなくて、適当に距離と方角を定めて跳んだだけかもしれない。僕達は、狒々神について知らない事が多過ぎる。様々な可能性が考えられるけど、一番分かりやすい解答は――」


 奏は間を置くと、小柄に視線を向けた。


「ヒトデ婆。小柄に蚤をつけろ」

「ぞえぞえ~」


 忽然と響く老婆の声に、勘助がびくりとする。


「ふみゃあ!」


 奏は地面に向けて、小柄を投げつけた。三間ほど離れた場所に刺さり、小柄が地面の上に突き立った。


「全員、小柄から間合いを取れ」


 奏が後退すると、朧や下人も無言で従う。慌てて勘助も小柄から距離を置いた。

 暫時、不気味な沈黙が伐採場を支配していたが――

 上空から夜空を突き破る音が響き、巨大な影が地面に落下した。先程と同様、衝撃の後に土煙が舞い上がり、一時的に視界を塞ぐ。

 やがて土煙が晴れると、狒々神の巨体が浮かび上がる。然し狒々神の上半身しか見えない。下半身は、土の中に埋もれている。


 ……ホモ?


 全く状況を把握できず、狒々神が狼狽する。

 端的に説明すれば、落とし穴に落ちたのだ。

 おゆらが用意した罠に嵌まり、狒々神は身動きが取れなくなった。

 落とし穴の上に板を張り、その上に土砂を被せる。下人百人が上に乗ろうと、落とし穴に落ちる事はない。だが、狒々神の体重は支えられない。土中に敷き詰められた板を突き破り、落とし穴に嵌まるしかないのだ。

 奏が小柄を突き立てた場所は、大仕掛けの罠の上だった。


「僕の狩衣についた眷属の妖気を感じ取り、伐採場の外から跳んできた――という処かな」


 奏は冷静に言いながら、再び重藤弓を受け取る。

 狒々神が動揺している間に、奏は次の行動を起こしていた。「みなさん、僕から離れてください」と命令し、重藤弓に矢を番える。

 奏の狙いは、黄金に輝く狒々神の眼球。

 一方、狒々神も奏に狙いを定めていた。

 両腕を地面に張りつけ、頬が裂けそうなほど口を開く。

 狒々神の口腔内に、青白い光が集積されていく。小さな稲妻のような火花が飛び散り、空気が軋むように振動する。

 朧の右腕を消し飛ばした破壊光線――否定砲だ。


「――御曹司!」

「僕を信じろ」


 限界まで弦を引きながら、一言で朧を言い含める。

 彼我の距離は、十間を超えていた。

 如何に弓の名手でも、標的から十間も離れると、全て的中とはいかなくなる。ましてや奏の腕は凡庸。弓が得意とは言えないが――


「的が大きくて狙いやすい!」


 ホモだ――――――――ッ!!


 奏が狙いを定めた征矢そやと、狒々神の否定砲が同時に放たれた。

 大きな渦を巻いた光の放流が、左半身に構えた奏の右側を突き抜ける。否定砲が三寸手前を通り過ぎても、奏は微塵も動じない。

 逆に――

 狒々神は両手で顔面を覆い、苦悶の絶叫を上げた。

 奏の放つ矢が、見事に狒々神の眼球を貫いたのだ。


「きちんと射角を修正しないと、飛び道具は当たらないよ。測量のできない狒々神さん」


 奏は冷めた眼差しで、悶え苦しむ狒々神を見据えた。

 一度目の狒々神討伐の経緯は、朧から詳細に聞かされている。朧の右腕を消し飛ばした否定砲だが、わざわざ右腕だけ消し飛ばす意味がない。朧の全身を消し飛ばすつもりで、狒々神は否定砲を撃ち出した筈だ。然し僅かに狙いが逸れた。狒々神から見ると、否定砲が弓手にズレたのだ。

 射角の誤差に気づいたかどうかは定かではないが、狒々神が否定砲を発射したのは、朧の右腕を消し飛ばした一度きり。その後、射角を修正する機会はなかった。

 ゆえに奏は、狒々神が否定砲を発射しても、左半身の姿勢を取れば、右側に逸れていくと確信していたのだ。


「これで狒々神の視界を封じた。後は――」


 奏が朧に視線を向けると――

 不意に伐採場の茂みが揺れた。


「秀吉事記は、斯くの如く記す。『前へは鯨波とき、地を響かし。後ろへは狼煙ろうえん、天をかげす。風になび旌旗せいきは光を添え、月に輝く甲冑は影をならぶ。その威光、誰あってか、これと争はんや』からの~」



「サアキイガアケええええ――――((( Д )/――――ッ!!」



「うわああああッ!!」


 仰天した勘助が、悲鳴を上げて飛び退く。

 奏も朧も護衛衆も――

 唖然とした面持ちで、黄金の持槍を携えた武士に注目する。

 塙だ。

 塙団右衛門直之だ。

 狒々神に払い飛ばされた塙が、無傷で狒々神に突撃している。

 この時、彼らは共通の理解を得た。

 関ヶ原合戦の際、部下の制止を振り切り、単騎で西軍の大軍に突撃した逸話。血気に逸る猪武者の蛮勇と断じていたが……見方を変えると、恐るべき事実が浮かび上がる。

 鉄砲隊を置き去りにしていたわけだから――


 味方に後ろから撃たれていたのだ。


 味方の鉄砲を背中に浴びながら、何事もないように西軍の武将を蹴散らした挙句、無事に生還したからこそ、加藤嘉明に軍令違反で叱責されたのだ。

 鉄砲を撃たれても先馳。命令違反で処罰されても先馳。主君にいとまを出されても先馳。明けても暮れても先馳た結果、ついに魔法を会得したのだ。

 刀槍は言うに及ばず、鉄砲で撃たれても無傷。狒々神に張り手で叩かれても、黄金の甲冑は傷つかない。『毎日が誕生日』の旗指物も折れていないので、塙の魔法は所持品にも影響するのだろう。

 もう意味が分からない。

 動揺する味方を尻目に、不撓不屈ふとうふくつの中二病――塙団右衛門直之は、黄金の持槍を狒々神の胴体に突き刺した。


うううう刺突刺突刺突刺突刺突刺突刺突刺突刺突刺突刺突刺突刺突刺突刺突刺突刺突刺突刺突刺突刺突刺突刺突刺突刺突刺突刺突刺突刺突刺突刺突刺突刺突刺突刺突刺突刺突刺突刺突刺突刺突刺突刺突刺突刺突刺突刺突刺突刺突刺突刺突刺突刺突刺突刺突刺突刺突刺突刺突刺突刺突刺突刺突刺突刺突刺突刺突刺突刺突刺突刺突刺突刺突刺突刺突刺突刺突刺突刺突刺突刺突刺突刺突刺突刺突刺突刺突刺突刺突刺突刺突刺突刺突刺突刺突刺突刺突刺突刺突刺突イイイイッ!!」


 無数の残像を描いて、黄金の持槍が狒々神を穿つ。


「穀蔵院流奥義――弩濤どとう壱百壱式ひゃくいちしき!」


 最後の一撃を見舞うと、大仰に見得を切った。


「説明せねばなるまい! 穀蔵院流とは、天下御免の中二病――前田まえだ慶次郎けいじろう利益としますが興した兵法の流儀である! 乱世の問題児と謳われた慶次郎は、日本各地に数多くの伝説を残している! そのうちの一つを紹介しよう! 昔々、大阪市内に夫婦で居酒屋を経営する個人事業主が住んでいた! お店を開ける前に、中途半端に時間が空いたので、ぼーっとスマホを眺めていたら、『「次元の異なる少子化対策」実現へ“財源幅広く検討”官房長官』という記事が出てきて、危うく店内で吐きそうになった!


『「(財源について)社会保険からの支出や、国と地方の負担の在り方を見直すことも含め、幅広く検討を進める考えを示しました」って……社会保険料、引き上げるだけやん。一九九七年から二〇一九年までデフレが続き。二〇二三年の今でも、デフレギャップ埋められなくて。若者達が、お金なくて結婚できないだけやん。若者が結婚資金も貯められないのに、少子化問題が解決するわけないやん。あー、もうダメや。もうあかん。日本に未来なんてないわ。自殺しよう。トラックにかれて、異世界へこう。異世界でもう一度、旦那と結ばれるんや』


 と一人で呟き始めた挙句、


『嫌だああああッ!! まだ死にたくないイイイイッ!! 来週、朱美アケミちゃんに会いに行くって約束したんやああああッ!!』

『もう諦め! 日本に未来なんかないんや! 二人で異世界に逝くしかないねん!』


 抵抗する夫の両手両脚をロープで縛り、二人で車道に飛び出そうとした処、慶次郎に命を救われた!


 事情を聞いた慶次郎は、『俺が民を守護まもらねばならぬ』と言い放ち、犬と猿と雉を従えて財務省に突入! 百名を超える財務官僚を拘束した!


『財務官僚を解放してほしければ、社会保険料を上げるな! ついでにPB黒字化目標を撤回しろ! 消費税を廃止しろ! ガソリン税も廃止しろ! インボインス制度も廃止しろ! 国債60年償還ルールも廃止しろ! 国債の償還など、全て借換債を使え!』


 と要求!

 なんやかんやで、新しい総理大臣に猿、財務大臣に雉が選ばれ、社会保険料の引き下げとPB黒字化目標撤回と消費税廃止とガソリン税廃止とインボイス制度廃止と国債60年償還ルール廃止と財政法と財務省設置法の改正を宣言! やっぱり警察庁から指名手配を受けた慶次郎は、今日も日本国民を守護まもる旅を続けているのだ! やった! 今度こそ言い切った!」


 誰に説明しているのか分からないが、塙は得意げに長台詞ながぜりふを終えた。

 他の者達も唖然とするしかない。

 奏も感動を覚えたが――

 今はそれどころではない。

 奏は頭を振るい、今度こそ朧に視線を向けた。


「朧!」

「承知しておる!」


 奏の呼び掛けに応じて、四尺四寸の野太刀を左肩に担ぐ。前傾姿勢から膝を抜き、一気に前方へ飛び出した。

 膝落で。

 一瞬に。

 間合いを詰める。

 左脚の太腿から血が滲み出るが、朧は緋色の疾風の如く駆ける。

 前方に飛び出す勢いに、太腿と踵の力を加えて跳躍。両膝を抱え込みながら、六尺近くも跳んだ。


「頭を借りるぞ、馬鹿甲冑!」

「吾輩を踏み台に!?」


 塙の兜に右足を乗せ、狒々神と正面から向き合う。

 一度目の狒々神討伐の際、朧は狒々神の首を斬り損ねた。忘れがたき屈辱が、朧の太刀を更なる高みに押し上げる。

 雅東がとう流初代宗家は、一太刀で狒々神の首を斬り落としたという。

 二代目宗家を襲名した伽耶も、おそらく一太刀で狒々神の首を切断できた。

 超越者チートが狒々神を討ち損ねる筈がない。マリアが狒々神討伐に参加していれば、軽々と狒々神を斬首していた。


 ものらに能うならば――


「儂に能わぬ筈がない!」


 横薙ぎ一閃。

 狒々神の首と右肩の僧帽筋が、朧の着地と同時に落ちた。見事に一太刀で、狒々神の首を切断したのだ。


「ヒャハハハハハハハハハッ!!」


 猫のように素速く立ち上がり、朧は呵々大笑した。


「どうじゃ! 見たか! 狒々神の首を斬り落としてやったぞ!」


 自らの働きを誇示しながら、野太刀に付着した血を払い落とす。

 首を切断されても尚、狒々神は動いていた。失われた頭部を探して、闇雲に両腕を振り回す。頭部を切り離しても、再生能力が低下するだけで、狒々神が死んだわけではない。

 完全なる決着をつける為に、奏は地面から生えた縄を拾う。

 狒々神対策の罠を用意したのは、薙原家で最も用心深い女中頭だ。空堀や陥穽かんせいだけで安心する筈がない。落とし穴に埋火を仕掛けていたのだ。

 火薬の量は、朧を吹き飛ばした時の比ではない。黒色火薬を一斗樽で二十一個。荏胡麻油を一斗樽で二十一個。重さは合わせて二百貫。


「これで終わりだ」


 奏が縄を引いた瞬間、強烈な爆発音が鼓膜を叩いた。

 峻烈な光が伐採場を照らし、落とし穴から紅蓮の炎が噴き上がる。如何に狒々神の肉体が強靱といえど、爆発の中心地で耐えられる筈がない。下半身が焼け焦げて、上半身を支えきれず、陥穽の中に胴体が落下。巨大な火窪ひくぼと化した陥穽から、悶え苦しむ狒々神の両腕が見えた。

 奏は朧に視線を向ける。

 埋火の存在を知らされていたので、朧は無事に逃げ延びていた。げほげほと咳き込んでいるが、特に問題はなさそうだ。塙の安否は、奏が考えるまでもない。彼は魔法を使う邪鬼眼。黒色火薬と荏胡麻油の燃焼すら無効とするだろう。

 次の指示を出そうとした時、爆発の中心地から塙が飛び出してきた。


「熱いぞぉおおおおッ!!」


 見事に焼き出された塙は、ごろごろと地面を転がりながら、黄金の鎧を燃やす炎を鎮火する。それでも旗が燃え上がり、慌てて指物を抜いて、ぱんぱんと地面に叩きつけた。


「旗がああああッ!! 吾輩の旗が燃え落ちるううううッ!!」


 全身から煙を上げて、懸命に炎を消そうとする姿に、奏の視界が吸い寄せられる。朧も護衛衆も自我を消失した下人すらも、天下夢中の猪武者を見つめながら、同様の疑念を抱いた。


 魔法はどうした?


 え?

 実は使えないの?

 散々期待をさせておいて、実は使いませんでしたというオチ?


 いや、それでは説明できない事が多過ぎる。


 なんで狒々神の張り手に耐えられたの?

 なんで鉄砲で撃たれても無傷なの?

 ていうか、なんで生きてるの?


 数多の疑問が積み上がるが……奏は正気を取り戻した。

 危ない危ない。

 塙に注目して、狒々神討伐を忘れる処だった。


「まだ狒々神は死んでいません! 荷車の予備がなくなるまで、投げ松明を投げ込んでください!」


 奏が指示を送ると、護衛衆が投げ松明を投げ込む。

 巨大な篝火を絶やさぬように、幾本も藁を巻いた槍が放り込まれた。投げ松明の藁を燃料に、篝火は黒煙を上げて燃え盛る。狒々祭りの篝火と同様、狒々神が骨になるまで焼き尽くすのだ。

 狒々神の両腕が燃え落ちると、笠原を見遣る。


「笠原さん。暫く現場の指揮を任せます」

「自分がですか!?」

「投げ松明を投げ終えたら、荷車も篝火に放り込んでください。他にも燃えそうな物は、この場で処分します。とにかく火を絶やさないように――」

「何処に行くのですか?」

「狒々神の頭を探してきます。埋火の爆発に巻き込まれて、どこかに吹き飛んだみたいで……爆破する前に、首級を確保しておけばよかった」


 秀麗な顔容かんばせに後悔の念を滲ませながら、戸惑う勘助を置いて歩き出す。

 ぽつんと取り残された勘助は、呆然と奏の背中を見送り続けた。




 半町……約56.7m


 一町……約113.4m


 一尋……約1.75m


 乱杭……地上や水底に数多く打ち込んだ杭。それに縄を張り巡らし、通行や敵の攻撃の妨げとした。落とし穴や空堀の下に埋めて、殺傷力を高めたりもする。


 埋火……戦国時代の地雷


 三匁……約11.25g


 劣り玉……適合弾より若干径が小さい弾。意図的に小さな弾を込め、銃身内の火薬残滓を減らし、再装填時の弾詰まりを防ぐ。


 楯持……搔楯や竹把を持つ兵


 三丈……約9m


 四寸……約12㎝


 二尺……約60㎝


 二十三間……約43.47m


 二十四間……約45.36m


 二貫……約7.5㎏


 一貫……約3.75㎏


 七貫……約26.25㎏


 十間……約18.9m


 矢合わせ……合戦に於ける飛び道具の撃ち合い


 征矢……和弓で使う矢の一種。鏃が分厚くて鋭く、貫通力が高い。


 小柄……刀の鞘に装着された細工用の小刀


 三間……約5.67m


 三寸……約9㎝


 六尺……約1.8m


 朱美ちゃん……大阪北新地のキャバクラで働くキャバ嬢


 陥穽……落とし穴


 二百貫……約750㎏


 火窪……炉




 ※参考資料

『「次元の異なる少子化対策」実現へ“財源幅広く検討”官房長官」』

 https://www3.nhk.or.jp/news/html/20230131/k10013966001000.html

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る