第三話 深紅の月、踊る影

 とうとう、目的の華の村へとたどり着いた道摩少年――。

 何やら深く思案している様子――、果たしてその心の内は?


「それで――、もう一度確認するが、このような事態が起こって――、彩花を送り出して、本当に三月経ったのだな?」

「私が嘘をついているとでも?」


 少々不満げな顔で返す一葉。その様子を欠片も気にもとめず道摩は問い返す。


「別に――、ただこのように昼のない――、夜だけの状態が続いて、よく経った日数を数えることが出来たと思っただけだ」

「それは……、我が土蜘蛛一族は術具をつくるのが本職である民ですから」

「ほう? それはどういったことだ?」


 道摩の問いに、一葉ではなく彩花が答える。


「わが一族の術具制作には、術式を道具に込める際の基本時間単位があるんです」

「ふむ? それで?」

「それは大体三日が一単位となるのですが、それを知るための日数計という道具がありまして――」

「なるほど……、それで三十単位進んでいたから――」

「その通りですね……。そうだよね? 一葉」


 彩花がそう言うと一葉は頷く。それを興味深く聞いていた道摩は――、”ならば――”と言って二人に言葉を返す。


「――そう答えるという事は――、あの空に浮かんだ””は満ち欠けをしておらんのだな?」

「え? ――あ!!」


 彩花がそう驚きの声をあげる。一葉もまた驚いた顔で道摩を見る。


「その通りです――、私も初めに気づいた時は驚きましたが――。あの空の””は満ち欠けをしていません。そもそも、あの空の位置から全く変わっていません……」

「それは――……という事か――。腹も減らぬなら、そう考えるのが妥当か?」

「道摩様? ……なにか?」


 問う一葉の言葉が耳に届いていないのか――、道摩はただ思考を続ける。

 一葉はさらに不満げな顔をして彩花を見た。彩花は苦笑いをして首をかしげる。


「――では、とりあえず村の中を案内してくれ。村のほかの者達とも話をしたい」

「それは――、まあいいですが」


 一葉はなぜか口ごもる。それを不審に思った道摩は一葉に問う。


「どうした? 村の者に何かあったか?」

「……」


 どうやらそれは図星であるらしく、一葉はため息をついて答えた。


「――村の者の中に……、眠ったまま起きなくなった者がいるのです」

「ほう?」


 さして驚いた様子もなく道摩はそう呟く。


「それはいつからだ?」

「ここ数日の間に急に……」

「原因はわかるか?」

「いえ……、皆目見当がつきません」

「そうか……、ならばこの俺が直接調べよう。案内しろ」

「わかりました――」


 一葉は彩花と連れ立って道摩を村へと案内する。そして、立ち並ぶ家々の一つへと入っていった。

 道摩は後についてその家へと入る。するとそこには一人の老婆がいた。彼女は床に横になっているようだ。


「婆さま! 起きてください!」


 そう言って一葉は老婆を起こす。だが――、老婆が起きる気配はない。その様子を確認した道摩は――、ふむと言って部屋を見渡す。

 そして――、部屋の隅にある箱に目をつけるとそちらへ歩み寄る。その箱の中には様々な種類の薬草が入っていた。


「これはお前達が使うものなのか?」


 道摩が振り返って一葉に尋ねる。


「はい――、霊薬づくりに使うものです」

「そうか――、少し借りてもよいか?」

「はい……? それは構いませんが……?」

「うむ」


 それだけ言うと、道摩はその中のいくつかを手に取ると、それを自分の懐に入れた。


「…………? 何をされたのですか?」


 怪しげなものでも見るような視線を一葉が向けてくるが、道摩はそれを無視して老婆の側へと歩いていく。

 そして、その手を老婆の額に当てて、小さく何かの呪を唱えたのである。


「――……ふむ」


 そう言って道摩は老婆から手を放す。老婆はなんの変化もなくただ眠り続けている。


「……起きないじゃないですか」

「そうだな――、起こしていないからな」


 一葉はさらに不審なものを見るような目で道摩を見る。

 ――起こそうとしたわけでないなら何をしたというのか? そういう目で一葉は道摩を見たのである。


「次の者のところに案内しろ――」


 そう言って道摩は一葉を見る。一葉は一息ため息をつくと次の家へと道摩を案内したのである。



◆◇◆



 その後――、何軒かの家を回った後に、道摩は一葉の家の中に入った。


「ここが私の家です」

「そうか――、それで他の者はどこにいる?」

「全員集会所にいますが――」

「そうか――、ならば明日はそこに案内しろ」

「明日?」


 その道摩の言葉に一葉が疑問の声を上げる。


「今じゃないんですか?」

「明日でいい――、とりあえずここでひと眠りする」

「――そう、ですか」


 この男は何を考えているいんだ? ――と言いたげな不満げな様子で一葉は言う。

 道摩はそんな彼女の目を全く気にもとめずに、その家の床に直に横になって――すぐに寝息を立て始めたのであった。


「この人――大丈夫なの?」

「――大丈夫……だと思う」


 一葉と彩花はそう言って顔を見合わせる。


「まあ――、明日になればわかることだし――、私達も休みましょうか?」

「うん……、わかったよ」


 彩花がそう答えるのを確認すると、一葉は部屋の奥へと消えていった。

 彩花は道摩の方を見てしばらく考えたが、そのまま自分も休むことにした。

 ――そして……。


 シャンシャン……。


 小さな鈴の音がの中に響く。

 それは何処から? という疑問に答えるものは存在せず。

 村のあらゆる場所に小さな音で響いていた。


「――……」


 道摩は薄く目を開けてその鈴の音を聞く。傍には彩花が眠りこけている。

 道摩は彩花を起こさないようにそっと立ち上がる。そして――、窓に近づいてその外に目を向けた。

 道摩が闇夜の向こうに目を凝らすと、なにやら黒い影が村の中心部で舞いを踊っている。

 それはまるで――、蝶のような――、蛾のような――、不思議な姿の生き物だった。

 道摩はその光景をただじっと見つめていたのであるが――、ふと、その目が鋭く細められた。


「――あれは……、――か」


 道摩はそう呟くと、印を結び呪を唱えてからその瞳を閉じる。

 次に彼が目を開いた時――、舞いを踊っていた生物はいずこかへと消えていた。

 道摩はそのまま自分の懐に手を入れる。そこから取り出したものは先ほど村の中で手に入れた薬草である。彼はそれを手に持って見ながら呟く。


「やはり……、か」


 道摩はそう呟くと、薬草を懐に戻してその場を離れ――、再び横になる。

 その時の彼は――確かな確信を得たような、そんな表情をしていたのであった。

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