第四話 死を舞う奇蝶

 さて――、鈴の音と共に舞う謎の異形を目撃した道摩少年――。

 それを見て何か確信を得たようですが――、果たして?


「貴方が道摩様でございますか?」


 村の集会場へとやってきた道摩達を迎えたのは、村の現長老の娘である楓であった。


「ふむ――、その通りであるが……、村の長老も眠って起きないようだな?」

「それは……、その通りです。しばらく前に眠ったまま起きなくなってしまいまして、今は娘のわたくしが村の長の代理を務めております」

「なるほどな――、それで……、多くの者がここに集まって、身を寄せ合っているという事は、不審な異形が村を徘徊していることを知っておるからで間違いないか?」


 その道摩の言葉に楓は頷く。


「はい……。つい先日より、わたくし達の中に眠って起きぬものが現れまして、最初はただ眠っているだけだと思っておりましたが、どのような術具を試しても起きることはなく……。そして、その原因がちょうど同時期に村に現れ始めた、異形にあるのだと確信を得まして――、皆を集会場に集めて、鈴の音が鳴ったら眠ることなく耳を押さえるように――と」

「――なるほど。そうして、奴から身を守っておったと?」

「はい――、無論、一度は異形を倒すことが出来ないかと思案いたしましたが――」

「だが、出来なかったと?」

「……はい」


 楓はその言葉を聞いて俯きながら、申し訳なさそうな表情を浮かべた。


「あの異形にはどうにも勝てる気がせず、逃げるしか手がなかったのです……」

「ふむ……、それは意識を歪ませる異能を持っていると考えられるか?」

「そうですね。呪の知識は土蜘蛛の民ゆえにある程度理解しているので――、アレは間違いなく精神を操るあやかしなのではと……。あそこまで意識を持っていかれると、我々にもどうにも出来ず……」

「なるほどな……。やはり、アレはそういう類のモノだったか」

「何かご存じなのでございますね? もしや、貴方様のお力ならばどうにか出来るとか――!?」


 楓は期待を込めた目で道摩を見つめる、彼は小さく鼻を鳴らして首を縦に振った。


「当然であるぞ? 俺に任せておけ」

「おお! 流石は陰陽師殿だ!」

「なんと頼もしい!」


 道摩の言葉を聞いた村人達は、歓喜の声を上げる。それを唯一うさん臭いものを見る目で一葉は見る。


「本当に大丈夫なのかしら?」


 そう呟く一葉を苦笑いして彩花が見つめる。


「では――、あのあやかしについて、俺の理解してることを話すとしようか?」

「それは、有難い」


 村人は期待の目で道摩を見る。それを見て満足そうに頷いた道摩は、まず初めにその場の皆が驚愕すべき言葉を放った。


「――まずは、あの鈴の音を聞いて眠っておる者達――、アレは眠っておるのではなく、死にかけておるのだ」

「は?!!」


 道摩のあまりにも驚くべき言葉に、その場の皆が息をのむ。


「あのあやかしは鈴の音をヒトの精神へと作用させ――、それによって精神力を奪って喰らっておるのだよ」

「それでは――!!」

「そう……、眠りではなく昏睡――それが眠って起きぬ者の症状の正体なのだ」

「なっ……」


 道摩の告げた衝撃的な事実に、その場にいる誰もが言葉を無くす。


「年老いた者から昏睡しておるのは――、老いて精神力が衰えておるから……。このまま放っておけば、いずれ近いうちにも死に至るであろうな」

「そんな!! どうすれば?!」


 村人の一人が悲痛な声を上げると、それを聞いた道摩は口角を上げてニヤリと笑う。


「簡単な事よ……。あやつを殺してしまうのだ」

「殺す――とは?」

「そのままの意味よ。殺せばよいのだ」

「しかし、我々はあやかしを殺すことは出来ません!」

「そうです! 我々では精神を操られて傷つける事はおろか、近づくことすら出来ないのです!」

「ああ、確かに普通の者であれば難しいだろうな。だが――、俺ならば話は別だ。俺は陰陽師であり、神に仕える者であり、そして何より――、退魔の術に長けているのだからな!」


 その言葉に村人達の瞳に希望の光が宿る。


「貴方様になら、あのような異形など容易いことかもしれませぬ!」

「さよう! 我らにはもはや道摩様しか居られませぬ!」

「どうか――! どうか、お力をお貸しくださいませ!」


 次々と懇願する村人達に、道摩は自信満々に胸を張って答える。


「任せておけと言ったであろう! この俺が来たからにはもう安心だ」


 その力強い宣言に、村人達は沸き立つ。


「おお! 流石は道摩様!」

「これで村が救われますぞ!」


 盛り上がる村人の中で一人、一葉は冷ややかな視線を向けている。


「こんな得体のしれない男に全てを任せて大丈夫なのかしら?」

「一葉ちゃん……、あの人はここら一帯では有名な陰陽師で……」

「わかってるわよ、でも――。なんかあの態度は胡散臭くない? なんかみんなを大げさに喜ばせているような……」

「それは……」


 一葉の不安の声を他所に、事態は着々と進んでいく。


「それでは、早速始めるとするか。お前達――、準備を始めろ」


 道摩の指示を受けて、村の若い衆が動き出す。彼らは、集会場の外にあった荷物の中から様々な武器を取り出していく。

 道摩はそれを眺めつつ、自身が持ってきた道具の中からいくつかの符を取り出した。


「何をするつもり?」

「まぁ見ておれ」


 そう言う一葉の問いに、得意げな顔で答える道摩。

 道摩は村の若い衆を一つ所に集めると、その前で符を手にして印を結び呪を唱えたのである。


「急々如律令」


 すると、集められた者達の周囲に淡い光を放つ陣が浮かび上がったのである。

 ――それを見て楓が問う。


「これは――、結界か何かですか?」

「そうだな。今ここに張られたのは、あやかしの精神への侵入を防ぐ為の防壁だ。これならば、彼らの意識へあやかしが直接影響を及ぼす事は出来なくなる。つまり――、こちらが意識を支配される心配もないという訳だ!」

「なるほど――、それで私達があやかしを恐れることもないと」

「そういうことだ。あとは皆で一斉に奴を成敗してしまえばいい話だ」


 その道摩の言葉に村の若い衆は歓声を上げる。


「凄い! 本当にやれるのか!」

「ああ! 道摩様の術なら確かだろう!」


 その様子を見た道摩は再び満足そうに笑う。


「ふむ……、では俺も戦う準備をするか」

「共に戦っていただけるので?」

「当然であろう? この俺がまず奴と相対するゆえに、止めはお前たちがやるといい」

「ありがとうございます!」

「では――、行くとするか」


 道摩はそう言って、皆を率いて歩き出した。


「ちょっと待ちなさい! まさか本当にやる気なの!?」


 慌てて呼び止める一葉に、道摩は振り返り答えた。


「無論だが? 何か止まらねばならぬ意味があるのか?」

「――もうちょっと、あのあやかしの事を調べるとか……しないの?」

「そんなことをしているうちに老いた者から死ぬぞ?」

「それは――」

「それに、あのあやかしは精神を喰らいすぎておる。放っておけば、いずれはあやかしの力が増すことになる。そうなれば、あのあやかしはもっと多くの人間を襲うようになるのは目に見えておるのだ」

「――」

「故に、俺はあやかしを――、根源を絶つ必要があるのだよ。あのあやかしに喰われた精神を取り戻す為にもな」

「……」

「だから、俺は行くぞ」


 それだけ言い残して、道摩は村人達と共に歩いて行った。


「……彩花どう思う?」


 一葉はそう言って彩花に問う。


「う~ん……。私は道摩さんを信じたいかな? あの人は悪い人じゃないと思うんだ」

「――貴方も騙されてるんじゃない?」

「そうかもしれないけど……。でも、道摩さんの言っていることは本当だと思うよ? あの人は嘘をつく様な人に見えないし――、だからきっと大丈夫だよ!」

「そうね……。あんな得体の知れない男だけど――、一応は信用するしかないみたいだし……。仕方がないわね……」

「うん!」


 二人はそう結論付けて、道摩の後を追うように歩みを進めるのであった。


 

(――そう、それでいい。そのまま進むといい――、考え無しの愚かな陰陽師)


 ――そう心の中で考えたのは、果たして誰だったのか……。



◆◇◆



 今、村には昼と夜の区別がない。しかし、それを明確に分ける存在がある。

 ――それこそ、鈴の音とともに現れる異形の蝶――。

 しばらく村の中央で待ち構えていた道摩と村人たちは、そのの出現を見た。


 ――それは、まるで煙が立ち上るかのような、薄い霞が現れそして蝶の形となって出現したのである。

 道摩はまず村人たちを下がらせると、その異形の蝶に向かって一人歩いていった。


「道摩様!」


 村人たちが心配そうに道摩の様子を眺める。

 そんな村人たちを気にすることなく、道摩はその異形に向かって大きな声で言い放った。


「あやかしよ!! 覚悟しろ!! 我こそは陰陽師・道摩法師なり!! 今より貴様を倒し、村に朝日を取り戻そうぞ!!」


 それは――、なんとも芝居じみた言い方であったが、村人は喜んで声援を送った。


【――ああ、愚かな人よ――、本当に私を倒すつもりですか?】


 不意に異形が言葉を発する。


「ほう? 言葉をかいするのか?」

【ええ――もちろんですよ?】

「ならば話は早い――、村から手を引くがよい」

【嫌だといったら?】

「このまま貴様を始末する」


 道摩は上から目線であやかしを見下ろす。あやかしはそれを見て――


「――……」

【ふふ――、愚かな。私を殺せばどうなるか……しっかりと理解していますか?】

「皆が救われる」

【それは――本当に、愚かな――】


 そのあやかしの言葉を聞いて、背後にいた一葉が言う。


「どういう事よ! あんたを倒すと何か起こるというの?!」

「一葉よ――聞く必要はないぞ?」

「でも――」


 道摩の言葉に、一葉は怪訝な表情で答える。


「こ奴はうそつきである――、倒せば丸く収まるさ」

「本当に?」

「俺が言うから間違いない」


 不審な表情の一葉に得意げな表情をした道摩が言う。

 あやかしはそれを見てさらに笑った。


【あらあら――、この男は愚かというよりも――、すべてを理解して、そのうえで言っているのかしら?】

「――……」

【ふふ――そう、そこの貴方――】


 奇蝶が一葉を指さす。


【この男を信じちゃだめよ? なぜなら――】

「一葉――、こいつの戯言を聞くな」

【――私を倒すという事は――、長い夢から覚めるという事は――。止まった時を取り戻すという事は――】


 それを聞いて一葉は何かを悟る。それを彩花が見て――。


「一葉ちゃん? どうしたの?」

「まさか――……」

「一葉ちゃん?」


 道摩は彩花児の言葉に構わず、自らの懐から符を一枚取り出す。


「ふん! 戯言はそれまで――、蘆屋の調伏呪を貴様に見せてやろう」


 そう得意げな表情で印を結んだ。そして――、


 「急々如律令!」


 そう唱えて符を投げる。それはすぐに炎の礫と化して奇蝶を打ち据えたのである。

 すると――、


「あああああ!!!!」


 村の若い衆たちの背後――、戦いをも守っている村の女たちの中に倒れる者が現れた。


「え?」


 彩花が見ると、その倒れた女は生気を吸いつくされたような、年齢に似合わない老いた姿で事切れている。

 一葉は確信を得たような表情で道摩を睨んだ。


「村の衆よ!! こ奴を始末するのだ!!」


 道摩がそう叫ぶと、背後でそのような事が起こっているとは知らない、若い衆が一斉に奇蝶へと走った。


「彩花!!」


 そう一葉が叫ぶ。彩花は困惑の表情で一葉を見る。


「あの異形を殺しちゃダメ!! アイツが死んだら――多分、私たちも――」

「え?!」


 その次の一葉の言葉は、まさしく驚くべき話で――。


「よく考えてみてよ――、私たちは三月の間――、アイツの結界内にいて……、一月の間何も食べていない……」

「え? ――あ!!」

「そうよ――、このままあいつが死んだら。正しい現実に戻ったら――、一か月もの間何も食べていないアタシたちは――」

「この人のように……餓死する?!」


 それは驚愕の事実――、でも道摩は。


「あの男は――道摩はそれを知ってて、なおあたし達を焚きつけたのよ!! あやかしを始末するために――」

「それじゃあ……」

「アイツは――あたしたちが死のうがどうでもいいって――そう考えているんだ」


 そう怒りの表情で言う一葉に、狼狽した表情で彩花が答えた。


「と――止めないと!!」

「そうだね!!」


 二人はそう言って若い衆たちを追いかける。その中心にいて民を扇動しているのは道摩である。


「道摩様!!」


 そう言って、彩花は得意げな表情で皆を扇動する道摩に縋りついたのであった。


「道摩様!! やめてください!! 皆が――死んで……」

「――……」


 道摩はそんな彩花を冷たい目で見る。――そして、


「それがどうした?」


 そう言い放ったのである。

 ――と、その時、村の若い衆の攻撃を潜り抜けてきた奇蝶が、その鉤爪で道摩を狙う。

 道摩は特に気にする様子もなく避けようと身をひるがえした。

 ――しかし、


「彩花!!」


 その瞬間、一葉の声が彩花の耳に届く。ソレの意図することは――、


「道摩様!!」


 彩花はそう叫んで道摩の身を後ろから羽交い絞めにした。それはまさしく鉤爪が振るわれる瞬間であり。


「彩……」


 道摩の言葉が鮮血と共に口から流れる。

 道摩は――、奇蝶の鉤爪にその腹を貫き通されていた。


「ああ……道摩様」


 彩花はただそれを見て泣き崩れる。


「ごめんなさい――道摩様。でも……」


 泣き崩れる彩花の目前で、道摩は眼を見開いたまま崩れ落ちる。

 それはもはや――、


「彩花――」


 一葉が彩花に声をかける。


「これしかなかったのよ――、このままじゃ私たち」


 そう言って彩花を慰める一葉は――、その表情が見えない。


「彩花――これでいいのよ。――そう……これでいい」


 ――これで、高級な魂が私のモノに……。


【……気にせずにお眠りなさい彩花……、貴方は本当に良くやったわ】 

「――」

【術師の高級な魂を誘き寄せてくれた――】

「――……」

【さあ……、貴方も――】


 ――と、不意に村に大きな笑い声が響く。それは――、


「いい夢は見れたか? 一葉……」


 そう言葉を発するのは――、


「え?」【あ……?】


 それは眼をむいて事切れていたはずの道摩であった。

 顔を涙で濡らしている彩花は、その姿を驚いた表情で見る。


「道摩様?!」

「彩花――、大丈夫だ……。俺はこうして生きている」

「道摩様!!」


 彩花の悲しい涙はうれし涙に変わり、そしてそれを見た道摩は――、


「彩花――、今から全てを話す……よく聞くがよい」

「すべて?」


 そういう道摩は立ち上がりつつ、あやかしを無視して一葉を睨みつけたのであった。

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