ありがとうを知らない君へ

泣きながら、自分を責め続ける彼は、あまりにも幼すぎて。

怒る気力がどんどんすり減っていった。


どうしようかと顔を見合わせ、答えの出ぬまま時間だけが過ぎていった。


「………やはり、君たちには驚かされる」


ぼそりと責めろ以外の言葉をしゃべる。


「…初めて、だったんだ。

こんな私をかばって、助けてくれた大人は」


ずっと迫害されて生きてきた彼。

顔を見れば大人は自分たちに敵意を向け、どこへ逃げても同じだった。


「大人なんて自分のことばっかで。

家族でさえ、家のことしか案じてくれなかった。

だれも私を助けようとしてくれなかったんだ…」


一族の全てを背負わされた彼の身は、家の事だけを想う家族の願いでできている。

彼を生かしたいのではない、家を生かしたいのだ。


「クミがパッと駆け出して守ってくれた時、何をしてるのかわからなかった。

呆然としてしまったんだ。

目の前の血にただただ驚いて、気がついたらカレンやヒナもやられていた。


死体をみたとき、ようやく気付いたくらいだ。

私を守ってくれたのだと」


知らなかったのだ。

守ってくれる人間がいるという事実を。

だって彼はそれを知る前に死んでしまったから。


「…必死に全部の霊力を使って復活させたら、ヒーローになれるだけの予算がなくなった。

だから頼んだんだ」


「…そういう事だったんだ」


カレンが防御服をつまみながら言う。

今から思えば、その“死なないし傷つかない”は僕達が死体だからなんだろうな。


「…それだけじゃない。

殺した事を謝って、それで聞きたかったんだ」


聞きたかった?


「助けた理由だ」


僕を涙で濡れた瞳で見つめながら問うてきて、目を見開いた。

この無垢な瞳は、本当に無垢なのだ。

僕達を復活させる術は学んでるのに、人としてのことを学んでない。


「…カモくん…」

「言ったろう、助けられたのは初めてなんだ。

思い出したんだろう、教えてくれ。

わからないんだ、理解できない…」


そんな自分が悔しいのか、顔をしかめる。

勤勉な一族だったらしいから、知らないことが悔しいのだろう。


「確かに思い出したけど、考えはないよ」

「え?」

「咄嗟に助けたいと思って、死んだ。

それだけ」


帰り道、襲われた子供が視えた。

黒い霧を覆った刃物がいきなり子供に振り下ろされて━━震えた。


助けなくては、と。


カレンが叫ぶのも厭わずに駆けて、立ちふさがった。

その痛みとかは思い出せないけれど、切られて倒れた時だけはきちんと思い出せた。


立っていた、生きていたカモくんが嬉しかった。




「生きていて、満足したんだ。

立っているその足を見た瞬間、痛みも何もかもが報われた。


生きててよかった。


ちなみに、助けたことは後悔してないさ。

だから謝らないでくれ。

僕が勝手に助けたんだから」



「…っ」


そう言うと、彼はまた大きな目からボロボロと涙を流した。

「意味がやはりわからない…けど、すっごく嬉しいんだ…」

「そういうもんだよ」

しゃくりあげて泣き始めた彼に近寄り、肩に手を置く。

ミサキさんも何も言わず、黙認してくれた。



「じゃあ教えてあげようか。

こういうときは“ありがとう”って言うんだ。

謝られるより、僕はずっと嬉しい」



どうせ教えられなかったのだろうから。


「殺したのに…お礼…?」

「ばか、そーゆーもんなんだよ」


不思議で仕方ないのか、それでも彼は言った。



「助けてくれてっ…ありがとう…」



ヒーローを引き受けたときと同じ、やってよかったという満足感で、僕は満たされた。


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